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愛を知らない魔女

 ローランドは、自分が領主の息子である事と怪我の回復と共に魔力が使えなくなった事をソニアに告白した。


「それで責任を取れと?」

「責任?そんな話ではなくて、俺を弟子にして欲しい。魔道回路を直したいんだ」

「ご領主のご子息様。お戯れはおよしくださいませ。魔女に弟子入りだなど、領主であるご両親がお許しにならないでしょう。どうぞお気を確かに」


 先程とは違ってソニアの口調は幾分よそ行きになっている。

丁寧ではあるが、苛立ちと明らかな拒絶が言葉に滲んでいた。


「そこを何とか頼む。魔女殿!貴女に弟子入りして魔道回路を回復しなければ俺の未来はないんだ」  

「貴族のご子息様の未来は、掃いて捨てるほどおありでしょうに」

「俺には夢があるんだ。その夢を叶えるためには魔力を使えることが必要なんだ!」

「何故わたしがご子息様の夢を叶える手伝いをせねばならないのです?」


 ソニアは決して頷こうとしない。この青年を弟子にする理由はない。魔女の後継者は居てもいなくても構わない。自分が死ねば、この町の薬師が居なくなるだけの事。その後の事などどうでも良いと思っていた。

 善意を踏み躙られた先代魔女(おぼあさま)は失意のうちにこの世を去ったのだ。魔女を責め立てた町の人々などどうなっても構わないと思っている。

 ただ、弱い存在の子どもや貧乏人や虐げられた女性の為に町を去るのはやめただけだ。しかし、そういう人たちの診察も今は大っぴらには受けてはいない。ソニアはこっそりと町を訪れ、こっそりと病人に薬を配っていた。その後少しだけ彼らの記憶を弄って、その薬はお金を工面して薬屋で自らが買ったと思い込ませるようにしているので、魔女の介在を彼らは知らない筈だ。


(わたしは町の人間を守る義理なんてないわ。施しをしているだけよ。この青年の命は既に一度助けてやったのだから、もう充分よね)


「そうか。俺の魔道回路を寸断して、魔力が使えないようにした貴女は、俺の人生を滅茶苦茶にして、その上で見捨てると言うのか」


「待って。それはたまたま貴方の命を救ったらそうなっただけで、わざとじゃないわ。それにあのまま放置していたら貴方は死んでいたわ。命と魔力とどちらが大事なの?」


「魔力が無いと駄目なんだ。俺は生きている価値すら無いに等しいんだよ。

 好きな女に振られ、このまま魔力が回復しなければ嫡男として跡を継ぐ事も難しくなる。今でも母は、腫れ物を触るかのような態度なんだ。

 それに、婚約者の事が好きだったんだ。守りたかったんだ。なのに、彼女は俺から離れて行った。

 魔力を使えない貴方とは結婚できないと、そう言って去って行ったんだ……。愛していたんだ、彼女を……」


 何故か急に言葉の勢いが無くなり大人しくなったローランドに、ソニアはどうしたものやらと思った。


 成人を迎えたといってもまだ18歳の若者で、大きな形をしていても、心に突き刺さった棘の抜き方は幼稚で、抜こうとして寧ろより深く傷つけてしまっているように見えた。


 青年は黙り込んだ。沈黙の中に、語りきれない、語ってはならない想いを感じ取ったソニアが口を開いた。


「好きな子に振られたの?魔力が使えないからと?ひとの価値をそんな事で測るような人間は、ろくなもんじゃないわ。酷いわね、貴方の元婚約者さんは」


 ローランドはむっとした顔でソニアを睨みつけた。

「彼女は悪く無い。俺が悪いんだ。魔力制御が出来なくて暴走させた挙句、自らの命を危険に晒した。

 そして、魔女に助けられた命なのに、魔女のせいで魔力が使えなくなったと文句を言う俺が悪い。わかっているんだ、そんな事は」


 反省する気持ちはあるようだ。

 ソニアは温かいミルクを入れたマグに蜂蜜を垂らして、ローランドの前に置いた。


「魔力が無いのは悪い事ではないわ。それで人を区別するのが良くないのよ。

 行き場のない悲しみや怒りを何とかしようと貴方はここまでやってきたわけね。

 弟子になったからと言って、魔力が回復するかどうかわからないわ。それでも良いのなら、そうね、春までの3ヶ月。その間に魔道回路の修復を試みて、それで駄目なら諦めなさい」


「いいのか?ここにいても」


「そのつもりで来たのでしょう?不本意だけど、わたしの診療で魔道回路が壊れたなんて思われているのは癪ですもの。

 その代わりわたしの言うことには従って貰うわ」


 ローランドは、心底嬉しそうな顔で微笑んだ。

「ありがとう、魔女殿!」


 それはほんの気紛れだった。追い返すつもりだったのに、気がつけば受け入れていた。何故なのだかソニアにもよくわからない。魔道回路が壊れた事、その修復に対する興味なのか?

とにかく、よくわからない感情のまま、ソニアはローランドを3ヶ月だけ受け入れる事にした。


 薬局との連絡用に使っている文に、ローランドを預かる旨を記すと、ソニアは魔道具を使ってその文を送った。本当は魔道具など使わずとも送れるのだが、ローランドに知られると都合が悪い。


 ソニアの文に呼ばれてやってきた町長の使いは、食料とローランドの着替えを運んで来た。

 ローランドが魔女の庵に来た事はすぐさま領主に伝えられたが、気の済むようにしてやってくれという返事を携えていた。


「俺は春まで魔女殿に世話になる。父上達にはそのように伝えて欲しい」


 ローランドは魔女に弟子入りして結果を出すまで帰らないと言ったが、3ヶ月で何が出来るだろうか?この青年は過去に縛られて心が脆い、ソニアは内心無理だろうと考えていた。


 傷つき包帯で巻かれた少年の姿を思い出す。他人に巻き込まれたのではなく、自らが魔力を暴走させて瀕死の重傷を負った少年。包帯から覗く金色の髪。目を閉じていたのでわからなかったが、あんなに綺麗な澄んだ緑の瞳をしていたのか。

 そして、魔力を使えなくなった事が原因で婚約者に去られ、青年がその娘を未だに忘れられずにいる事もわかった。


 もし魔力を扱えるようになり、その上きちんと制御出来たなら、この青年は元婚約者に再び愛を乞うのだろうか?それが彼の夢なのだろうか?

 ソニアはふとそんな事を思った。


 育ての親である先代魔女から受けた愛情以外の「愛」を知らないソニアにとって、元婚約者を愛する余りに無謀にもやってきたローランドの行動は理解し難いが、恥ずかしげもなく愛を語る青年が、ほんのちょっとだけ羨ましく感じられたのだった。



 その後、ソニアはローランドの寝床を納戸に作った。藁の上に清潔なシーツを敷いただけのものだ。それでも寝るには充分だと、ローランドは喜んだ。

 納戸の中には雑多なガラクタが並べられていたが、赤ん坊を入れて運ぶ簡易ベッドのような籠がその中にあり、目ざとく見つけたローランドがソニアに尋ねる。


「あれは、赤ん坊の?もしや魔女には子どもがいるのか?」

 気の利かないローランドはソニアに不躾な質問をした。


「わたしは独身よ!あれは、25年前にここに捨てられたわたしが入ってた籠なの。先代魔女が大切に保管してくれていてので捨てられないだけ」


「そうか、魔女は独身なのか。そんなに綺麗なのに?町の男達から求婚されなかったのか?」


「貴方ってほんと無神経で失礼ね。どこの誰が魔女を妻にしたいと思う?町の人間はわたしを避けているわ。特にあの疫病以来ね。魔女なんて関わらずにすめばそれに越したことはないのよ」


「そうだろうか。俺は魔女に助けられた。だからあんたに感謝しているし、あんたの子どもが魔女の血を受け継いでいってくれれば嬉しいよ」


「余計なお世話ね」


 この男は無神経でお子ちゃまだ、魔力の有無云々以前の問題だ。魔女に結婚しろとは何と失礼な男。これでは婚約者に愛想を尽かされても仕方ないのでは?とソニアは思った。

 しかし、ローランドが考えていたのは別の事だ。何やら深刻な顔をしている彼に、ソニアは怪訝な顔を向けた。


「おい、ちょっと待て。今さっき、あんた何て言った?25年前に捨てられた、って言ってなかったか?」

「そうよ。それが何か?」

「嘘だ、魔女殿は25歳?どう見ても20歳かそこらだろう?

 その見た目で男から声を掛けられた事もないなんて絶対嘘だ、俺は騙されているに違いないぞ」

「悪かったわね、行き遅れで。それに恋人や夫がいたら、貴方をここに受け入れたりしないわよ」


 ローランドは、自分の失礼さ迂闊さを反省して、済まないと素直に頭を下げた。そしてソニアが7歳も年上だった事に、改めて驚いた。




お読みいただきありがとうございます。

  

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