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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第二章 〜対岸の森〜
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対岸の森 5




朝になり、森から街へ向かうのも日課になってきた。


森で夜を明かし、いつも昼前に街中に戻るエドガーを心配して「何故いつもこの時間なんだ?」と門兵に聞かれたが「ギルドの混雑を避けるとこの時間が最適かと」とだけ笑って答えておいた。

何故かこの門兵に、これ以上の心配をかけるのが憚られる。

誰だって、生まれながら暮らしてきた群れの中で迫害を受け搾取されているなんて、外の人間に思われたくない。

同情されるのもまっぴらだし「そんな場所さっさと出て行けば良いのに」と笑われて終いにされたくもない。


エドガーは、この矛盾に気づいているが、どうしてもすぐに行動に移せなかった。

信じたかった。

そこには悪意しかないなんて、気づいていないふりでもしていないと、この先もう2度とヒトの群れには戻れなくなりそうな、そんな予感から逃れたかった。


「いや、これはただの見栄かな」


歩きながら独りごちると、いつの間にかギルドについていた。

考え事をしながらでもたどり着けるほど歩き慣れた街並みと目に入る光の眩しさに眩暈がする。


悪い事ばかりじゃなかったはずだと、信じたかった。

暗く獣しかいない森が、居心地よく感じてしまう自分の方が間違っているのだと、ただただ信じていたかった。

それでも、一度目を向けてしまった感情から逃れることはできない。

エドガーは、気合いを入れるように深呼吸をしてギルド館のドアを開けた。


「おはようございますエドガーさん。今朝も素材の買取ですね?」

「はい。お願いします」


馴染みの受付嬢の挨拶に軽く返事をすると、受付嬢は目線を酒場のテーブルに向けた。

目線を追うと、マットとミリーがいた。当然約束はしていない。

エドガーは、無言のまま視線をカウンターに戻すと、とりあえず用事を済ませてしまう事にした。

その態度に冷たさを感じた受付嬢が、戸惑いながらもいつもと変わらず対応してくれている間にも、エドガーは開き直っていた。


もうそろそろはっきりさせたい。だが、無理強いしてはぐらかされるのにも飽き飽きしていた。どうせアイツらだけで森に追ってくることはないだろうし、外でかち合わないのなら、このまま強引に街を出るまで、放っておいてくれればそれでも良い。


エドガーがそう考えていると、マットとミリーの方からカウンターまで小走りに近寄ってきた。


「パーティ解消の件、今夜にでも話し合えればと思って待ってたんだ」


目があったはずのエドガーが何も申し出ず、無視して自分の事を優先させたのかと、焦りを感じたのか「メグは今、親父さんの事で家の仕事を手伝っているので昼間は忙しく、今晩無理に時間を作った」と慌てて話かけてきたようだ。


「一度ゆっくり一緒に食事をしないかって。一杯奢るからさ」

「最後になるかもしれないでしょ?」


エドガーは「そうゆう事なら」と、会食の申し出を受けた。

受付嬢の、チラチラとこちらを心配そうに見る気配を感じながら、手早く手続きを済ませる。

他人行儀な態度で接するエドガーが受け取った金貨袋に予想外の重みを感じたマットは、思わず嫌味を言った。


「ソロでそんな大金を稼げるようになったんだな。そりゃあ俺らはもう用済みだ」

「コレは薬師様に届ける預り金で、俺の報酬じゃないよ」

「わかってるわエド。マット、余計なこと言わないで!」


今晩同じ場所で会う約束だけ取り付けると、ミリーは、マットの腕を引いて、あっさりとギルド館を出て行った。


今晩の事を思うと気が重い。

たったコレだけのやり取りで、森で獣を狩るよりどっと疲れがでた。

エドガーは、今晩は森に行くのを諦め街に泊まろうといつもの宿屋に向かうため、手にしていた袋を懐にしまい、深い深いため息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夕方、改めてギルド館の扉を開けると、酒場はいつものように冒険者達の喧騒で賑わっていた。

昼にみた席には、マットとミリーしかいない。

エドガーは、怪訝あらわにテーブルに近づいた。


「メグは?」

「後から来るよ」

「始めててって。エールで良いよね?」


ミリーが、バーカウンターに酒を取りに向かった。

エドガーが、立ったままそれを見送っていると、マットは「座れよ」と着席を促す。


「迎えに行こうか?」

「街中だぞ。メグだってもう子供じゃないんだから」

「そうは言ってももう暗いし・・・」

「良いから座れよ。話すんだろ」

「・・・・・」


エドガーは仕方なく椅子を引いて着席した。

コレでまた話をはぐらかされたら。とも考えたが、着席しないとその話すら始まらないようだ。


「なあエド、どうしてもパーティ解消しないとダメなのか?」

「・・・君達はこのまま冒険者を続けるつもりはないんだろ?」

「そりゃ、いつかは家に戻るさ。でもこれまでだって上手くやってきたじゃないか」

「俺だってこのまま宿屋暮らしを続けるわけにはいかないよ。いつ怪我をして狩りに出られない日がくるかわからない生活なんだ。蓄えも必要だしもっと稼がないと」

「だからそれはさ、メグとオマエが一緒になればそんな心配しなくて済むだろ?」

「マット、何度も言ってるだろ。俺は木こりにはならないよ」

「木こりを本業にしろって言ってるわけじゃ無い。メグと所帯を持ったってエドは今まで通りやりたい事をやりゃぁ良い。それで何が問題なんだよ」

「そんなわけにはいかないよ」

「なんでだよ!?」


「ちょっとっ落ち着きなよマット」


急に声が大きくなったマットを、ジョッキを手にしたミリーが諌めたが、話はそのまま続けられた。


「メグの気持ちには気づいているでしょ?」

「だから、パーティを解消しようって言っているんだ」

「なんだって!?」

「どうしたって家業を継がなきゃならないメグと、俺が一緒にいるわけにはいかないじゃないか」

「どうゆうこと?」


エドガーは、なるべく穏便に、そして確実にパーティを解消するべく、慎重に言葉を選んで話を進める。


「コレからランクを上げて様々な依頼を受けるつもりだ。当然長く街を出ていくこともあるかもしれない。それなのに所帯を持つなんて不誠実なことできるわけがないよ」

「そんなっメグの気持ちはどうなるの?」

「メグの気持ち? なぁ、俺には生活がかかっているんだよ? 自分が食っていくだけでも精一杯なのに、それこそ家庭を持つなんて」

「だからそれは所帯を持てば心配なくなるだろ!」

「メグの家に世話になるってことは、家業を手伝って初めて成立する話じゃないか。本当に冒険者を続けられると思うのか?」

「だって、もうそれだけ稼げているのだろ!?」

「今受けている依頼は一時的なものだよ。みんなも『危険な冒険者家業をいつまでも続けるつもりは無い』っていつも言っているじゃないか。その日暮らしなことは何も変わってない」

「だから所帯を持てって言ってるんだ!」

「なんでそうなるんだ。俺はメグと家庭を持つつもりは無いって散々言ってるだろ」

「・・・エド、メグのことが嫌いなの?」

「嫌いとか好きとか、そうゆう話じゃ無い。親父さん達には恩を感じているよ。ただそれだけだ。メグと家庭を持つつもりなんかない。俺は冒険者を続けたい。ずっとそう言ってる」


堂々巡りだな。


つまりは『これまで通り、いつまでも自分達の金蔓で居ろ』ってそう言っているんだろう。と口にできたらどれだけ良いか。

エドガーは深いため息をついた。


「とにかく、俺はランクを上げたい。みんなは冒険者を続けるつもりは無い。どうしたって同じパーティを組んでいるわけにはいかないのはわかるよな? ここらが潮時だとは思わないか?」


いつのまにか、酒場の喧騒は静まり返り、周りの皆がこちらに聞き耳を立てているのがわかる。

何故か皆、固唾を飲んでこちらの動向を探っている。

同じ街を拠点にする冒険者パーティの行末だ。気になるのはわかるが、あからさますぎやしないか。


「俺にはなんでみんなが続けたくもない冒険者にこだわるのかわからないよ。とにかくパーティは解消して欲しい。メグも来ないし今晩はこれで終わりか?」


エドガーは、話を切り上げ席をたとうとしたが、ミリーが腿に手を置いて立ち上がるのを止める。


「奢りなんだから飲むあいだぐらい話を聞いてくれたって良いじゃない。パーティを解消する事になったって、私たち幼馴染でしょう?」


ミリーの言葉に、エドガーは眉間にシワを寄せると、立ち上がってジョッキの中身を一気に飲み干した。


「こんな話、俺だって何度もしたくないよ。俺の意見は伝えたよ。あとは3人でよく話し合って」


エドガーは「エールごちそうさま」と礼を言い、後から来るメグを含めたエール三杯分の銀貨3枚をテーブルに置いた。コレが今まで続いた現状だ。それもコレで終わりとばかりに、背後を振り返る事なく酒場を出た。


道すがら、コレまでのことを思うと惨めで仕方がなかった。

ミリーが、まるでとどめでも刺すように『私たち幼馴染でしょう?』と投げてよこした言葉に反吐が出る。


『お前のためを思って』

『力を合わせて』

『何不自由なく』


親に捨てられた可哀想な孤児のために、この街の住人達に幾度となくかけられる言葉の数々に虫唾が走る。

その言葉の端々に『だからお前が恩を返すのは当たり前のことなのだよ』と呪いのようにまとわりつく感情に、胃の腑の内側がムカムカとせり上がるのを感じる。

今まで、コレほどまで自分の感情が昂るのを感じたことがないぐらいだ。


・・・なんだ、これは、おかしい。


久しぶりに飲んだアルコールのせいか。

体が熱い。

今まで感じたことのない怒りのような、何もかも無茶苦茶に破壊してやりたいような、行き場のない憤りが抑えられない。


おかしい。おかしい。息が、上手くできない。体が熱い。


エドガーは、からがらのていで宿屋にたどり着くと、宿屋のオヤジがかける言葉を無視して預けていた部屋の閂をひったくるように受け取ると、いつもの扉を開け部屋の中に倒れるように転がり込んだ。

すると、暗い部屋の中、ベットの上に座る人影に気がつく。

驚いて息も絶え絶えに、燃えるような痛みが刺す胸を抑えながら窓の雨戸を開け、月明かりに顔を上げると、ベットから立ち上がった人影がメグだと気づいた。

訳もわからず後ずさる。


「エド、私、エドのことがずっと好きだったの。ずっとこうしたかった」


メグは、顔を赤らめ、唐突な告白をしながら服を脱いでいく。


待ってくれ。

これはなんだ?

どうゆうことだ?


さらに後ずさり手を伸ばすが、逃げ場は壁に塞がれた。

月明かりが彩る女の輪郭が目に入ると、身体の中を腰が抜けそうなほどの熱が駆け巡る。


これは本当にメグか?

何かキミの悪い魔獣か何かが、自分の知る女に擬態しているのではないか?


メグの形をした女の手が、自分の身体にヒタと触ると、足先から脳天まで痺れるような衝撃が走った。

そのまま得体の知れない女に抱きつかれたエドガーは、咄嗟に自分の口内に指を深く差し入れ、胃の中のものを吐き出した。


「エドっ!?」

「俺に触るなっ!」


言い知れない破壊衝動が全身を包む。

このままではこの女に危害を加えてしまうかも知れない。

恐れたエドガーは、その場を逃れようと床板を割砕くほど足に力を入れ立ち上がり、そのまま前進してドアノブごと扉を破壊して部屋を出た。


するとそこには、先ほど別れたばかりのマットとミリーが、恐怖を浮かべた顔で棒立ちにこちらを見つめている。


「オマエらぁ・・・」


並々ならぬ怒りが湧き上がってくる。


エドガーは、脂汗を垂れ流しながら、湧き上がる激昂に、思わずよろけ、転ぶまいと手をついた壁に メシャリ と穴を開けた。


「っ!? なにをっ・・・俺になにをした!?」

「そんなっこんな事になるなんてっ」

「さっきの酒に何か盛ったかっ!!?」

「俺たちはただっ媚薬をっ! メグとエドがっ上手くいくようにってっ」


エドガーの鬼の形相に、ミリーがガクガクと足を振るわせながら握っていた空瓶を差し出した。

それをむしり取りると、エドガーはそのままヨロヨロとしながらも宿屋の外に出た。


後は怒りに任せて無心に足を前進させた。


驚愕を浮かべた宿屋のオヤジや、すれ違う街の人々と、門兵にも何か声をかけられたような気がするが、背後は振り返らなかった。振り返れなかった。

幼馴染の3人を悪く思うのは、自分が卑しい生まれだからで、本当は違うと信じていたかった。

街の人々の言葉も、孤児の自分を可哀想に慮っての言葉だと信じたかった。

なんて愚かな自分。

そうであって欲しいと、現実から目を逸らし真実を見ようとしなかった。

そうすれば自分の不幸に気づかずに済むと。


ただただ絶望と共に走り抜き、あの河岸を目指した。

ただあの対岸の魔女に会いたかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



明かりのない森を闇雲に走り抜き、いつもの河岸にあっけなくたどり着くも、その濁流はいつにも増して激しく渦巻いている。

到底渡り切れるはずはないといつものようにわかっていたが、この身体の熱を冷ますには、もはやこの川に飛び込む他にないと、とめどなく湧き上がる哀しみに似た怒りに、抑えが効かなかった。


いつのまにかそこにいたネロとウルが距離をとり、こちらをただジッと静かに見ているのがわかると、言いしれぬ恥ずかしさから身を縮めてずうずくまる。


すまない。

すまない。

今この水に飛び込まなければ、俺は獣に落ちてしまう。

俺にはもうこうするしか。


うめくように呟くと、2頭の悲しげな顔が目に入った。


・・・あぁ、なんてこった。


こんなザマになっても、求めたのが薬では無く薬師様の御身だった事に、エドガーは何故自分が《魔女の家》に招かれなかったのか自覚した。

自分の、そんなつもりのない単なる善意が、身勝手な欲望で返される気色悪さをつい先ほど嫌と言うほど思い知らされたばかりだと言うのに、今まさに自分がしようとしていたことはなんだ。アイツらと何も変わらないじゃないか。


あぁそうか、コレが人間か。

なんて醜い。

こんな浅ましい生き物なんぞいっそのこと。


「やめておけ」


月の光を浴びて、全身を銀色に輝かせた幻獣が静かに対岸の岩の上から声をかけた。

あまりの美しさに見惚れ動きが止まる。


エドガーは、地面についた両の手を握り締め、腹に力をこめた。


なんて愚かな事を考えていたのか。


それまでの思いを振り切って再び顔を上げると、キラキラと月の光を反射させ、たなびく毛並みに惚れ惚れと見入る。

なんと気高く美しい獣。


そしてその傍から現れた魔女の姿に女神を見た。


自分を見下ろす女神は、もう一頭の幻獣の背に乗り、ひらりと音もなく、最も簡単にこちらに飛び移ってきた。


あでやかに香る黒髪を躊躇なく近づけ、きつく手に握っていたはずの空瓶をそっと手に取って、形の良い鼻を寄せ スン と匂いを嗅ぐと、その艶やかな唇が薄く開き言葉を紡ぐ。


「アナタ、致死量の媚薬を飲まされているみたい。診察結果を正式な書類にしてあげるから、ギチギチに申し立てしてソイツらを牢屋にぶち込みなさい」


女神は薄く笑って、エドガーの口に無理やり瓶を突っ込んで何かを飲ませ、あっという間に魅了の薬効を解除してくれた。


「誰も殺さずにここまで来たのね。マジで偉い。素晴らしい精神力」


女神に褒められ、それまで支配されていたドス黒い感情が、瞬く間に晴れ渡っていく。


「・・・どうせこの熱を冷ますために必要な事なら貴女と。と愚考致しました」

「バカね。死ぬところだったのよ」


情けなくも背中を抱え支えられ、その柔らかな身に触れているにも関わらず、その激情とは反対に、みるみるうちに身体の中を暴れ回っていた熱が引いていくのを感じる。


「アレもコレも全てはこの薬のせい。忘れてしまいなさい。アナタはまだ何も間違ってなどいないわ」


頭上から降り注ぐ甘やかな言葉に、汚れた想いごと全てが許されるような、フワフワとした夢見心地のまま、エドガーは意識を手放した。

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