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夜明けの君 2  作者: 蓮織
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打ち合わせ

「お前、よくこの話受けたな」


 出会い頭の第一声がこれだ。

どの口が言うのかという言葉を飲みこんで、並んで廊下を歩く。


「仕事だから」

「綾瀬はなにも言わなかったか?」

「話してない」

「……大丈夫かそれ?」

「ご心配どうも」


 龍臣は意外そうに目を瞬かせると、深くため息をついた。

そう言われても、情報解禁やらの制限があるわけで、一部の人間以外に話せないこともあるのだから仕方がない。

たとえ同じ事務所で同居人であろうと、話せないものは話せないのだ。


「絶対面倒なことになるって」

「仕方ないだろ」

「まぁそうだろうけど」

「……随分、首突っ込んでくるんだな」


 多少の苛立ちを込めて突き放すと、龍臣は黙って足を止めた。

同じように止まって振り返れば、じっとこちらを見つめる色素の薄い瞳とかち合う。


「……悪い」

「……いや……」

「お前が、ここにいるんだと思ったら……嬉しくて、」

「……」

「ちょっと踏み込みすぎた。悪い」


 そんな顔で笑われたら、何も言えなくなる。

この男と過ごしてきた日々はあまりにも強烈に刻み込まれていて、未だに昇華しきれない想いがあることも確かだ。

整理も区切りもつけたとは言え、大切な人であることに変わりはない。


「……言い方、間違えた」

「ん?」

「ごめん」

「ははっ、なんで謝んの。ユキは別に間違ってねーだろ」


 くしゃくしゃと頭を撫でて、龍臣は笑った。

オレを安心させるようなその仕草が懐かしくて、喉の奥が少しだけ疼く。


「龍臣」

「うん?」

「心配……してくれて、ありがと」

「お、素直」


 もう一度軽く笑うと、龍臣は再び歩き出した。

その背を追うように後ろを歩いて、目的の部屋に到着すると、反対側から向かってくる人影が見える。


「おー、きら。おはよ」

「おはよー……げっ!」

「……おはようございます」


 龍臣の影に隠れていたオレを見た瞬間、その人は酷く顔を顰めた。


 キーボードのきらには、昔からあまり好かれていない。

出会した瞬間にあんな声を上げられるくらいには、嫌われている。

理由はよくわからないが、龍臣には気にするなと何度かフォローされた。気にはしていないけれど、輝に何かをした覚えもないので、疑問は払拭されないままだ。


「……一緒に来るか普通」

「エントランスで会っちゃったんだもーん」

「だもんじゃねーよ! かわい子ぶんな!」

「和解済みですので!」

「お前ホンットそいつに甘いな!」


 ドアの前で言い争うのはやめて欲しい。

と言うか仕事で来たのだから、どこで会おうが同じだと思う。

黙って二人のやりとりが終わるのを待っていれば、頭を抱えた輝にキツく睨みつけられた。


「オレは納得してねえから」

「……どの辺が?」

「はぁ!?」

「いや、どこからなのかと思って」

「お前のっ……そういうとこが嫌いなんだよ!」


 輝は勢いよくドアを開けて叫ぶと、バタンと大きな音を立てて中へ入って行った。

目的地は同じなので、結果的にまた顔を合わせることになるのだが。


「……元気だな」

「ブハッ……くっ、おまっ……そういうとこだぞ」


 吹き出しながら言われても。


「ま、行きますか」

「……ん」


 エスコートするようにドアを開ける龍臣にため息を吐きながら、促されるまま中へ入った。


「ユキちゃん、お久しゅう」

「うん」


 立ち上がってこちらに愛想よく手を振るのは、プロメテウスのボーカル、朝緋だ。

その他のメンバーとマネージャーも揃って席を立つと、こちらへ恭しく頭を下げる。輝だけは足を組んで座ったままだけれど。


「この度はオファーを受けて頂き、ありがとうございます」

「……こちらこそ」

「輝が失礼をしたようで、申し訳ありません」

「いえ」


 マネージャーの朝比奈さんは、相変わらずスマートで淡々としている。

細いフレームの眼鏡の奥は、何を考えているのか読めない。


「ユキは今日も別嬪さんやなぁ」

「はは……」


 イケメンの外人が口を開いたかと思うと、こてこての関西弁を喋るのは未だに慣れない。

ベースのエミリオはイタリア人で、最初に留学した先が大阪だったのだそうだ。

とりあえず一人称「ワシ」だけは変えた方がいいと思う。


「どうぞ、お掛けください」

「失礼します」


 プロメテウスの対面に腰をかけると、龍臣もそれに倣って自分のあるべき位置へと戻った。

龍臣がいるとは言え、流石に6対1は緊張する。


「今日は顔合わせのようなものですから、そう緊張しないで下さい」

「……はい」

「概要はお聞きになっていらっしゃるかと思いますが、詳細はまた局での打ち合わせで決めることになります。ドラマ主題歌になることが決定しておりますので」

「はい」


 朝比奈さんから渡された紙には、まだ極秘情報であろうことがびっしりと書かれている。

これで緊張しないでくださいとは、無理があるのではと思いながら、文字の羅列に目を通した。


 プロメテウスから依頼を受けたのは、1週間ほど前。

新しく楽曲を提供して欲しいと言われた。

以前の事もそうだが、大人の事情というやつが確実に存在している。

普段ならギターのなつめが主に楽曲制作、たまに輝か龍臣が書く事もある。他人からの曲提供はほとんどないはずだ。

それをあえてオレに依頼してきたのは、確実にプロメテウスのイメージ回復を図りたいから。あの逆炎上とも言える騒ぎは、それなりのダメージだったのだろう。

できるなら、オレとの間に確執などないとアピールしておきたい、という上層部の意図がありありと見える。


(それでもドラマ主題歌とは……思い切ったな)


 こんな無名の人間を作曲家として起用することを、よく許されたものだ。


「一応、そちらに書かれているドラマのストーリーに合わせて作曲をお願いしたいのですが……候補を3つほど」

「3曲……フルサイズで、ですか?」

「いえ、ショートで結構です」


 ショートサイズでも3曲。しかもこれを次の打ち合わせまでにとは、結構ハードな条件をつけてきたな。

原作のない完全オリジナル脚本だから、原作を読み込んで雰囲気を掴む事もできない。

主題歌を担当するアーティストは、毎度こんな大変なことをしているのかと尊敬する。


「……わかりました」

「もちろん、こちらのメンバーと相談していただいて構いません」

「それは、提供ではなく共同制作になるのでは?」

「アイディアを出すだけなら、制作ではないでしょう」

「はぁ……」


 あくまでも淡々と話す朝比奈さんは、更に何枚かの紙を取り出してオレの前に置く。

それは先ほどのような概要ではなく、契約書だ。


「目を通していただいて、問題なければサインをお願いします」

「これは、今ですか?」

「なにか問題が?」

「嫌なら断りゃいいだろ。別にこっちだってお前に頼みたくなんかねーよ」

「輝」


先ほどから苛ついた態度を隠さない輝は、オレと朝比奈さんのやりとりがやはり気に入らないようだった。

釘を刺すように宥める龍臣に、彼は更に悪態をつく。


「つーかなんだよこの茶番。オレらはこんな奴に助けてもらわなくたって」

「輝!」

「っ……」

「ええ加減にしい」


 珍しい、と思った。

プロメテウスは実質、朝緋が纏めているようなものだ。けれど彼はいつも穏やかでニコニコと笑っていて、声を荒げるイメージがない。

やっかんでくる相手にさえ、柔和な態度を崩さないのに。


「あの……そちらの足並みが揃わないままの契約は、お互いに摩擦を生むのでは?」

「ごめんな、ユキちゃん。全員納得済みのはずやったんやけど……ユキちゃん前にしたら、あかんかったみたい」

「……契約は持ち帰って検討します。まずはプロメテウスさん側の説得を先に試みて下さい。そちらが納得しないまま仕事はできません」

「待って下さい!」


  守秘義務に関する書類にだけサインをして立ち上がると、焦ったように引き止める声が聞こえる。

構わずドアを開けようとした瞬間、見覚えのある大きな手がそれを阻んだ。


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