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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第一章 〜魔女の薬屋へようこそ〜
5/19

カズル村の様子


とりあえず塩と砂糖、米と小麦粉の袋を一つ残して懐に(しま)う。

どうやら使った分は翌朝には元に戻るようだとなんとなくわかる。


「ポーションは作り溜めていたものが売るほどあるし、清潔な水はニコに出してもらうか」


ミルクはどうだろう?

空き瓶に、ミルクを注ぐが、瓶はどんどん満たされていくのに、ミルクジャーは全く空にならない。

ルリィは、50程の瓶に詰め替え懐に(しま)うと、呆れてその作業を辞め、ミルクジャーを棚に戻した。


生活魔法の他に、この【収納】は、こちらにきた時から持っている数少ない【スキル】だ。アイテムボックスと言う魔道具もあるぐらいなので、こちらではそう珍しい物でもない。

他に【翻訳】と【鑑定解析】。この3つだけがルリィに与えられた能力だった。

異世界移転の特典らしく、異世界人にデフォルトで付与される【スキル】なのだろう。


ただし、その力が無尽蔵で魔力の消費も無いと言うのは、異世界人ならではと思われる。

勇者召喚を受け入れた者達には、それなりに望む能力が与えられたようだが、魔法のない世界から来た身としては、これだけで十分チートな気がする。

ルリィは気にも留めていなかったが、なるほど暴力に抗う力を、全く持っていなかった事を考えると、フェンリルの母犬に拾われ、ゲッコウと、シャパリュのニコと家族になれたことは、相当なラッキーだった。


ルリィは全属性の生活魔法が使えるが、本来生活魔法は戦闘に使うような強力な魔法ではない。

まぁそれも工夫次第だとは思っているが、幸いゲッコウが風と闇、ニコが水と光の、属性魔法を使えるおかげで、何不自由のない生活をさせてもらえている。ありがたい事だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


昨日、そのまま寝てしまったマルリとシャルが、ソファーの上で目を覚まし ボー としている。

朝食に、粗熱をとった卵粥を食べさせて「これを村の人に振る舞おうと思うのだけど、道案内を頼める?」ルリィは、なるべく優しげに微笑みかけるが、生前から子供に縁の無い生活を送ってきてしまったので、いまいちどう接して良いかわからない。


粥を食べ終えたマルリは コクリ と頷いた。


「・・・・・」

「・・・・・」


会話が全く思いつかない。



2人が、ホットミルクまで飲み終えた時点で「さぁ出かけようか?」と声をかけると、それまで黙っていたマルリが口を開いた。


「ポーションを、買いたいのですが、いくらですか?」


お母さんの病気を治したいのです。と俯きながら、囁くように呟いた。


「・・・病気の症状によりますが、冒険者が常に持っておく1番手頃なポーションが、銀貨1枚、1000ジェンです」


ルリィは答えた。こちらの世界で銀貨1枚は素泊まりの宿泊1泊分相当だ。


 小銀貨1枚 百ジェン

 銀貨1枚  千ジェン

 大銀貨1枚 1万ジェン

 大銀貨100枚で 金貨1枚 百万ジェン

 金貨10枚で 大金貨1枚 一千万ジェン


昼食1食が、小銀貨1〜3枚、外壁に囲まれた王都で暮らす大人1人の生活費が、おおよそ週銀貨5枚なので、そう安い物ではない。

ただし、このポーションの値段は国で決められた最低金額でもある。それ以下でも以上で売っても勿論なんの問題もない。


「ウチにはお金が無いので、代わりに私を奴隷屋さんに売ってくれますか?」


マルリは、顔を上げてはっきりとルリィを見てそう言った。


「なるほど・・・」


ルリィは逡巡する。「お金はいらない」と言うのは簡単だ。この《魔女の家》の材料を使えばコストはタダだし、自分の労力もそう気にする物でもない。

でも「売って下さい」と言う少女に「お金はいらない」と口に出すのは、大変に失礼なことだと感じた。


「私は薬師です。ポーションはどんな怪我でも治すけど、病気は診察しないとどんなポーションが必要かわかりません。もしかしたら、ポーションでは治らないかもしれない。だからまず、お母さんを診察させてください。お金の話はその後でも良いですか?」


なるべく簡潔に、そして失礼が無いように話す。「金を払う」と言っている以上、この高潔な少女は正しくお客様だ。その上で注意する。


「そのように『奴隷に身を売る』など、絶対に言ってはいけません。この世界には悪い大人がたくさんいます。あなたの言葉を利用して、悪い方法で契約を結ぶ悪人はたくさんいるのです。お金の話は、相手が言い出すまで、こちらから話す必要はありません。良いですか?」


マルリは コクリ と頷くと、そのまま俯いて顔を上げずに黙っている。

金を払わなければ商品を手に入れられない事は、貧乏な自分には痛いほどわかっていた。

「じゃあどうすれば良いんだ」と、さらに質問しても良いのかどうか迷っていたのだ。

隣の家のミジュが「学校に行けないのは貧乏なせいだ」と言っていた。知識を得る為には金を払う必要があるとマルリは知っていた。


「私は、国に認められた薬師です。国民が流行病(はやりやまい)にかかっている場合、王国で店を営む薬師には、その病気を治す義務がありますから、この国の国民であれば、お金がかからず支給されるポーションを手に入れる方法があるんですよ。理解できますか?」


顔を上げたマルリの目が、パッと輝いた。


「だから、簡単に奴隷に身を売ると言ってはいけません。絶対に。絶対にです」


取り返しのつかない事になりますよ。と、ルリィは真っ直ぐとマルリの目を見て改めて言い含める。


「ごめんなさい・・・だって、ミジュが言ってたっ『お金が欲しかったら、身を売るしか無いって、言われた』って、村の子供を、売ったお金で、なんとかするしか無いってみんなが話してたって、私っお姉ちゃんだからっ!!」


ブワリ と泣き出したマルリをそっと抱き寄せて、トントンと背中を叩く。


「お金が無いのに、なんとかしようとしたマルリは偉いっ 凄い事ですっ よくがんばりました!」


姉につられたのか、シャルも一緒に泣き出してしまったので、2人をまとめて抱きしめる。

「大丈夫。大丈夫」呪文のように繰り返し言いながら、その小ささに、ルリィは ホウっ と息を吐いた。



「それではいきましょうか。お家を、お母さんの顔を思い出して」


そう言って花の蔦のゲートを潜ると、森を背に目前には、家々が転々と散らばる長閑な農村が広がっている。


「スゴイ・・・」マルリがポツリと呟いた。

おぉやはり。スゲェ便利。ルリィが密かに感動してしていると、「コッチ!コッチ!」と、2人に手を引かれ、目前のほったて小屋に連れて行かれ、鍵もついていない扉を開けると、すえたニオイの漂う暗い部屋の奥のベットで、何かがモゾリと動いた。


「・・・マルリ? シャル?」

「お母さん!」

「お母さん! 薬師様を連れて来た!」


2人が駆け寄る。

ルリィは、扉と窓の木戸を開け、風と光を入れると、勝手に〈浄化〉の魔法をかける。


「初めまして。薬師のルリィと申します。診察させていただいてよろしいですか?」


ルリィがマスクをつけ、手を消毒しながらベットに近寄ると、「・・・せっかく来ていただいたのに、申し訳ありませんが、ウチにはお金が・・・」母親らしき女性がそう言いかけたのを手で制し、早速「【鑑定解析】」と、さっさと診察を始める。


 状態:毒(弱) 真菌中毒症による衰弱 栄養失調 脱水


「(毒のデバフ? 真菌? とりあえず食中毒か?)・・・流行病ではなさそうです。通常の解毒ポーションで治りそうなので、とりあえずこれを飲んでください」


ルリィが解毒ポーションを渡すと、病床の母親は申し訳なさそうに受け取りそれを飲み下した。

ポワッ と身体が光り薬効が効いた事を示す。


「・・・! 嘘みたいに身体が軽くなりましたっ!?」

「「お母さん!?」」


マルリとシャルが母親に抱きついた。


「【鑑定解析】」


 状態:衰弱 栄養失調 脱水


とりあえず、命の危険は脱したらしい。

ルリィは「ヨシ」と一言呟くと「お話お伺いさせていただいてよろしいですか?」と、村の状態を母親に問診する。



「元々、余裕があったわけではないですが、半月ほど前にやっと、辺境領から来た隊商の商人から小麦などを買った、村長から配られた食糧でなんとか命を繋いできたのですが、それも尽きてしまいました」


母親の話を聞くと、村は50人前後の村人がいて、そのうち子供が15人ほど。

なぜか全ての大人だけが体調を崩し、1週間前ほどからほぼどの家の大人も寝込んでいる状態らしい。


しまった。もっと詳しく鑑定するべきだった。

部屋中に〈浄化〉の魔法をかけ、暖炉に持ってきた薪をくべて火を焚くと、水を張った鍋をかけて加湿する。

台所を借りて、経口補水液を作り「あまり美味しくないけど、チビチビとで良いから時間をかけてこれを飲み干して」と鍋とコップを、母親の枕元に置いた。


「それでは村長の家に向かいます。マルリに案内を頼んでよろしいですか?」


またあとで来ますが、衰弱や栄養失調はポーションで治すことはできないので、くれぐれも安静に。そう言い渡してマルリを見ると、そこで初めてマルリが笑ってこちらを見た。ルリィもつられて微笑み返す。


「コッチ! コッチよ!」


駆け出すマルリに手を引かれ、村長の家に案内される。

道すがらに見る畑は、いつからだろう? 荒れ果て、なんの作物も実っていない。

途中にあった井戸の水の様子も診るが、問題はないようだった。が、


「近くはないけど、森の中に何かいるみたい。様子を見てくるわ」


肩から降りたニコが、そう告げるや否やあっという間に森に入って行った。

ルリィには何も感じることができないほど遠いらしいが、森の中なら問題ないだろう。様子見だけならニコに丸投げだ。

「ネコちゃん1人で行っちゃった」不安気なマルリに「お散歩だって」と微笑み頭を撫でておく。



「旅の薬師、ルリィ・オミナイと申します。縁あってマルリと知り合い、こちらに寄らせてもらいました。よろしければポーションを卸しますので、お話お伺いできますか?」


家の前にある井戸で、何か作業をしていたメイドの様な服を着た少女にそう伝えると、驚いたように「祖父を呼んで参ります」と玄関先に残された。


「あの子がミジュ。村長の家の子。村で1番大きい子」


マルリはそう言ってルリィをみた。


「そう・・・」


1番大きい子。と言われたが、マルリとそう変わらないようにみえた。メイド服を着ていると言うことは、働いているのだろうか? 成人の15才を過ぎているのだろうか? とてもそうは見えなかった。


程なく、ミジュに支えられて、ヨボヨボと杖をついた老人が現れたが、随分体調が悪そうだ。

「【鑑定解析】」ルリィは慌てて診察する。


 状態:毒(弱) 真菌中毒症による衰弱 栄養失調


マルリの母親と同じ症状で、支えられて連れてこられたは良いが、立っているのも相当無理をしているように見える。


「この村の村長をしているパウロ・カズルと申します、この度はっ」

「あぁ、どうか、ご無理なさらずに、こちらを」


ポーションを渡して飲むように勧める。

ポーションを飲んだパウロの身体が ポワッ と光りを放つ。


「!?」

「おじいちゃん!」


あ、しまった。もっとよく鑑定するはずだったのに治してしまった。


 状態:衰弱 栄養失調


「ポーションは十分にご用意できると思います。村の状況をお伺いしてもよろしですか?」


ルリィは分かりやすく「よっこらしょ」と箱を出し村長の目の前に置くと、木箱の蓋を開けて立ち並ぶポーション瓶を見せた。


「はい、はい・・・ありがとうございます、ありがとうございますっ」


取り急ぎ話を聞くと、最初の異変は、妊婦のいる家3件で、立て続けに子が流れてしまった。

なぜか、大人だけが徐々に体調を崩し、寝込む様になり、子供だけでは生活が立ちいかなくなって今に至る。

妊婦のいた家はどこも子沢山で、日頃から森に入って食糧を得ていた事から、とうとう森から呪いを受けたのでは無いか。と言う。


「先の戦で辺境伯爵府からの流通が滞り、街道を盗賊どもが塞いでからも、どの家も子を食わせねばなりませんでした。その、どうしても、森に入るのを咎める事ができず、こんな事に。罰は私が受けます。どうか、どうか他の村人はお咎めをご考慮いただきたく・・・」

「あ、いえ、それは、薬師にはもとより関係のない事ですので・・・そうですか、どこの家にも子供がいるのですね?」

「え、あ、はい、もはや買ったブロートも尽きている頃でしょうから弱ってはいますが大人ほどでは」

「パンがあったのですか?」

「え、はい。半月ほど前、辺境伯爵府から王都へ戻る途中のキャラバンから、ブロートを十数本買いました。村人に十分に行き渡る量は買えませんでしたので、子供の分だけでもと頼み込んで、商人の1人にこっそり売ってもらったのです」

「それは見せていただく事はできますか?」

「そんなのっ 削ってお湯に溶かして食い繋いでたけど、とうに食べ尽くして・・・」


咄嗟に出た言葉を正して「他の家にも残っているとは思えない量しか配れませんでした」とミジュが丁寧な言葉で付け足し言った。


「・・・子供がパンを削って食べている間、大人は何を?」

「その時一緒に売ってもらった麦を粥にして食べていました」

「大人だけ麦粥を食べていたのですか?」

「子はどうゆうわけか、麦粥を食べると腹を下すのです。村では大人も食べる事はありませんでしたが、何の因果か水車が壊れていて粉にする事ができなかったので他に仕方なく」


話を聞いて、1つ思いつくことがあるが、確証がない。


「その麦は見せてもらう事はできますか?」


眉を顰め、深刻そうな顔をしたルリィに、村長は恐れたじろぎつつ答える。


「こちらも到底少ない量を均等に分けました。残っている家など、あるかどうか・・・」

「普段からしょっちゅう森に入って狩りをしているガンザの家ならまだあるかもしれません。年の初めに老いた両親が亡くなって、息子のガンザが一人暮らしなのです」


猟師がいるのか。それでもこの飢え。普段なら森に入るのを良しとしていない習慣が根強い敬虔な村なのだろう。


マルリを家に帰し、村長には絶対安静をいいつけて、ミジュに連れられてガンザの家に向かう。

鑑定の結果 『状態:栄養不足気味』 とあったミジュには、一応解毒のポーションを飲んでもらい「とりあえず」とわたしたビスケットをチビチビと食べながら道案内をしてもらっていた。


冒険者が、戦闘中に使う様な即効性のある治癒ポーションは、経口接種すると、体の不具合をそれなりに治してくれるが、魔力に耐性のない人にはぶり返しがある場合がある。

魔力で自己治癒力を加速させるのだ。激しい運動をすると、筋繊維が炎症を起こし、筋肉痛が起こるように、魔力の少ない慣れていない一般人のポーションの過剰摂取は、その後魔力酔いのような症状が出る。

症状としては、強い吐き気と、倦怠感、と命にかかるほどでもないが、稀に下痢の症状も出る個人がいる。

飢餓による衰弱を起こしている村人達に使うのは得策では無いと判断した。

どうやら毒のデバフが原因らしい事はわかったので、とりあえずは、解毒ポーションと安静で様子をみたい。

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