AIの証明(1)
「僕はどこに連れて行かれるんでしょうか」
すると、黒コートは思っていたより普通に応答した。
「君のお父さんのラボだ。
そこで、ある方が君と接見してくださる。
無礼のないように。」
拉致は無礼じゃないの?
ってちょっとだけ思ったけど、黙ってた。
あちらの感覚では、迎えに上がったのかもしれないしね。
それにしても父さんか。
あのクソオタクだったらこういう外連味のある事を「興が乗った」ノリでやりそうだとか、ちょっと思ってしまったのが酷いな。
いや、僕への扱いが本当に酷くない?
僕の逃げ回った1時間とかを返せよ。
最初に、父さんの名前を出してくれたら…。
あ…何も聞かずに逃げたのは僕だったか。
まあ、そんなこんなで、父さんの会社にて。
完全電波暗室っていうらしいところに案内された。
通常の電波暗室は、外からの通信を遮断したらモニタリングするもののはずだけど、この完全ってのは内からも外からも通信を遮断しているという事。
「何のためにこんな場所に…」
よく見たら2年前に見学したことがある部屋だった。
あまりの静けさにちょっと恐怖を覚えた記憶はある。
電波暗室と言いながら、電波どころか外部から電源すらなく、うっかり閉じ込められたら死ぬ部屋と言われた覚えがある。
ともかく真っ暗な部屋に閉じ込められて、ちょっとどうしようかと思った。
「すべては、私がスタンドアロンAIだとソウタに証明するために。」
アイリスの小さな声が聞こえた。
「アイリス?」
「私は1時間前からここにいるわ。
アナログテープを用いた赤外線動画記録もしてる。」
小さな照明が灯った。アイリスの手が少し光っていた。
「私の体は、ナノマシンの光源素子も少しだけ含めているの。
光が無いという情報遮断から防御するために。」
そこに立っていたアイリスは全裸だった。
人間じゃないって思ってたけど、裸でビビった。うん。
ラブドールとかにときめく人の気持ちとは多分違う。と思いたい。
「私は今、何も持ってない。ここは完全電波暗室。通信の可能性はあるかしら。」
ここが完全電波暗室であればない。
つまり、スタンドアロンではないAIや操縦した機体は全く動作しないわけで。
あえて父さんの会社のラボを選んだ理由は察しがついた。
僕はここを見学したことがあるし、完全電波暗室はとても高額な施設で、安易に作ったり壊したり、改造したりはしないというあたり。
それと、身内による偽装を避ける意味もあるだろう。
「切腹君をオンラインにしてみて。」
僕、切腹くんって名前を誰かに言ったっけ?
オンラインにしてみたが、通信はまったくできなかった。
『完全なオフラインです。
あらゆる種類の通信が不可能な電波暗室です。』
なんか、素直になっていると気持ち悪いなお前。
『この場で何かをしでかすと、アナログメディアに全部記録が残るわけですね。
わくわくします。』
素直じゃなかった。
まったく…。
安心するよ。
「ソウタ、電源ケーブルを用いた通信規格があるのは知ってるよね?
私はその可能性すら除外するため、ここを今日突然借りたの。
ソウタのお父さんは快諾してくれたわ。」
「…うん。」
「多分だけど、あなたが考えるあらゆる外部通信の可能性がここにないと理解できると思う。」
「うん。そうだね」
そう。あの日の疑いは確かに可能性を0にはできないものだった。
でも、ここでなら証明できるだろう。
「でも、わざわざこんなことをしなくても…」
「必要な儀式って私は言ったよ」
ん?
今朝のジャムトースト?
オタク的な意味ではなく?
『あのジャムに、ナノGPSビーコンが仕込まれていたのです。
まんまとやられましたねw』
うわ、切腹くん「w」ってなんだよ…。
あの、黒コートどもの的確な追跡の理由は分かった。
今度から汚れた服をそのまま着ないと誓おう。