表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けの君 2  作者: 蓮織
9/34

打ち合わせ②


「悪い。待ってくれ」

「……そちらの事情も意図も、最大限理解しているつもりです」

「ユキ……」

「元々はオレと龍臣が原因です。だから色んなことを飲み込んで、依頼を受けた。でも、誰か1人でも納得いかないのなら、話を進めるべきではないと思います」


 オレの腕を掴んだままの龍臣を見上げると、彼は苦々しく唇を噛み締めた。

本当なら龍臣も、この仕事は望んでいないのかもしれない。

大手にも体裁というものがあるだろう。会社の顔であるプロメテウスのイメージ回復は必須だろうし、これはそのチャンスでもある。

オレにとっても、音楽業界にパイプを持つというメリットになり得る。お互いにwin-winの仕事だ。

それでも、彼らの気持ちがついていかないことは、理解できる。


「なんやなんや、なんで皆そないに暗いねん」

「エル……」


 静まり返った空気の中、一際明るい声が響いた。

エミリオはいつも通りの調子で、立ち上がって全員に視線を投げる。


「ユキとは一回話しおうてOKやったやん。よっしゃ解決! 一緒に仕事すんでってこっちゃろ? めっちゃハッピーやん!」

「こちとらお前みてーに陽キャお花畑じゃねーんだよ!」

「陽キャお花畑のなにが悪いねん! 最高やん!」

「あーもーお前黙ってろよ毒気抜かれっから!」


 エミリオと輝の攻防というか、これはなんと言えばいいんだ。

こちらの毒気が抜かれると言えばいいのか、呆気に取られて見ていることしかできない。


「…………」

「はは、エミリオにはこういう時救われるわ」

「……いいメンバーだな」

「おー、キャラ濃いけどな」


 そう言いながら、エミリオと輝を見守る龍臣の顔は優しかった。


「輝は、間違ってないと思う」


 オレの言葉にハッとして、龍臣がこちらを振り返る。

2人の言い争いをもはやBGMにしながら、朝緋と棗もこちらの様子を伺っていた。


「やりたくないなら、やらなくていい」

「……お前は、もうちょい言葉があるとなぁ。俺はユキの言いたいことはわかるけど、あいつらには伝わんねーから」

「これ以上、どう言えと……」

「ユキはどう思ってる?」

「え?」


 龍臣の一言で、先ほどまで騒がしかった部屋が静まり返る。


「ユキは、俺たちと仕事がしたいか、したくねえか、どっち?」

「……オレは……」


 一瞬、迷ってしまった。

自分がやりたいとか、やりたくないとかはあまり考えずに来てしまって。

ただ今後の彼らや自分の立場だとか、彼らの意思だとか、そんな事しか頭になかった。


「相変わらず、自分を大事にすんのが下手だな」

「っ……」

「お前の気持ちを蔑ろにすんな。ちゃんと言え」

「オレ、は……」


 プロメテウスというバンドが、好きだと思う。

朝緋の力強い声も、龍臣の聴き慣れたドラムも、棗の自由なギターも、エミリオの明るいベースも、輝の、繊細なピアノも。

あんな事があった後でさえ、彼らの音が恋しくなる時があって。

メリットだとかお互いの関係とかを抜きにした時、ただ、彼らの音楽が好きだと思った。


「一緒に、やってみたい……」

「ははっ、最高の答えきた!」


 龍臣のそんな笑い方を、初めて見る。

心底楽しそうで、嬉しそうな顔。


(そうか。今、楽しいのか)


 見つめるオレの視線に気づいてか、今度は柔らかく笑って、肩を軽く叩く。


「だってよ、輝」

「はぁ!? なんでオレに言うんだよ……」

「朝緋も棗も文句ねーって顔してっから、あとはお前だけだろ」

「なっ……そん、なん……オレが悪者みたいじゃねーか!」

「いや直前でごねたのお前だから」


 ハッキリと言い放つ龍臣に、輝は口をもごもごさせた後、一の字に引き結んだ。


「……輝、ユキちゃんと2人で話してみたらええんとちがう?」

「はぁ!? なんでだよ!」

「やって僕もユキちゃんと仕事してみたいし、棗かてちょっとワクワクしてはるし」

「えっ……う、うん……ユキくんの曲、弾いてみたい……」


 今まで黙ってオロオロしていた棗が初めて口を開いた。

自分も人見知りで話すのも苦手だけれど、棗を見るとまだ大丈夫なんじゃないかと思ってしまう。

いや、今はそんなことどうでもいい。


「ほら、輝とユキちゃんで話した方がええって」

「嫌だよ! なんでオレが!」

「もー、小学生やないんやから」

「せやで輝! ラブが世界を救うねんで!」

「うるせえ黙れエセ関西人!」


 エミリオが入ると、途端にコントみたいになるな。

とりあえずどうすればいいのかわからず、隣にいる龍臣を見上げると、苦笑しながらこちらに手を合わせた。


「悪いな、こんなバンドで」

「いや……」


 言いたいことを言い合える関係なのは、羨ましい。

だから、輝がオレに遠慮なく思っていることをぶつけてくるのも、そう悪いことでもないと思っているのだけど、それが更に彼をイラつかせているのはわかる。


「お前たち、そこまでにしろ。ユキさん、大変申し訳ありません。輝のことは気になさらなくて結構です。子供ではありませんので」

「朝比奈さん!」

「決定事項だ」


 朝比奈さんの鋭い視線に、輝は押し黙った。

確かに決定事項だが、本当にこれでいいものかどうか。


「……取り敢えず、今ここでサインはできません。事務所に一度内容の確認を取らないと」

「わかりました。後ほどメールさせていただきます」

「一応、楽曲制作は進めます」

「よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げた朝比奈さんを意外に思いながら、こちらも礼を尽くして部屋を出た。

何故か龍臣が一緒についてきたが、気に留めることもなく廊下を歩く。


「悪いな」

「なにが」

「いや……輝が、いつも?」

「相変わらず嫌われてるな」

「他人事みたいに言うな?」

「……あの中じゃ、あいつが一番常識人だと思うけど」


 感覚も、感性も、輝は誰よりも常識的なのだと思う。

自分に自信がなくて、虚勢を張っているくらいで。

そんな彼がオレを嫌っていることに多少の悲哀はあれど、納得する気持ちの方が大きいのだから救いようがない。


「それは俺たちが異常だと……」

「自覚がないあたりが」

「辛辣ぅ」

「大体、なんで普通についてきてんだ」

「見送り的な?」

「あぁ、どうも」


 雑に返してしまうのは、相手が龍臣だからこそだと自覚している。この男にはどうしても甘えが出てしまうから、やはりよろしくない。


「……ありがとうございます。ここまでで結構です」

「えっ、なんで敬語?」

「仕事をするにあたって、改めようかと」

「いやー、違和感がすごい」

「慣れて頂いて」

「無理だなぁ、流石に」

「……」


 意図的に距離を置こうとしても、それを許してはくれないから困る。

自分にとって龍臣は、あまりにも特殊過ぎるから。昇華しきれないままの感情が確かに存在していて、けれどそれをどうしようもない。

元に戻ることはないと断言できる。もう、龍臣と一緒に歩いて行くことはできない。

ただ、割り切れないものもある。


(……涼が不安がるはずだ)


 こんな矛盾した気持ちを、涼には悟られているんだろう。

あの子を悲しませることはしたくない。

それでも、未だに恐れている。


「なぁユキ」

「……うん」

「今、楽しいよ」

「え?」


 オレの不安を見透かすように、龍臣は笑った。

軽い調子で頭を撫でて、見つめる瞳を細める。


「ここで生きて、お前と一緒に音楽ができて、今、すげー楽しい」

「っ……」

「だからまぁ、そんな心配すんな」

「ん……」


 晴れやかな龍臣の瞳に、少しホッとした。

あの夜の祈りは、届いたのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ