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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第二章 〜対岸の森〜
16/19

対岸の森 4





ため息をつきながらギルド館を出たエドガーは、その足で再び森に戻るべく壁門に向かった。


・・・つけられている気がする。


懐中の金目当ての強盗か、ポーションの出所を探る商人か、薬師と繋がりを持ちたいギルド関係者か、パーティメンバーの誰かに雇われた何者か。

疑い出したらキリがないが、相手が誰だとしても、あの河岸まで連れて行きたくはないとエドガーは思った。


「アレ!? どうしたエドガー、また出かけるのか!?」


なぜか門番が慌てた顔をして駆け寄って来る。

顔を見知った兵士だったが、なぜそんなに驚かれるのか、エドガーには分からなかった。


「さっき使ったポーションの大金を払いに行くんだ。急がないと、色々、怖いだろ」

「でもこれから暗くなるぞ!?」

「あぁ、そうか、うん。心配してくれてありがとう。大丈夫、今晩も安全な場所で夜営するよ」

「そうなのか? あまり無理するなよ。始めたばかりだろうが」

「・・・うん。ありがとう。気をつけるよ」


エドガーは、心配そうにこちらを見送る門番に、大きく手を振って心配ないとアピールした。

この街の街壁や門を守る兵士達は、国から派遣されている官憲で、元々この街の住人では無い。

数年ごと、あるいは季節ごとに派遣されてくる兵士は変わるのだ。

今回の門番も、すでに数年経っているが、夜に壁から出ている自分を、純粋に心配してくれたようだ。

この街の従来の住人達は、“使える奴”から、搾取することしか考えていないと言うのに。


複雑な思いで森の入り口まで来ても、隠れてついてきている人間の気配が消えない。

エドガーは、改めて己の不遇に気づいて歯噛みした。

すると、俯いた足元に、小さな黒猫が スルリ と現れ出た。


「大丈夫よ。そのまま進みなさい」


これは、あの猫型の幻獣か。


気づいたエドガーが、視線を戻して先に進むと、1時間ほど森に入ったところで人間の気配が消え、テイムした森狼2頭が走り寄って来た。


「は、ハハッ、アハハッ! よせ! やめろっハハハッ」


2頭は、ベロベロと大喜びでエドガーの顔を舐め、交互に飛びついて来る。

これが恐ろしい魔獣だなんて信じられない。ただの獣の狼より懐っこいじゃないか。

黒猫は木の枝に飛び乗ると、呆れた顔でこちらを見ながら、森の深くに入っていった。

もう誰の視線も感じないし、あのまとわりつくような不快な感情も無い。

森狼達とじゃれあいながら、やがて森がひらけて、いつもの河岸に辿り着いた。


「だから言ったろ。他の人間は来ないって」


そこには、あの犬型の幻獣が大きな欠伸をして寝そべっていた。

なぜだろう。とても、とてもホッとしてしまう。それになぜか、帰って来た。と言う気分になる。

時は(よい)()つ戌の刻。見上げた空には、とっくに月が浮かんで見えていると言うのに。

エドガーは、何かが溢れてしまわないように、紺色の空を見上げ続けた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「薬師様に代金を持って来たのだが、俺は向こう岸に渡れないのか?」

「そうだな。オマエはここまでのようだ」


森狼達に寄りかかり、焚き火のはぜる音を聞きながら、犬型の幻獣に疑問をぶつけて見たが、返ってきた答えは随分素っ気ないものだった。

なぜだろう。聞けば薬師様がいるのはあの《魔女の家》。望む者が誰でも訪うことができる伝説の神域のはず。


「オマエは招かれていないのだろう。なにか邪な想いでも見透かされたか?」

「邪な思いなどっ・・・いや、そう、なのか?」


俺が常々、世話になった街の人達を煩わしく思い、ここでは無いどこかに逃げていきたいと、神力を利用しようとしているから、これ以上進めないのか?


目前の川は、荒々しく流れ泡立ち、到底人の身が入る事などできるわけがないほど、死を感じさせる色と音を醸している。


「薬を必要としていないからでしょ」


いつのまにかいなくなっていた猫型の幻獣がその体躯の大きさを戻し現れ、一枚の書類を目の前にさし出しながら呆れたように言った。

その言葉に、犬型の幻獣を見ると、ニヤリと口端を上げ笑っている。揶揄われていたのか?

エドガーは、渡された書類に目を通し、ギルドから渡された金貨の入った袋を懐から出した。


「ポーションの代金を届けに来たのだが、それでも渡れないのだろうか?」

「さぁね?」


犬型の幻獣は、ない肩をすくめて視線を逸らす。

猫型の幻獣が、差し出された袋を咥えて川を安易と飛び越え、森の奥に入っていった。

エドガーも水際に立ち、その行く手を眺めていると、そう間も無く茂みから薬師様が現れた。

本当に、直ぐそこにいるのか。


「ありがと〜助かったよ! [受け取り]もお願いして良いかな?」

「え、あ、はい!」


薬師が向こう岸から声をかけると、川を流れる水の音が途端に静かになり、そのよく通る声が問題なく聞こえてくる。

先程渡された書類には、代金を受け取る前にすでに薬師のサインがされていた。


「それギルドに出してくれたらお終いだから〜」

「承りました! あのっ・・・」


エドガーは、街でポーションを必要としている事。咄嗟に適当な嘘をついた事。これからもポーションを卸して欲しい事を正直に告げた。

薬師様は、首を傾げると顎に手を当て暫く考え込んだ。


「気を回してくれてありがとう。買ってくれるのはこちらも願ったりなんだけど、あなた冒険者?」

「あ、はい。申し遅れました。西の辺境オルランド伯爵領グレブルの街を拠点にする、Dランク冒険者のエドガーと申します」


「グレブル。そんな所から・・・いいわ。アナタがここに来れる間はポーションを卸してあげる。ギルドに依頼書を出しておくから、後で確認してくれる?」

「え、よろしいのですか!?」

「当然でしょ。仕事なんだから。ちゃんと正式に依頼出すわよ」

「何か、事情があって、その、隠遁生活を送っているのでは!?」

「隠遁生活!? アハハッ! それもそうね。ではさっきあなたが言っていた設定に乗っかることにするわ。これからよろしくエドガーさん」

「あ、はい! よろしくお願いしますっ薬師ルリィ・オミナイ様!」


川を挟んでお互いに頭を下げ合うと、ルリィは手を振って森へ帰って行ってしまった。


「・・・・・」


ニヤニヤと犬型の幻獣が、いつまでも対岸を見つめるエドガーの顔を覗き込む。


「俺の名前はゲッコウ。こっちはニコ。これからよろしくなエドガー」

「よろしく。ゲッコウ、ニコ様・・・俺、いつかは向こう岸に渡れるかな」

「どうかしらね?」

「オマエ次第だな」


これから用がある時は、ここで俺の名前を呼べ。と告げ、ニコと共にゲッコウも対岸に渡って森の中へ入って行った。

エドガーは、残った森狼2頭に挟まれ横になると、狩りをしながら予定通り残りの2晩を過ごしてから街に帰ることにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


門番に無事を告げ、相変わらず感じる人の視線に晒されながら壁の中に入ると、今までとは違う囁きが僅かに耳に入ってくるような気がした。

微かに感じる不安に蓋をして、既に朝のラッシュを終えた冒険者ギルドに入り、先に身軽になろう。と採取物を提出する。

夜には酒場になるギルドの待合場所で、1人座って査定を待っていると、受付嬢がホクホク顔でやってきて、応接室に来るよう言付けられた。


エドガーは、ギルドの応接室に入るなど初めてのことなので落ち着かず、気もそぞろに立ったり座ったりしながら待っていると、呼びにきた受付嬢とは違う見慣れぬギルド員が書類を持ってきた。


「やぁ、こんな風に対面するのは初めてだね。副ギルド長のイグナスです。主に書類仕事を担当している裏方ですが、これからはちょっとね・・・よろしく」


握手を交わし合い、促されるままソファに座ると、向かいに座ったイグナスは、なぜか苦笑いしながら「なにせトップ直々の依頼だからね」と、書類の[依頼者]を指でなぞって説明を続けた。

そこに書かれていたのは、依頼者がアウルス・アンダーソン侯爵様。

本来平民のエドガーが、生涯交わる事もない高位貴族中の貴族の頭首だ。

その上、この国の薬師ギルドを統括する国営ギルド[キングスヤッコ]の長。


「薬師ルリィ・オミナイは、この侯爵様の妹弟子でね」


イグナスは、書類の[製作者]を指差し、その関係性を教えてくれた。

ここ数日で見知ったサインに、エドガーが心の中で安堵していると、イグナス副ギルド長は、契約の詳細を説明しつつ、注意事項を丁寧に説明してくれた。


「実はあまり知られていないのだけど、量の多いポーションの売り買いには国の、この[キングスヤッコ]の許可が必要でね。この様な正式な依頼でのポーションの受け渡しには《神聖契約》が必要なるのですが、ご存知でしたか?」

「いいえ、知りませんでした」

「では、この特別指名依頼書に同意できる場合は、書類に手を置いて『同意します』と宣言してください。《神聖契約》ですから、くれぐれも誓約に違反しないように気をつけて下さいね」


イグナスから「じっくり読んで」と書類を渡された。

それで応接室になぞ通されたのか。と、理由がわかって安心すると、エドガーは言われた通りに書類を読み込んだ。


[特別指名依頼書]

依頼者:アウルス・アンダーソン

指 名:グレブルを拠点とする、Dランク冒険者・エドガー

内 容:定期的なポーションの運搬と販売委託

    薬師ルリィ・オミナイ製造ポーションのグレブル冒険者ギルドへの運搬・販売

期 間:冒険者エドガーと、薬師ルリィ・オミナイの従者が接触できる間

依頼料:一回につき大銀貨5枚


「大銀貨5枚!? 多く無いですか!?」

「これは《神聖契約》を結ぶリスクから、薬師内での一律の料金なのだそうだよ。私も知らなかったが、なんでも距離や重さなどは関係ないらしい。因みにコレは、頻度やこちらの都合により買取側、今回は私達だね。冒険者ギルドの予算から支払われるから、こちらも冒険者ギルドを統括する、グランティアリス・ディオメデス侯爵印のある許可証まで用意された、正式な指名依頼書を預かっているよ。凄い事だ」


相当珍しい事らしく「よほど信頼されたらしい。何があった?」と副ギルド長は聞いてくるが「本当に偶然行き会っただけなので、何が信頼に足りたのか自分にも全くわからない」とエドガーは正直に答えた。


「フフ。ギルド長は、どこか自分の伝手を使って転売し、儲けをちょろまかそうとしていたみたいだけど、一昔前ならいざ知らず、今時の薬師達はそうゆう事にうるさいんだ。特に[特級薬師]のルリィ・オミナイは、この手の不正に嫌気がさしたのが原因で、市井に下るため“元”がついた[特級薬師]でね。当時は[薬師の魔女]などと呼ばれた恐しく優秀な薬師がさ。そんな高潔な“魔女”が用意した完璧な書類だ。エドガー、君、出世するよ」


ニヤリと口角を上げ「ギルド長は、早合点の尻拭いに、とある貴族邸に向かっていて不在なんだ」と、イグナスは笑顔をエドガーに向け、メガネを中指で押し上げた。

その仕草に、エドガーが目を離せずにいると、この街で10年近く冒険者として良い様にこき使われていたのに、一度も会ったことの無かった副ギルド長は、トントンと書類の一部をノックする。

促されるままに視線を落とすと、そこには『指 名:グレブルを拠点とする、Dランク冒険者・エドガー』と記入されている。


「この調子なら、直ぐにランクが上がるだろう。十分に準備しておくんだ。わかるね?」


エドガーは、目を見開いてイグナスの顔を見た。

指名依頼はDからCにランクをあげるために必要な絶対条件だ。

しかも、依頼主は誤魔化しやちょろまかしが効かない王都在住の高位貴族である侯爵家からの定期依頼。

何か工作しようにも、中央から離れた僻地の領主な、手も足も出ないだろう。

イグナスの言う通り、条件の『指名依頼を固定数こなす』を軽くクリアして、Cランクにはすぐに上がるだろう。


エドガーの喉が ごくり と鳴ると、イグナスは、目を細めて「説明は以上だ」と書類をまとめ退室を促した。

エドガーは、フワフワとした気持ちのまま席を立ち、応接室を出ようとドアノブに手をかけると、背中から声をかけられる。


「今まで、力になれず、すまなかった。エドガー、うまくチャンスを活かしてくれ」


エドガーは、ペコリと頭を下げ、応接室をあとにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



それからのエドガーは、森狼達とたまにゲッコウの力を借りて、魔獣を狩り、魔石を採取し素材を売り、森で夜を過ごすうちに、十分に生活ができるほどの収入を得ていた。

ポーションの定期依頼の達成もあって、順調に冒険者ランクを上げるべく依頼をこなしていく。

そんな生活が数週間続く最中、未だ街から出る決断が下せずにいる自分に、エドガー自身も悶々とした日々を送っていた。


ギルドから売り渡されたテイムモンスターを示す魔道具の首輪には[追跡]と[従順]のデバフ魔法が付与されている。と、早々にニコに看破され、エドガーは顔を歪めて首輪の装着を思い止まった。

[従順]は、凶悪な魔獣や犯罪奴隷に装着する魔道具に付与されている場合があるのを知っていたが、それも主人の意向があってこそ。ましてや位置情報がわかる[追跡]など、本来信頼関係があるテイムモンスターには不要な物だ。

主人が望まぬ魔法付与を、勝手にギルドがつけるなんてありえない。


「すまない。これはおそらく俺の行動を監視するための余計な付与だ・・・」


エドガーは、森狼達に謝罪した。


このような明らかな悪意を前にして、自分は未だどうしてあの街から出て行く決断ができないのだろう。

育ててもらった恩か、新たな生活に対する不安か。

搾取されているだけだとわかっているのに、壁から出る自由を渇望しているのに。


思い悩むエドガーに、悪意など無いことなど知ってると言わんばかりに「元気と勇気を出せ」と、森狼達はベロベロとエドガーの顔を舐め回した。


「必要なのは人にテイムされているとわかる装飾品なのだから、作り変えちゃえば良いでしょ」


ニコは、有無を言わさず、魔石をポワッっと光らせると、あっという間に余計な機能を解除した。

エドガーは、首輪から魔石を引きちぎり、持っていた麻縄を編んで簡素なネックレスを作り、治した魔石をくくりつけて、新たなテイムの証の装飾品を「良いかい?」と了承を得て2頭の首にかけた。


「闇魔法が使えるオマエは『ネロ』。水魔法のオマエは『ウル』。どうだ?」


エドガーが2頭に名付けをすると、エドガーと森狼2頭の身体が ポワッ と光を放つ。

これで晴れてテイム関係が結ばれた。


「これからよろしく。俺の新しい家族。この命に変えて護り幸せにすると誓うよ」


ネロとウルは大喜びでエドガーの顔を舐め回し、エドガーはそれを受け入れヨダレでメチョメチョになりながら2頭を撫で回した。

何故かゲッコウが目を細めて満足げにしているその様子に、冷ややかな視線を向けるニコ。

エドガーはそんな幻獣二頭に質問した。


「それにしても、どうして自分は対岸の森へ行けないのだろう?」


「オマエには魔女の家に選ばれない何か理由があるのだろう」

「魔女の力利用しようと思っているうちは家に選ばれる事はないわね」


「そんな、つもりは、無いのだけれど・・・」


確かにエドガーに、森でひとりで暮らすか弱い女性を利用しようとなどと思う気持ちは無かった。

むしろ庇護し、匿い、いかな悪意からも守りたいとすら思っていた。


いや待てよ。もしや、対岸に現れるあの細く、透けるように真っ白な肌の女性の、化粧気の無い笑顔を想うたび、湧き上がるこのホワホワとした気持ちが、川を渡れない理由なのか?


不意にゲッコウが対岸に渡り、考え込んでいたエドガーが顔をあげると、森の暗闇から現れたルリィに目を奪われた。

いつものように微笑みを湛え、荷台に木箱を積み上げ、街に届ける商品の準備をしている女性に、羨望の眼差しを向ける。

その眩しいばかりの笑顔は、こちらに向けたものではなく、ただ一心に箱の中に向けられている。

己の力のみで作ったポーションを売って日々の糧を得て、健やかに営まれる生活は、何者にも縛られることなく、自由で充実している証なのだろう。


「魔女様は、この想いを望まれていないのだな・・・」


自分の心に気づいたエドガーの漏れ出た言葉に、ネロとウルが身を擦り付けた。


この世界では、誰に囲われること無く、完全に自立している女性は珍しい。

夜の森を覆う星空の下、幻獣を従え立つその様に神々しい光を見た自分なんかが、恋焦がれているなど一方ではおこがましいと感じてしまっているうちは、きっとその足元に近づくこともできないのだろう。


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