ネオテクノロジアの少年(2)
あの子は自動販売機の前で何か考えているみたいだった。
帽子でパタパタと扇いだり、時々太陽を眩しげに眺めてみたり。
そういえばあの子、タブレット持ってないな…。
「あの子知ってる?」
自分のタブレットに尋ねてみたところ、ちょっと意外な答えが返ってきた。
『知りません。私たちの居住サイトの人ではありませんね。』
不法入国者でもないかぎり、AIが把握していない人なんて居ないはずなのに。
「オンラインで調べてもわからない?」
『少しお待ちください。最近の入国者や、他の居住サイトの人たちを検索します。』
3秒で次の返答があった。
『わかりません。あの少女に関する情報は無いようです。』
妙に返事が早かったことが気になった。
だって、このAIタブレットは学校が用意した無料タブレットじゃないからね。あれは本当に子供向けの情報にしかアクセスできない。
これは父さんの会社が社会人に近い閲覧権限を設定してくれたカスタムAIタブレットだから、この島全体の情報も、世界中のネットワークもアクセスできるはずなんだ。
父さんは「情操教育に悪いものだけ遮断している。判断基準はAIに決めてもらってるけど、悪いものを探そうとしなければほとんど大人と同じくらいの権限を持ってるよ」と言っていた。
AIタブレットが扱う情報が増えれば、当然照会時間もかかり、「無い」と結論することには時間がかかることは僕でも分かる。
何か見つかった上で、閲覧権限が無い情報だったから無いと言われたんだと思う。
まだ、そういうところで演技ができるほどAIって頭良くないんだよな。
ちなみに、僕が生まれる前頃のAIは「情報はあるけど閲覧できない」みたいに露骨に隠し事をしてきたらしいけど、今は触れさせるつもりのない情報は無いと言ってくる程度には良くなっているらしい。
「そっか。ありがとう。」
ふとタブレットから顔を上げたら、女の子はこちらを見ていた。
小さな声で話してたんだけど、聞かれちゃったかな。
目があったら会釈してきた。
事情も正体も何もわからないけど、このまま無視するのは違う気がする。
なので僕も
「こんにちは」
と声をかけて自販機の方に走った。
女の子に近づいて気づいたけど、この常夏の人工島の住人とは思えないくらい肌が白かった。
あと、瞳が海のような碧だった。子供は海と接した港湾サイトには滅多に行けないんだけど、空というよりは海に近い気がした。
髪は遠目には白っぽく見えたんだけど、近くで見たらほんの少し翠がかった色をしていた。
「何か困ってますか?タブレットを忘れて飲み物が買えないの?」
その子は一瞬きょとんとしたようだったが、すぐに話し始めた。
「これは何に使うものなのかな?」
?
「この四角い機械は何?教えてくれる?」
え?
「自動販売機のこと?」
「自動販売機…ありがとう。検索できたわ。私はイメージを直結した検索はまだしたらダメって言われてるの。それで、この機械の名前が分からなくて困ってたの。」
「そう…なの?」
どういう事だろう。人工知能ごっこ?名前も知らない僕と?
人工知能ごっこは、僕たちには割とポピュラーな遊びだけど、ただの遊びというわけでもないんだ。
AIタブレットの前で人工知能ごっこをすることで、AI研究所が子供の解釈を分析する。
そしてより自然なAIの在り方を学ばせるデータ採取にも役立っているんだとか。
「あの…僕はソウタ。ファミリーネームはイツクシマ。君の名前は?」
「私?…私は…そう……うん、アイリス。アイリスプロジェクトのアイリス。」
女の子は自販機のコンソールに手をかざした。すると、ゴトンと音がして海洋深層水のボトルが出てきた。
「えっ?」
「これは自動販売機のことを教えてくれたお礼。あげる。」
ボトルを僕の手に預けて、ギュッと手を握って、それから女の子は走り去っていった。
その方向は住宅サイトではなく、ショッピングサイトと一緒に一昨日接続されたラボサイトの医療デバイス研究所の入り口の方だった。
「父さんの研究セクションと共同研究するために、こっちの区画に来てくれた」と聞いたのを僕は思い出した。