遭遇
次の舞台が始まる前に入っていた雑誌の取材後、どうしてこうも鉢合わせるのか、プロメテウスが同じスタジオに入っていた。
「あ」
「……お疲れ様です」
「露骨に顔顰めるじゃん」
「すみません」
「ちょっとは否定しろー」
お隣さんにこんなに出くわす人間なんて、そうそういないと思っているんだけど。
同じ業界とはいえ、あのマンションにはそんな人がゴロゴロいるだろうに、俺は未だこの人にしか会ったことがない。一番会いたくないのに。
「え、ユキさんにもこんな頻度で出くわしてないですよね?」
「なんの確認だよ。ユキとはこんなに会わねーよ」
「あ、ならいいですよかったです」
「いやだから、ちょっとはオブラートに包め」
「包みたいとは思ってます」
本来他人にこんな対応をすることはないのだけれど、どうにもこの人に対してはギスギスした気持ちにしかならない。
嫌い、とかではない。
嫌うほど知っているわけでもないし。
でも、ユキさんが一度でも音楽を辞めるきっかけになったこの人を、簡単に許せるはずもなくて。
許してはないと思うなんて言っていたユキさんは、結果的に最初からこの人に怒ってもいなければ恨んでもいなかった。その事が、更に俺の嫉妬心や憤りのぶつけ場所を分からなくしてしまっている。
お門違いだとわかってはいても、どうすることもできない。
「……俺はそこまでお前のこと嫌いじゃねえけどなぁ」
「えっ」
しまった。心の底から疑問の声をあげてしまった。
いやだって何言ってんだこの人? てなるでしょ。俺、恋敵だよ?
「すげー顔だな」
「すいません。今オブラート切らしてるんで補充しときます」
「絶対次も俺に会う手前で切らしてるって」
「代わりに表情筋落としときます」
「表情筋は大切にしてやれよ。役者だろ」
「そのあと拾うんで大丈夫です」
「よーし表出ろ」
龍臣さんが腕まくりを始めたところで、その後ろからバシッと音が響いた。
「いっだぁ!」
「ほらもう若い子イビんのやめやー」
「イビってねえし。俺の方がイビられてるし」
ひょこりと顔を出したのはプロメテウスのボーカルの朝緋さんで、彼はこちらを向くと、可愛らしい笑顔で会釈をしてくれる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ですー。前に会うたことあるやんな、別のスタジオで?」
「え、覚えててくださったんですか?」
「もちろん。綾瀬涼くん」
「うわ、滅茶苦茶嬉しいです」
「おいおいおいおい俺と態度ちげーな!?」
朝緋さんが覚えていてくれた事が嬉しくて緩む頬をそのままにしていたら、龍臣さんから思い切り突っ込まれた。仕方ない。俺は朝緋さんの歌は好きなんです。ファンなんです。
「朝緋さんの歌めっちゃ好きなんです」
「ありがとー。嬉しい。僕も綾瀬くんの歌声好きやよ」
「曲も聴いてくれたんですか!?」
「やって気になってたもん」
「おぉい無視か!」
「すみません今盛り上がってるんで」
「お前結構いい性格してるよな!?」
龍臣さんの額に青筋が見えそうなところで、スッと整ったスーツの袖が前を遮った。
「お前ら、時間がないんだから早くしろ」
「あ、ごめんな、マネージャー」
間に入った眼鏡の中年男性は、彼らのマネージャーなのだろう。涼しげな目元でチラリとこちらを見遣ると、丁寧に一礼してくれた。
「あ、お引き止めしてすみません」
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません」
細いフレーム越しに目が合う。
「……ユキさんに、よろしくお伝えください」
「えっ、あ、はい」
何故今そんな意味深なことを言われたのか分からず、確かに同じ事務所ではあるので、勢いのまま返事をしてしまった。
「あ、綾瀬くん! 連絡先交換せえへん?」
「えっ、是非!」
マネージャーさんの体を押し退けながら朝緋さんが誘ってくれるものだから、先ほどの言葉の意図なんて綺麗さっぱり飛んでいってしまっていた。