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愛ゆえに

 春はすぐそこだ。新たに雪は降っていないので、町からの一本道をやってくる馬車がよく見えた。ソニアが許可したからなのか、町から来た馬車は魔女の庵のすぐそばで止まった。


 馬車の扉が開き、中からもこもこした毛皮にイヤーマフ、手袋をつけた女性が、従者にエスコートされて降りてきた。彼女はあたりを見渡していたが、お目当てを見つけたらしく、小走りに駆け寄ってきた。その後を侍女がついてくるのが目に入った。


「ローランド!会いたかったわ!」


 そう言ってローランドに飛びついてきたのは元婚約者のフランだ。


「え!ちょっと、フラン!どうしたんだ。何故君がここにいる?」

「ね、聞いて!わたしね、先日まで王都にいたんだけどやっぱりローランドが好きだから戻ってきたの」

「婚約者はどうしたんだ?」

「えー、彼ねぇ、酷いのよ。他にも女がいて浮気してたの。だから慰謝料たくさん貰って婚約解消したわ。

 そしたらローランドが、わたしを彼から奪うために魔女に弟子入りしたって聞いたのよ!」


 ローランドは嬉しそうにはしゃぐフランを身体から引き剥がした。眉間に皺を寄せてソニアを見る。


「ソニア、どう言う事だ?何故フランが来たんだ?」


「あら、言わなかったかしら。最終課題のために人を呼んでいると」



「やっぱりローランドが一番好きよ。カッコいいし優しいし。

 それに魔力が回復したのでしょう?それなら何も問題無いわね。ローランドが跡取りになるんでしょう?

 ねえ、早く領主館に戻って結婚の日取りを決めましょうよ。

 それにしてもみすぼらしい小屋ね、こんな所に次期子爵のローランドを住まわせていたなんて、魔女って最低ね」


「おい、失礼な事を言うなよ。ここは魔女殿の大切な庵で、俺が暮らしているのは隣の納戸だ」


「何ですって。ますます酷いわ、許せない。どうあっても魔女を懲らしめないといけないわね」


 フランは自分の魅力を最大限に見せるために、少し頬を膨らませて唇をつんと尖らせた。17という年齢より遥かに幼く見えるその仕草は、周りの者たちが愛らしいと褒める。だからフランは自分の魅力の効果的な使い方を良く知っていた。


 以前のローランドは確かにフランの愛らしさに惹かれていたし、か弱い彼女を守らなくてはと思っていたので、そんな表情をされたら途端に顔が緩み、フランの望むままに、魔女を懲らしめようと思った事だろう。しかし今のローランドには、フランの計算高さが目について、彼女のその表情に吐き気を覚えるのだった。


 今、ソニアの居心地のよい居間には、ローランドとフラン、そしてフランが連れてきた侍女が一人いるのみだ。フラン達を連れてきた従者は庭に用意されたテーブルで、ソニアからのもてなしを受けている。


 ローランドは窓から見えるその光景に、俺もそっちへ行きたいと内心溢していた。



「そうですか、魔女殿がローランド様をお助けになられたと?」

「ええ、あの()が14の時ですね」

「魔女殿にかかれば、ローランド様も子供扱いですなあ。それにしてもこの茶は甘くてホッとしますな」

「お気に召していただけて何よりです。この茶葉は、庭で栽培しておりますの。それをローランドの魔力で精製して作りました」

「ほう、そのような事があの()に出来ますとは……」

「彼はがむしゃらに頑張りましたわ。ええ、強いて言えば愛の為に」

「愛ですか?ふむ。フラン様との間に愛があると?」

「わたし、愛というものを見たい、知りたいと思いましたの。

 彼は愛ゆえに弟子入りしたいと願い、愛ゆえに訓練に耐えたのですよ。愛を知らないわたしにとっては、なかなかに面白い日々でしたわ」


 従者はじっとソニアを見た。

 銀の髪に金の瞳、ローブに隠されているものの、見えている部分、首元や手など、白くて透き通るようで、大層美しい女だ。しかも魔力を持つ希少な魔女。


「魔女殿、どうですかな?愛をもっと深く知る為に、私の愛、

「待ったっ!何を言い出すんだっ!」

 従者の言葉を遮ったのは部屋から飛び出してきたローランドだった。


「従者に変装してフランを連れて来るだけではなく、ソニアに変な事を吹き込むのはやめてください、父上!」

「だってお前、魔女殿はこれほど美しく、しかも愛を知らないと言うのだぞ。これは男として試されているのではないのか?」


 ソニアは花が綻ぶように笑う。

「本当に良く似た父子ね。短絡的なところとか、ふふ」

「ソニア、父上の発言は俺への嫌がらせだ。聞かなくていい」


 その時、部屋から慌てて出てきたフランが叫んだ。

「ローランドぉ!ねぇ、わたしを愛しているのでしょう?何故結婚を断るの?

 魔女を愛してるってどう言う事なの?そんなのわたしは認めないからっ!」

 そしてソニアを睨みつけた。まるで鬼のような形相で。

 

「その女がローランドを誑かしたのでしょう!そうに違いないわ!我慢ならない、年増の魔女は引っ込んでなさいよっ!」


 そう言うとフランはテーブルの上のお茶の入ったままのカップをソニアに投げつけた。しかしソニアはひょいと動いたのでカップは地面に落ち、パリンと割れた。


「あらあら、お気に入りのカップだったのに」


「何よ、なんで当たらないのよっ」

 今度はティポットを掴んだフランを見て、彼女とソニアの間にローランドが割って入った。

 ポットはローランドに当たり、中味がこぼれ、ローランドにも熱い茶がかかった。


「大丈夫?」すぐに冷気を当てようとしてくれるソニアを目線で止めると、ローランドは自分で風を起こし、濡れた部分を乾かした。

「これが出来るくらいに回復したから。ソニアの手を煩わせる事はないよ」


「まあ!ローランドの魔力は完全に戻ったのね。わたしの為にそこまでしてくれたのね」

 勝手に勘違いしたフランが目を輝かせた。しかしローランドの眼差しは冷えたままだ。


「あ、ああ、ローランドに当てるつもりは無かっのよ?全て魔女が悪いのだわ!あの女はローランドの心を操っているのよ。目を覚ましてローランド!貴方はわたしを愛しているのよ!

 だからそこの年増の魔女に弟子入りして魔力を取り戻したのでしょう?」


 喚くフランに、ローランドは冷たく言い放つ。


「フラン、何か勘違いしている様だからはっきり言っておく。

 確かに婚約解消して直ぐの俺は未練がましかったよ。魔力を取り戻したら再びフランを取り戻せるかもしれないと思った時期もあった。

 だが、魔力が使えないと仕方ない、魔力を失えば子爵家の後継ぎになれないと、俺をあっさりと切り捨てた君に、今は愛情のかけらも残ってはいない」


「嘘よ!」

 フランはわなわなと唇を震わせた。


「君は魔力のある無しで人の価値を決めつけた。魔力を失った俺が、あの伯爵子息との決闘とやらを断った時に、つまらない男と漏らしたんだってな。そして婚約解消された」


「それはっ!あの人にしつこく言い寄られて仕方なくなの。本当に好きなのは貴方だけよ、ローランド。ねぇ信じて?」

 目に涙をいっぱい溜めて、小動物のように小さく震えながら、フランは両手を組んでまるで祈るようにローランドに訴えた。


「俺はわかったんだ。魔力があってそれが使える事は、誇らしくも何とも無いって事をな。

 自分が魔力を使えるとしたら、それを何に活かすのかが大切なんだよ。フランは俺の一体どこが好きなんだ?領主の息子で次期子爵になる、それ以外のどこが好きか言えるのかい?」


 まるで幼子を諭すように話しかけるローランドに対し、フランは憎しみの目を向ける。


「この魔女!お前なんて魔力が無かったらただの年増女じゃないの!ローランドが変になっちゃったのはお前の所為よ、許さないっ!」


 ソニアは黙って、ローランドに庇われていたが、我慢できなくなっていた。

「いい加減になさい。目先の利に目が眩んで、ローランドを捨てたのは貴女でしょう?それでなくても決闘させようとしたり、魔力が戻った途端に手のひらを返す言動をする、ローランドは貴女の玩具じゃないのよ!」


 途端に醜く歪んだフランの口からは、聞くに耐えないおぞましい言葉が飛び出してきた。

 フランの悪意から庇う様に、ソニア抱きしめたローランドは彼女に最後通告を告げた。


「フラン、残念だよ。君は正直目障りでうるさいだけだ。金輪際、俺の前に現れないで欲しい。俺は、俺の大切な女性を傷つける君が大嫌いだ。

 これでもかなり我慢して言葉を選んでいる。早く目の前から消えてくれ」





お読みいただきありがとうございます。

ローランドのお父さん、もっと出したかった。

話を引っ張ってくれるサブキャラとして◎



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