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名前で呼んで

 来る日も来る日も、ローランドは剣を握り庭に立つ。

 他の方法も考えたが、これが一番魔力の流れを意識出来そうだと判断したのだ。

 ソニアの放つ魔力の糸に縛られたローランドが、懸命に塞がれた魔道回路の隙間を探す。ようやく見つけた小さな隙間に向けて、自らの魔力を細く練り上げて通し徐々に広げていくのだ。


 その間にもローランドは罠で捕まえた獲物を捌き、畑で採れた野菜で料理を作る。部屋の掃除に庭の手入れ、鶏の世話、洗濯もする。

 

 静かな夜は、暖炉のそばのロッキングチェアで猫を抱いたソニアと向き合って、二人は長く語らいあった。

 ソニアは良い聞き手で、熱中すると脱線するローランドの話をちゃんと聞いてくれた。

 自分の事は語りたがらないソニアだが、町の人々の生活や、ローランドが通っていたという貴族の学校について聞きたがった。


「魔力が使えないと不便はなかったの?」

「学校内では敢えて魔力は使えないようにするんだ。不用意に使って事故が起きては問題だからな。

 それゆえ、俺が魔力を使えないことは誰も知らなかったんだ」

「ふうん、それは幸いだと言って良いのかしら」


 揺れる暖炉の炎を見つめながら、ローランドは呟いた。


「俺はさ、馬鹿みたいに魔力量が多かったが制御できず暴走してあんなことになった。だから魔力に頼らなくてもフランを守れる様にと剣技を磨くことにしたんだ。誰よりもフランが大事だったから」


「元婚約者さんは、騙し続けられなかったの?」

「フランは……、王都に憧れていてデビュタントで王都へ行った日に、どこぞの伯爵の息子に気に入られたのさ。それで俺がいるとわかっているのに、婚約を申し込まれたんだ。

 そうしたらフランが、婚約者の俺と相手とどちらが自分に相応しいか決闘で決めれば良いとか言い出して」


「まあ、時代錯誤も良いところね」


「で、魔力のない俺はフランに事情を話して決闘なんて無理だと諭したんだ。相手は必ず魔力を使う。そうすれば下手すれば俺は死ぬことになる。だから正直に話したんだ。そうしたら彼女は怒り出した。わたしを愛していないのって」


「そう。酷い女ね。貴方の事を好きなら伯爵の息子ははっきり断れば良いのに」

「魔力がなくて、強気に出られない俺も悪かったんだ。それでも周りが止めてくれたので決闘などせずに領地まで戻ってきた。そうしたら、その翌日婚約解消して欲しいと申し入れがあった」

 

 ローランドは炎を見つめたまま、力なく笑った。



 あの時の事を思い返す時と胸が痛む。

 フランは目に涙を溜めていた。

「わたしはローランドの事が大好きなのよ。だけど、お父様が……いざと言う時に魔力がなくて守れない男と一緒になっても幸せになれないと仰るの。それに、ローランドは子爵家の後継ぎから外されるだろうって、お父様が………」


 俺は泣き出したフランを抱きしめようとしてやめた。


「ごめん、俺のせいで。俺がこんな身体になったせいで」

「仕方ないわ。魔力が使えないのですもの」


 フランはハンカチを取り出すと涙を拭い、さようならと言って去っていった。俺はフランの背中をじっと見ている事しか出来なかった。大好きなフラン、小さくて優しくて愛らしいフラン、俺の初恋。

 父親からフランの新しい婚約を聞かされたのはひと月後。

相手はあの伯爵子息だった。

 

 魔力を回復させたらフランを取り戻せると思っていた時期も確かにあった。そもそもその為に魔女に弟子入りをしたのだ。

 しかし、ソニアと共に魔道回路を修復する訓練を続けていくうちにわかった。

 ああ、本当に俺の事を愛してくれていたのなら、魔力が使えるとか使えないとかそんな理由で婚約解消なんてしないよなあ。今は便利な魔道具があって生活するのに困る事なんてないのだから。

 小さいながらも領地を持つが子爵家の息子、それが魔力がない為に後継者から外されようとしている。そのローランドと王都に住む華やかな暮らしをしている伯爵の息子、二人を天秤にかけたソニアにとっては伯爵の息子は魅力的だったのだろう。

 結局、俺は愛されてはいなかっただけの事だ。


『仕方がないわ。魔力が使えないのですもの』

そう言った時のフランの顔を、俺は思い出せない。



 地道な作業を続ける事2ヶ月余り。回路の詰まりが取れ、流れだす感覚を知ってからは早かった。

 日々の生活をこなしながら、ローランドは剣を振り続けた。

 ソニアは剣を構えるローランドに根気よく付き合って、魔力を流すためのヒントを与え続けた。時には両手を包み込んで自らの魔力を流し小さな詰まりを解消したが、ローランド自身が気付く事が肝心だからと課題を与えた。


「魔力が使えるようになったら何がしたいのか考えなさい。夢があると言ってたわね。魔力はその夢を叶えられるのか、答えが出たら教えて」


 やがて体内に魔力を流す感覚を掴むと、次はそれを放出する事を試みた。

 魔力を使えない間は火の扱いは魔道具に頼っていたのだが、ある朝の調理時間に、火を起こせるようイメージを描いて指先に魔力を集めてみれば、案外簡単に火を起こす事が出来た。


「ソニア!火が付いた!」

 ローランドは嬉しさのあまり、大声でソニアを呼ぶ。

「聞こえているわ。そう、素晴らしいわねローランド!」


 剣の稽古で右手の魔道回路を確認した夜、ローランドはソニアに向かって小さな願い事をした。これまでは、魔女や貴女、口の悪い時はあんたと呼んでいたのを、名を呼ぶ許しを得たいと言った。


「呼び方なんて何でも良いわよ」

「しかし、師匠である貴女を魔女と呼ぶのは余りにも失礼な気がする。だからせめて名前呼びする事を許してほしい」

「変なところを気にするのね。魔女を何と呼ぼうが誰も気にしないわ。先代魔女はわたしにソニアと名付けてくれたわ。

呼ぶなら敬称はつけないで。わたしは只のソニア。貴方は貴族なのだからね」


「そうか、貴女はソニアと言うのか」


 そう言えば名乗っていなかった事に気付いたソニアは苦笑した。

「ソニア、良い名だ。俺の事も貴方じゃなくて、ローランドと呼んでほしい」

「一体どうしたの?お坊ちゃん?」


 2週に一度、ローランド宛に手紙などを届けにくる町長の使用人がローランドをお坊ちゃんと呼ぶので、ソニアは揶揄うつもりで、お坊ちゃんと呼んでみたところ、途端にローランドは不機嫌になった。


「ソニアにとって俺は、命を救った子どものままなのかもしれないが、もう成人を迎えた大人だ。7つも年下で対等に向き合うには頼りないかもしれない。

 だが、ソニアにお坊ちゃんと呼ばれるのは嫌だ」


 何が彼を刺激したのかわからなかったソニアだが、素直にごめんなさいと謝った。



 後少しだ。

 魔力を体内に流してそれを使えるようになると、今度は魔力を制御する方法を実践している。

 ソニアが思うよりずっと、ローランドは魔力を扱う事に長けていた。そして魔力制御について飲み込みが早かった。日々ソニアと暮らし、彼女の魔力に触れる事により、ローランド自身の持つ能力が向上したのかもしれなかった。


 いつもの様に朝食を終え、ソニアが好むお茶をローランドが淹れて、今日の作業の確認をしていると、ソニアが思いついたように喋り出した。


「ああ、そうだわ!この調子だと、次の週明けには無事、()()を卒業なのよね」


「本当になんと感謝して良いか。ソニアがいなければ俺は生きていなかったし、これから先、生きていけなかった」


「ふふ。そう思うのはまだ早いわよ。残しておいた最終課題、覚えているかしら?」


「ああ、勿論。魔力を取り戻して何がしたいか、夢が叶えられるのか?という事だったな。それならば……」


「その最終課題の為に、ある人を呼んでいるの。明日やってくる筈」


 ある人?誰だろうか。最終課題の試験などソニアが口にしたのは初めての事だ。父だろうか?或いは母も一緒に?


 ローランドはソニアが呼んだ人物が気になったが、自分にとっての夢、未来は既に決まっているので、恐れる事は何もない、とそう思った。



お読みいただきありがとうございます。



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