インプラントデバイス
食事のあと、なんだか手を握ったり開いたりしていた。
「あの、手をかざして決済をしたのは何だったんだろう。」
ふと、声に出ていたらしい。
「ん?インプラントデバイスを使っている人でも居たか?」
父さんが口を挟んできた。
「それって、あまり流行ってないよね?あと、子供には使われないって…」
「そうだな、よく知ってるじゃないか。学校で教わったのか?」
「ううん。母さんの仕事のことを調べたら、いろいろ書いてあったからAIタブレットに説明してもらった。
倫理的な問題と、人の嫌がる気持ちがまだ根強いって。」
今日日は技術的な情報はAIタブレットが大抵何でも教えてくれる。
倫理という言葉は僕にはちょっと難しいけど、AIによると「人の集団が、自分たちのしていいこととしてはいけないことを、ルールや法律にする前の段階で区別するための、人の心の中にあるルール」だとかなんとか。
その「倫理」によれば、人間のクローンをしてはいけない。
本人の治療のために、本人が望む範囲であらゆる科学的なアプローチは許されている、と言われた。
ただしそれは、本人が正しい判断ができる年齢であるか、子供の場合は保護者の同意とAIの同意のもと。との条件付きだった。
その中の治療手段の一つがインプラントデバイスで、電子機器やナノマシンを体内に移植することだという。
視覚や聴覚に病気や障害を抱えている人が回復したり、癌やウイルス性の病気の治療が出来たりする。
また、病気の治療以外でも決済程度であれば電子機器にアクセスできたりとなかなか凄い技術らしい。
その成果を出したのが母さんの職場だった。
その会社は環太平洋バイオデバイスという多国籍企業で、その支社がここにある。
「今時のAIタブレットは本当に大したもんだな。俺も子供のころにこういうの欲しかったよ。」
父さんは言った。
子供のころの父さんは、学業を修めるためにそれはもう大変な勉強をしてきたのだという。
「色々と便利だよね。」
「でも、急にどうしたんだ?手をかざして決済って?」
「今日、パークサイトにいた子供が、自動販売機を手でなぞって決済していたのを見たんだ。
AIタブレットを持ってなかったから困ってるのかと思って話しかけてみたんだけど、そうじゃなかったみたい。」
「ん~、今度会ったら聞いてみるといいんじゃないか?きっと近所の子だろう?」
「そうだね。また会えたら聞いてみるよ…」
そう言いながら、内心ちょっとげっそりした。
外の暑さを我慢してまで会いたい理由ってあるのかな。
あの子…、病人…って感じじゃなかったよな…。それに医療デバイス研究所に…。
この島の気候は、室外においては本当に過酷だ。真っ昼間に病人が歩いていたらすぐに参ってしまうと思う。
それに名前はアイリス…アイリスプロジェクトって何だろう。