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転移

「脳腫瘍?」




「いえ違います。脳神経腫瘍。脳自体には問題はありませんがそこから伸びる神経に腫瘍がありますね」


 某月某日、頭部の痛みやめまいにより脳神経外科を受診した私は病名を告げられた。


「この部位にできる腫瘍はほぼ99パーセント良性ですので命には別状は無いとは思いますが、ただ放置すると顔面麻痺等の症状が出る可能性がありますので手術をしましょう」


「はあ」


「難しい手術ではありますが死亡例はほとんどありませんから安心してください」


「……」


「しかし、珍しい形をしていますね。まるでアンテナのような……」


 私はこれから始まる治療や入院を思い、暗然たる気持ちで医師の言葉を聞いていた。




 それなりに栄えた地方都市、その主要駅前のオフィス街の一角、ビルの一階にあるカフェテラスで私は一人の女性と向き合っていた。


「大丈夫なの、それ?」


 幼馴染の羽村霧子が眉をひそめて聞いてくる。


「うん。もとから死ぬような病気じゃないけど進行を止めるためだから」


「でも開頭手術なんでしょ?」


「少し穴を開けるだけだよ」


「でも心配だよ!!」


 彼女は、ぱっとしない人生の私でも見捨てずに付き合いを続けてくれる良い友人である。


「私、あなたに何かあったら生きていけないよ!!」


「大げさな」


 ガタン!!と椅子をけり出して霧子が立ち上がる。ちょうどその時・・・。


「コーヒーのお代わりはいかがかぴょん?」


 良いタイミングで女性の店員さんがオーダーを取りに来てくれた。


「あ、えーとお願いします」


「かしこまりー」


 ヒートアップしていた霧子も落ち着きを取り戻して座りなおす。

 それにしても、ぴょん?何だこのウェイトレス?顔を見るもなにか黒っぽい感じでうまく認識できない。腫瘍の影響だろうか?


「キリちゃんも組合の仕事、大変なんでしょ?スーパーウルトラカミオカンデ?だっけ?中二病みたいな名前の観測施設」


「うん。なんか未知の粒子が見つかったって。だから明日からまた現場に詰めなきゃいけないみたい」


「そっか。体には気を付けてね」


「こっちのセリフだよ。手術の日には駆けつけるから」


 ほとんど失敗する可能性はない。という事は僅かにはあるという事である。


「なんでこんなところに血管があるんだ!?MRIには映ってなかったぞ」


「先生!!出血が止まりません」


 手術室の天井付近に浮かんだ私はぼんやりとその修羅場を見下ろしていた。

 手術用のシートを掛けられているので顔は分からないが派手に血を噴き出しているのは私だ。それは確信できる。


 改めて浮かんでいる自分の体を見てみる。半透明で後ろが透けて見える。

 生命の危機的瞬間に脳の錯誤で自分を第三者視点で見下ろしていた。なんて話があるがそれだろうか?

 麻酔で眠らされて意識など無いだろうに。


 ピッピッ、ピーーーーーーーー。


 やがて私に繋がれた心電図がフラットな波形になってゆく。


 その瞬間、私の半透明の体は天井を突き抜け、さらにビルの屋上を抜けて、虚空へと打ち上がっていく。

 高度1万メートルを超えて宇宙へ届くころ、大気圏上空の空間に巨大な穴が開いていることを発見した。どのくらいの直径か分からないほど巨大な虚ろな円に私は恐怖した。


 その穴へ地表から、巨大な貝柱のような有機的な塔が繋がっているのを見た。まるで吸い込まれているようだ。肉体の檻にとらわれていた時は認識できなかったものだ。

 そして、私も穴へと吸い込まれていった。


 光も届かない暗黒の中でくぐもった太鼓の狂おしき連打とか細い単調なフルートの音色を聞いた気がした。

 大きな兎耳をつけた顔の黒いウェイトレスが手招きするように浮かんでいる。彼女はぴょんぴょんと虚空の中を進んでいく。


 それを追いかけるように私は―――――――――――。



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