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夜明けの君 2  作者: 蓮織
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同棲始めました

「ユキさん、一緒に住みましょう」

「却下」


 最近このやり取りを繰り返しているのだけれども、そんなに拒否しなくても良くないかと毎回ちょっとダメージを食らっている。

隣にこの人の元彼が住んでるとかもういい。気にしない。気をつければいいだけだし。そもそもお隣さんってそんなに鉢合わせることないし。

そう思い始めたら、とっとと話を進めてしまいたくて本人に打診した。返ってきたのはさっきと同じ回答。


「なーんーでー!」

「いや早い」

「時間とか関係ないですって!」

「やだって」

「仕事だってしやすいですよ」


 ユキさんは、現在の仕事を継続すると言う条件で、ウチの事務所にギタリスト兼作曲家として所属することになった。

エビちゃんは嬉々として社長にプレゼンしていたし、社長も会った途端にOKを出していた。まぁ、わかるけども。

もちろん俺に曲提供してもらう機会もあるし、まぁまぁゴリ押ししてライブのサポートも頼んだ。それも最初は拒絶された。


『曲の提供はいいけど、ライブはちょっと…』


 渋い顔でNOを出すユキさんに、アンタギタリストでしょと一言突っ込んだら渋々頷いてくれた。知ってます。目立つのが嫌いだってことは。

でもね、目立つのが嫌いな人がバンドマンは致命的なのよ。個人的にはもう諦めて、自分の音楽のためにもバンバン表に出て欲しい。

大体そのツラで目立ちたくないとか無理がある。


「俺に曲書いてくれる時とか打ち合わせとか、一緒に住んでる方が絶対手っ取り早いしやりやすいですって」


 そして冒頭の交渉に戻る。


「そう、かもだけど……」


 お、これもうちょっと押せばいけるな。


「今ならもれなくユキさんの部屋(予定)に電子ピアノがつきます」

「電子ピアノ……」

「あとSNS苦手なユキさんの音楽情報を俺のアカウントで全部発信します」

「うぅ……」

「料理好きなんで俺がいる時はちゃんとした飯が出ます」

「涼に家政婦は求めてない」


 あ、そこはきっぱり否定するんだ。


「そーゆーとこ好きです」

「あーー……もぉー」

「よし決定!」

「了解はしてない!」

「折れてくれたと解釈しました」

「なんでたまに押しが強くなるんだよ」


 たまにと思ってる時点で、まぁまぁ流されてることに気づいてほしい。ユキさん本当に流されやすくない? 俺、結構強引に今までお願いしてるよ? 付き合う時とか、事務所の所属とか。

まぁ言わないんだけど。


「じゃあ何が嫌なのか言ってください」

「そもそも1人がいい」

「そこは防音の個室があるんで」

「…………」

「もう無いですね?」


 案外簡単に解決したなと思ったら、ユキさんはまだ納得していない様子で口をモゴモゴさせる。


「依存……しそうで、怖い」

「えっ」


 今めちゃくちゃ可愛いこと言われたんだけど、俺の聞き間違いだった?


「前のことがある、から……涼に、依存しそうで、怖い」

「して下さい存分に」


 多少食い気味で答えたら、ユキさんは眉間に皺を寄せて呆れた顔をしていた。

いや可愛すぎか。そんなもん願ったり叶ったりだ。俺に依存してくれるって言うなら存分にしてほしい。そんなことを思ってしまうくらいには、俺がもう離れられない。


「お前な」

「それに、怖いとか言ってる時点でユキさんは俺に依存なんてしてくれない気がしますし」

「……わかんないだろ、先のことは」

「あ、それ告白した時に言われたなー」

「……」

「俺の予想、結構当たりますよ?」


 パチリとウィンクして見せると、ユキさんは諦めたように息を吐いて俺の腕に頭を擦り寄せた。







「え、なに、同棲?」

「アンタはなんでそんなにタイミングが悪いんですか?」

「いやいや、めちゃくちゃいいだろ」

「毎回最悪ですけど?!」

「玄関先でやめろ……」


 ユキさんの引っ越しのタイミングで在宅してるとかこの男は。

まさか狙ってるのか? と聞きたくなるくらいである。


「俺とも一緒に暮らさなかったのに」

「お前はうちに入り浸ってたろ」

「そうだけども。まぁ、距離的に口説きやすくなったな?」

「なに口説こうとしてんすか!」


 間に入って威嚇すると、龍臣さんは楽しそうに笑った。悪い顔だ。滅茶苦茶揶揄われている気しかしない。

いやでも本気で口説きそうだなこの人。


「やめろ龍臣」

「えー。本気なのに」

「なお悪い」

「新たに口説き直すのはダメなわけ?」

「ダメに決まってます!」


 ユキさんを背中に隠しながら口を挟んだら、ユキさんは俺の肩を軽く叩いた。


「龍臣……お前、実家帰ってるか?」

「そういう話の逸らし方はダメだと思うぞユキ」


 若干苦い顔でそう言うと、龍臣さんは後ろ頭をかきながら気まずそうに息を吐いた。

そうか、この人たち幼馴染だった。


「この間連絡したら、姉さんが怒ってたから」

「それお前が怒られるついでに俺にも怒り向けられてるやつでは」

「それもある。でもお前、一度も連絡してないって」

「あぁー……まぁ、ねぇ? できるわけないっつーか」


 こういう話題には入っていけない。

彼らには彼らの過ごしてきた時間があって、それに触れるだけの勇気もなければ図々しさも持てないでいる。


「親父も心配してたから、暇があったら帰ってやって」

「いや姉ちゃんが怖すぎるって」

「親父と暁を味方につけろ」

「味方頼りなくね?」


 でもそろそろいいかな。俺にも限界というものがありまして。臨界点低くてごめん。


「あのぉ!」

「あ、ごめん」

「いえ、いいんですけど……そろそろ引っ越し作業戻りませんかね」

「おー、手伝おうか?」

「結構です! じゃ!」


 ユキさんの背中をグイグイと押しながら龍臣さんの視界から離脱すると、ユキさんはチラリとこちらを見て俺の手を取った。


「ごめん」

「いや、すみません。余裕なくて……」

「オレがデリカシーなかった。ごめん」

「……家族ぐるみで仲良いんですね」


 幼馴染で、ユキさんのお父さんの影響で音楽を始めたとは聞いていた。そんなにもユキさんの家族と親しい距離なんだというのは、考えればわかることではある。


「家族みたいなもんだから」

「それは、聞きましたけど……」

「ウチの姉弟は龍臣を兄弟だと思ってるし、父親は息子だと思ってる」

「え、あ、そんなレベルですか」

「オレとのことも姉と弟にはバレてたしな」

「あぁー……」


 それは確かに気まずいし顔も合わせづらいだろうな、とちょっとだけ同情しかけたところで首を振る。

待て待て、全部自業自得だ。俺が気にすることとか何も無いから。


「ないから」

「え?」

「元に戻ることは、ないから」

「……」


 ユキさんがそんなふうに言ってくれるのはこれで二度目で、こんな事を言わせてしまう自分の許容量の狭さにもイライラする。

それでも、彼らから感じる互いへの特別感みたいなものが、じっとりと俺の腹の底に居座っていた。


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