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4年前の出来事

疫病の話が出てきます。苦手な方はご注意ください。


 年配の男はこの町の町長で、その背後にはフードを被り顔がわからないが大柄な男が立っていた。町長の護衛にしては体から発する威圧感があるし不穏な魔力も感じられる。そもそも小さな町の町長に護衛が必要とも思えなかったのでソニアは少し警戒した。


「息子が大怪我を負った。このままでは死んでしまう。お願いだ、どうか助けてはいただけぬか?」


 ソニアは町長と護衛らしき男を見た。彼らもソニアを凝視している。何となく不愉快になったのでつい言葉を返してしまった。


「役立たずの魔女に何を願うかと思えば……。お医者様に見ていただければ宜しいでしょう?」


「町に医者はいない事を魔女殿は知っている筈だ。たまたま町に来られた高貴な客人が、持っていた魔道具でなんとか持ち堪えているが、時間の問題かもしれないのだ」


「流行病を治せぬわたしが、何故貴方の息子を助けられると?」


「……魔力の暴走に巻き込まれた。病は無理でも魔女殿なら魔力の扱いには慣れておろう」


 ソニアは少し考えた。魔力か、成程。


 魔力に依る怪我の治癒については慎重に隠してきたつもりだったが、そもそもが魔女なのだ。それが出来るはずだと考える人間がいてもおかしくなかった。しかも、魔力暴走に巻き込まれたのを魔道具で生命維持をしているというから、かなり酷い状況だろう。

 

 町長はきっと断腸の思いで、ここまでやってきた筈。

何故なら先代魔女を一番責めていたのが、他ならぬこの町長だったから。彼はソニアにとっては憎むべき相手であり、その息子を救う義理などこれっぽっちも持ち合わせていなかった。

 しかし聞いてしまったからには、放置して死なせてしまうのも後味が悪い。魔力暴走に巻き込まれたのは不運でしか無い。


「報酬は何でも望むものを与えよう。金でも、物でも、、」


 ソニアは覚悟を決めた。善人ではないが後味の悪いことは嫌だ。


「わかりました。とりあえず診ましょう。町長の息子さんと、その魔道具を提供してくださった高貴な人とやらに会わせてください。どのみちその方も怪我をされているのでしょう?」



 ソニアが通された部屋のベッドには少年が横たわっていた。彼が町長の息子であるらしい。まだ小さな子どもだと思っていたソニアは、驚いた。町長に尋ねると14歳だという。体格に合わせて薬の量が変わるので、薬を多めに持ってきて良かったと安堵した。


 怪我人は全身を切り刻まれたのだろうか、包帯を巻かれた身体は力なく横たわっていた。

 母親らしい女性が怪我人のベッドにしがみついて泣いていた。このような状況なのに、高級そうなドレスと装飾品で美しく装っている。顔はベールで隠しているものの、結い上げた金髪がきらきらと眩しかった。


 怪我人の顔にも包帯が巻かれているため見目はわからないが、髪は金色なので母親似なのだろうとソニアは思った。


 彼女は薬の入った小瓶を取り出し、これを飲ませます、と言った。

「それは?」

「止血剤です。内臓からも出血しているでしょうから、まずは止血します。それから傷の状態を調べます。ああ、腕のこれが魔道具ですね」

 ソニアは怪我人の腕に巻きつけた管とそれが繋がる四角い小箱を一瞥した。

(なるほど。微量の魔力が流れるように調整して、心臓を止めないようにしているのね)


「では治療いたしましょう。ただし魔力を少々使いますので、慣れない人は力に()てられて具合が悪くなるかもしれません。皆さんは外に出てください。2人だけにしていただきます。それが納得いただけないなら、ここで失礼します」


 渋る母親を部屋から追い出すと、ソニアは薬を口から流し込み、怪我人の手を握った。一瞬、体が光ったのを確認するとソニアはほっと一息ついた。傷んだ臓器を内側から回復させたのである。

 自分には治癒能力がある事をソニアは知っていたが、その力を悪用されない為に秘密にしている。それゆえ手順を見られる事は回避する必要がある。だからまずは薬で止血し、その薬の効果を高める為に、薬にも魔力を流した、という事にしているのだ。怪我人の身体に少しずつ生気が戻り、真っ青だった唇に少しずつ色が戻る。良かった、効いたようだ。


 その後、魔力暴走させた高貴な客人も診たいと口にしたが、それは出来ないと拒絶された。どこの馬の骨ともわからぬ魔女が!と、護衛らしい男に怒鳴りつけられたソニアは、あっさりと引き下がった。

 おそらく貴族であろう客人には、面子や体裁といった物があるのだろう。魔女に知られるのは末代までの恥なのかもしれない。変な話だ。命を助けた相手を蔑むなど、人としておかしいのではないかと思う。


 まあしかし、魔道具はしっかり見せてもらった。あれを改良して携帯用にすれば薬とともに売れるだろう。


 しかし、こんな田舎町に高貴な人――多分この地方の領主だろう――が来るとは不思議だ。特産物があるわけでない本当に平凡な田舎町なのだ。しかし、実は魔女が住んでいるという事実こそが、平凡な田舎町ではないという事にソニアは気がついていない。そして、その魔女がどんな人物なのか調べるために、領主が訪れていたという事など知る由もなかった。


 一旦魔女の庵に帰ったソニアは、翌日も少年の様子を見に町長を訪ねた。

 怪我人の少年は危機を脱したようだ。町長は金貨の入った袋をソニアに渡し、他言無用で頼むと何度も念押しをした。その上で、魔女殿が憤慨する気持ちはわかるが、この町から出て行かないでくれと、深く頭を下げられた。

 


 それから4年、結局ソニアは、魔女の庵に森で拾った白い猫と共に暮らしている。

 何がソニアの気持ちを変えたのかわからぬまま、町の人々は魔女が残ってくれた事に感謝した。ソニアにもわからない。あの日、確かにここから出て行くつもりだったのではないか?


(何故?)

 

 あの日、助けた少年の容体を尋ねてこっそり町長を訪ねてみれば、彼らは既に立ち去った後だった。つまり、あの少年は町長の息子ではないという事だ。そんな事だろうと思っていたが、高貴な人達には体裁というものが必要なのだろうと、ソニアは納得した。得体の知れない魔女になど傷ついた貴族令息を診せたくはなかっただろう。その気持ちは理解できた。


 しかし、あの身体では動かすのはまだ無理ではないのかしら?ソニアは少年の体調を気遣いそうになった自分が可笑しくなった。他人の事などどうでも良いのだ。金貨も貰ったし、これでわたしは自由、王都に出る軍資金もできたわとそう思っていたところ、町長に土下座をされ戸惑っま。


 町長は改めて亡き先代魔女を責めたことを詫びた。彼自身があの病で妻子を失って、行き場の無い悲しみと怒りを魔女にぶつけただけ。そう理解しているソニアは、今更ですから謝罪など結構です、と無慈悲に告げた。


「魔女殿がこの町を去る事を、領主様がお認めにならない。

貴女がいかに得難い存在であるか理解しているのかと叱責を受けた。貴女に対する今までの無礼と不義理を詫び、そして魔女殿の後ろ盾となって守れと仰られたのだ」


 ソニアは何を言い出すのだといった表情で町長を見た。しかし町長は怯む事なく続けた。


「いや、叱責されたから言うのではない。我々はどうかしていた。この町の為に散々尽くしてきてくれた魔女殿達を責めるなど、、それも自分が先頭に立ってなど、許されるべきではない。

 どうか、町民のためにここに残ってはいただけないだろうか。私は引責して町長を降りる事を領主様に願い出ている。だから、責めるのは私一人にして、町の民を守ってはくださらぬか。どうか、お願い申し上げる」


 深く頭を下げる町長をソニアは黙って見下ろした。町長の土下座がソニアの心を動かした訳でないが、ソニアはこくりと頷いた。


「ただし条件があります」




 ソニアは庵の周囲に結界を張った。町民達が安易に庵に近寄れなくした。そして薬は卸すが、依頼されて作ることは無いと告げた。

「貴方達を信用できないので」と。


 町民達は、疫病が流行る前のようにちょっとした身体の不調を診てもらう事も出来なくなり、ソニアは魔女の庵に引きこもり町へ向かう事は最低限になった。


 人の心は移ろうもの、信じられるのは自分ひとり。それでもわたしは生きて行く。先代の魔女(おばあさま)に救われたこの命に意味があるのだとしたら、それが知りたい。



 

お読みいただきありがとうございます。


2023.4.3 若干編集しました。

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