白文 一気読み版
1話
その悲鳴は戦場全体に響くほどであった。ユナの目の前で矢の刺さったレイは人形のように地面へ崩れ落ちた、ビクンビクンと小刻みに震えながら傷口からおぞましいほどの出血をしている。彼女は戦場でまだ戦い月ずいているのもお構いなしに地に伏したレイを揺さぶる。
「レイ! やだ!! おきて!! おきてよ!!」
泣きながら彼を揺さぶるユナにオークが斧を振り下ろす、
「せいやあぁああ!!」
オークを真横から魔力を込めた剣撃”エアストーム”が飛んでくる、オークの巨体はゴムまりのように吹き飛んでその先にいた戦闘集団に突っ込んで土煙を上げた。
「何やってるんだ! 早く下がれ!」
エアストームを放ったのは増援に駆け付けた聖騎士の国王近衛部隊の一人だった。彼が真鍮製の笛を吹き集合の合図をする、近衛部隊の前線魔導士と軽装重剣士が合わせて20人ほど集まった。軽装重剣士とはこの王国特有の兵科で、軽戦士と同じほどの素早さで重厚な装備に身を包み戦場を駆け抜ける、主に敵の前線に穴をあける役目などを担うとても優秀な剣士たちのことだ。前線魔導士が矢を抜かずに即応治療の魔法で傷口をふさぐ。
「止血はしたのでしばらくは持ちます。しかし早めに下がって矢を抜かないとまずいです!」
応急処置を施した魔導士が集まった近衛部隊の小隊長に報告をする。それを聞いた小隊長は素早く決断を下した、
「わかった、第1隊は負傷した少年を連れて前哨基地へ、第2、3と5は敵討ちだ、ひとまず敵の戦士団をたたく! いいな!!」
応の声とともに近衛部隊は展開を始める、その中でうつむいて力なくたっているユナに小隊長は声をかける。
「きみ、さっきの子と組んでたんだろ、早く一緒に…」
そこまで口にしてあることに気が付く、彼女は何かつぶやいているのだ。顔を限りなく近づけないと聞こえないくらい小さかった。
「……ない」
彼女はふらふらと前に進み始める。
「おい君!」
小隊長の声は届いていない。
「……さない……るさない」
はじめは聞こえないほどの小声だったのに、徐々に声が大きく、目からは水滴が地面に落ちる。
「許さない!!」
大声で叫んだかと思うと敵陣に向かって一目散にダッシュする。
「おい!! くっ、第4隊! 追え!!」
近衛隊が追いかけるものの、ユナは彼らのような装備がない分速度が乗っている。オークの戦闘団の合間を縫って近衛隊を置き去りにし、あっという間に魔物軍の後方、撤退の準備をしていたゴブリン弓兵隊にオオカミのごとく襲い掛かった。
「うわあああぁぁぁ!!!」
叫びながら斬り上げてその勢いで斬り下ろす剣撃、”連斬”を6連続で放つ。速さと判断力に劣ったゴブリン8体が刃の餌食となり、大地を赤く染める。それを見たゴブリンたちはようやく自分たちが死ぬかもしれないという恐怖を覚え矢を放つ。そのうちの数発はユナの腕や足に命中した。しかし、まるで痛みを感じていないかのように彼女は集団に突撃し、ゴブリンを血祭りにあげた。
日が傾き、戦場が王国優勢のまま両軍の撤退が始まったころ、途中で前線魔導士隊連れた近衛部隊第4隊がユナに追いつく。彼女は右足と両腕、それと右肩に合計5本の矢が刺さり、よろめきながら敵陣のほうへ足を引きずっているところを発見された。声をかけても反応がなく、魔導士隊の女性が前に立ちはだかりそれをボーっと見上げて彼女は足を止める。ユナのいつの間にか聞こえなくなっていた耳も立ち止まり、思考が回り始めたことで徐々に聞こえるようになってきた。
「落ち着いて、私は前線魔導士隊のシズっていうの、聞こえるかしら?」
ボロボロの彼女はこちらを見ているようだが焦点が合っていない、矢の刺さっているところからも出血が激しく、装備の布地が酸化した血で真っ黒になっていた。
「いい? とりあえず傷口をふさぐから動かないでね?」
そういって詠唱を始める。即応治療の魔法ではなく、もう少し本格的な治療の魔法をかけた。矢は刺さったままだが傷口をしばらくの間完全にふさぎ、痛覚を鈍化させる魔法を使用した。
シズと名乗った女の魔導士が何か話している、なにかはよく聞き取れなかったが何かを詠唱している。一瞬すさまじい激痛が走り、フッと消える。激痛とその後の落差で緊張が解け、彼女の視界は真っ暗になり意識は暗い暗い底へと沈んでいった。
2話
ユナは激痛で目が覚める。痛みが激しく、飛び上がりそうなほどであったがその思考とは裏腹に彼女の体は重しを乗せられたかのようにピクリとも動かなかった。痛みと体が動かないという二つの情報を処理できずにしばらく混乱していたが、数分後にはだいぶ冷静に物事を考えられるようになっていた。まず、ここはどこか? かろうじてあたりを見回すことができたが茶色の布地の建物、おそらくは王国の前線野営地のどこかだろう。さらに周りに漂う点滴や消毒の匂い、それとかすかに血のにおいが混じり息苦しさを感じおそらく野戦病院であることも推測が付いた。少なくとも敵につかまったわけではないようだ。その答えにたどり着いた彼女は安心からか再び気を失った。
次にユナが目を覚ました時、ガタガタという音と振動、そして周りには仮治療を施された兵士の座っている馬車の上だった。
「う……あ?」
彼女は何か口から声を発しようとしたものの、激痛と一度起きた時と同じ体の鈍重な感覚で思うように言葉を発することができなかった。しかし、近くにいた魔導士のような人がそのかすれた喘ぎに気づき、顔を近づけてくる。その顔にはどこか見覚えがあるような気がしたが思い出すことができなかった。
「あ、大丈夫……ではないわね、覚えてるかしら、シズって名前。一応あなたの治療を受け持ってるから、覚えておいてね」
話し終わるとシズという女性は顔を上げ馬車の荷台の後方をにらむ。ユナからは見えないがその目はさっきを感じるような目だった。と、馬車の馬とは違う馬のかける音が近づいてくる。その音が馬車の荷台の真横についたとき、大声で叫ぶ兵士の言葉が聞こえた。
「後方より追撃! 中隊規模のケンタウロス軍団が来ます! 後方、約680!!」
報告をしているのは騎兵偵察隊の兵士だろう。王国のう騎兵偵察隊は偵察と操馬技術がとても腕がいいことでも有名だ、この荒れた大地で左右に揺れ動く荷台にぶつからないのが彼らの技量を物語っている。シズはその細い体からは想像もできないほど大きい声で兵士に指示を飛ばす。
「どうやっても追いつかれるので迎撃します! 各小隊に魔法で弾幕を張るように伝達しなさい!」
応の声とともに並走していた馬の足音は離れていった。10分もしないうちに後方から馬よりも少しばかり思い足音が重なり地響が聞こえてくる。ユナは荷台に寝かされているので地面を伝ってくるその音がよく聞こえた。彼女は音しか聞こえていないので内心ものすごい恐怖に襲われていた。
シズは馬車の後方を見据える、ミノタウロスとケンタウロスの追撃部隊がこちらの馬車よりもはやい速度で迫ってくる。こちらは負傷兵を数多く抱えた馬車だ。とてもじゃないがこれ以上の速度は出ない、無論戦死者の遺体も乗っており、それを放棄すれば少しは速度が上がるだろうが、シズはそういった行為を嫌う。何より死んでいった者たちの遺族に顔向けができなくなってしまうし、中にはまだ若くして命を落としてしまった、私たちが守り切れなかった者もいる。だからこそ放棄はできない、追いつかれるリスクを負ってでも守るのだ。彼女は詠唱を開始する。手の甲に刻印された魔法の紋章が紫色に光る。彼女の得意とする闇元属性の魔法が高速で唱えられる。
「堕ちろ、ダークソウル!」
そう発すると馬車の後方にどす黒い沼のようなものが突如出現する。ミノタウロスやケンタウロスは素早い速度で走ることができるものの、突然止まることはできない。突如現れた沼に減速が間に合わずに突っ込んでしまう。牛のような叫び声をあげるミノタウロス、人間のように叫ぶケンタウロスが突入してしまった沼からは黒い手のようなものが伸び、足をとられた彼らの腕や体にまとわりつき沼の仲へと沈めて行った。
その魔法で追撃の半数が一度に消滅した。しかし効果時間はたいして長くなく、沼が引き込まれたミノタウロス達とともに消滅すると残存している魔物軍は追撃を再開する。
「半壊させてもやめてくれないか……なら!」
シズは再び両手を前に出し詠唱を開始する。紋章が次は朱色に輝き始め、火属性の上位に位置する炎属性の魔法の詠唱がなされた。
「詠唱省略! フレアストーム!」
その魔法を熟知していると途中の詠唱を省くことができるが、彼女はそれを利用し同一の魔法を一度に3つ展開した。ユナはそれを荷台に伏しながら目を見開いてみていた。
3話
ユナは目を見開いて頭上で次々に魔法を唱えるシズを見ていた。戦闘開始からまだ1時間も経っていないが、すでに遠ざかっていく馬のような悲鳴が聞こえる。戦闘開始直後から彼女は魔法を連発し、おそらく魔物たちの追っ手をいとも容易く撃破した。馬車の速度が落ち、停車する。
「各隊、状況報告を。直ちに陣形の再編をする」
「A班異常なし、シズさんのおかげで損害はありません」
「B班損害軽微、負傷者が数人います」
「C班負傷者なしですが、馬車1台が損傷しました」
「よし、それじゃあ陣形の再編成を……」
ユナは多少動くようになった体に鞭を打ち起き上がる。
「いったたぁ…」
起き上がってあたりを見回していると、ちょうどこちらを振り向いたシズと目が合う。彼女は目が合ったとたん走ってユナのもとへ寄った。
「気が付いたのね!今治癒魔法をかけてあげるから……」
シズが治療魔法の詠唱を始める。少しだけ治癒学をかじったことがあるので知っているのだが、シズがいま唱えているのは治療魔法の中でも難しい痛覚緩和魔法だ。高等科で習う学科だったので治癒魔法の種類と低位の治療魔法しかユナは唱えることができないが、素人でも知識があれば一発でわかるほどには治癒魔法を習得していた。
「あの、シズさん……質問してもいいですか?」
ユナはおそるおそる彼女に聞く。シズは詠唱中の魔法人から目を離さずに言葉だけ返す。
「あら何かしら、答えられる範囲でいいなら答えるわよ」
「えと、シズさんって前線魔導士隊ですよね?」
「えぇ、今はそこで指揮をしているわ。私の詠唱できる魔法がこの部隊で1番火力が高いそうよ~」
「……でもなんで治癒魔法を? 高位の魔法は学校でしか……」
そこまで言ったところでユナは口を指でつままれて強制的にしゃべるのを止められる。
「まぁあなたになら教えてもいいかしらね、私は高等学科で治療魔法を学んでるときに戦争に駆り出されたのよ。その時に部隊が孤立しちゃってね、もう残り数人って時に居合わせた攻撃魔法専攻だった子の禁忌魔法でその子の魔法を引き継いでね……瀕死だったその子はそのまま死んじゃったんだけどその子のおかげで生き残れたのよ」
彼女の話はすごく悲惨だった。状況から察するに、彼女の所属していた部隊はほぼ全滅だったのだろう。だがシズの異様に高い治療魔法技術と攻撃魔法技術の理由は理解できた。
撤退軍は再編成を完了した後に王国城下町に無事引き上げることができた。ユナは数日で一人で歩けるようになり病院を退院、相棒であるレイを探すべく王国軍の兵士詰所を訪れた。
「撤退軍1班少年兵のユナ・アイリーンです、前線魔導士隊班長のシズさんはいらっしゃいますでしょうか」
ユナが大きな声で入口で敬礼をしながら言うと受付カウンターのようなところにいるミディアムアーマーを着た兵士が彼女に気が付く。
「あー前線帰りの少年兵の嬢ちゃん、シズさんはこの詰所に2人いるんだ。悪いが所属を教えてくれ」
どうやら気が付きはしたがユナの言葉はしっかりと届いていなかったようだ。彼女は嫌な顔をせずにもう一度答える、戦場では伝達が届かないのは日常茶飯事だ。今更何か不満を言うにも値しない。
「魔物軍と戦闘をしていた前線魔導士隊1班班長の、シズ・リタリアさんはこちらにいらっしゃいますでしょうか」
「あー!リタリアさんね、二階の一番奥の部屋だよ。適当に入りな」
中年の兵士はそう言うと葉巻に火をつけて吸いながら酒を飲み始めた。内地の兵士はみんな似たり寄ったりなので短くお礼を言って階段を足早に駆け上がる。一番奥の扉には王国文字で“書物保管室”と書いてあった。ノックをすると、
「どうぞー」
と、シズさんの声が聞こえてきたのでユナは中に入る。
「失礼します、ユナ・アイリーンです。お聞きしたいことがあって参りました」
「アイリーンちゃんそんなにかしこまらなくていいのよ。聞きたいことってのはおそらく貴女の相棒君のことよね?」
質問の内容をドンピシャで当てられて、一瞬言葉に詰まる。それを見てシズさんは真面目な顔になって答えてくれた。
「確か名前はレイ・リオン君よね、彼は今私の直属の治療班が治療しているわ。大丈夫、ちゃんと生きているわ。」
それを聞いたユナの目からは涙がこぼれる。
「よかった……よかったよぉ」
泣き出した彼女はしばらく泣き止むことができなかった。その間シズはユナを抱きしめてくれた。しばらくしてユナは落ち着きを取り戻す。
「ありがとうございます。落ち着きました……その、お願いがもう一つあるんです」
ユナから離れたシズは微笑みながら首をかしげる、
「あら、私に何かできるかしら」
「シズさん、私に魔法を教えてください」
ユナの口から出た言葉は意外だったらしく、シズは一瞬目を見開くが、
「そんなことでよければ喜んで引き受けるわ」
そう言ってユナのお願いを引き受ける。その日からユナが前線に復帰するまでの間、マンツーマンの魔法レッスンが始まった。
4話
ガチャっと扉を開けて静かに病室へ入る。ユナは今日は私服で家を出て、王国の中央病院を訪ねていた。ここにはユナの相棒であるレイが入院している。部屋の中はベットと食事用の移動式の机、それと王都を見下ろせる窓があり、そこから城下町の市場などを見下ろせて窓自体を開ければ市場の活気と声も聞こえる。
「レイ、いる?」
ユナはカーテンでベットが入口の視界から遮られているため、姿を確認できないので聞いてみるしかない。
「うん、いるよ。きて~」
彼の声がしてユナの目から涙があふれる。レイが矢に撃たれてから今まで彼に会えていなかった、彼女の絶対的信頼を置いている相棒。その本人が瀕死の危機に瀕したのだ。彼女の絶望感は計り知れない。急ぎ足でベットのカーテンに向かい、ばっとカーテンを開ける。
「久しぶり。ちょっと気を抜いちゃったかな」
「気を抜いたじゃないわよ‼バカ!」
気の抜けた一言に思わず暴言が飛ぶ。その暴言は涙でどろどろになり、ほとんど言葉になっていなかった。
「あはは、ごめんって」
そう言って笑うレイに安心してより一層涙が止まらなくなる。さんざん彼のひざ元で泣いて少し落ち着いたところで彼の首もとに紫色の首輪があるのが見える。ユナはそれを触ってみるがとても冷たく、上下に動かすこともできない。彼に聞いたところ、
「シズさんがつけてくれたんだ。なんか傷口をふさいでるんだってさ。包帯だと広がっちゃうからなんだって」
とのことだ。不思議な技術だ。ユナはレイにあることを伝える。
「私ね、シズさんに魔法を習うの。もうレイが死にそうになるようになんてしないから」
レイは驚いた顔をしたが、シズさんならと応援してくれた。病院を後にしてシズさんの自宅へ向かう。彼女の自宅は木造建築の3階建てで、いかにも魔法使いが住んでいそうな家だ。扉についている黄色の魔方陣に手をかざすとガランガランと鐘の音が鳴り響く。
「開いてるからどうぞ~」
中からシズさんの声がして扉が勝手に開く。よく見ると扉にもうっすらと茶色で魔方陣が描かれている。中に入ると意外と内装は変わったものはおいておらず、魔法本の本棚が至る所にあること以外は普通の家だ。
「早かったわね、レイ君は元気だったでしょ?はいこれコーヒー」
そう言ってコーヒーの入ったマグカップを渡してくる。キッチンや水道にはすべて魔方陣が敷かれており、外とはつながっていないようだ。
「ほんとにレイを助けてくれてありがとうございます」
コーヒーを飲みながらお礼を言うとシズは微笑みで返す。
「そこの本棚が初級の魔法本なんだけど、そこから好きな本をとって持ってきて、私はちょっと魔法薬の調合をしてくるからゆっくり選んでね」
そう言って彼女は階段を上がっていく。目の前の本棚には実に200冊はあるだろうという本の壁ができていた。少し気おされながらもユナは本を手に取り1冊ずつ手に取って読み始めた。
5話
シズが上の階から戻ってくると、魔法をかけてある椅子にゆられながらぐったりと椅子に座っているユナを見つけた。よく見るとひざ元に初級魔法の本があり、精神力を読んでいるうちに使い果たしてしまったのだと気が付いた。小さいころにやったことがあることを思い出しクスっと笑いながら彼女に手をかざして呪文を唱える。水色と黄緑色が混ざったような魔方陣が出現し眩い光を放って何かがユナの中に入っていった。
「……ッハ!」
ユナが飛び起きるとシズがコンロでお湯を沸かしている。
「わ、私は……?」
気が付いたシズさんに椅子に座るよう促され、事実を突きつけられた。自分の精神力では初級魔法すらも難しいのだと。しかし、シズは大丈夫だと言った。
「最初は私だってそんな状態でポーション片手にやってたわ。だからそんなに気に病むことはないわ」
その言葉にユナはちょっと笑いながらも、次からは気を付けようと心に決めた。
「それで? どの魔法を私から習うのかしら?」
ユナは手にしている魔導書の表紙を彼女に見せる。そこには正教会の言語で本の題名が記されている。
「シズさんは正教会の魔導士ではないですよね? でもこれがあるってことはたぶん教えてもらえるんだろうなって思って……私は正教会の門徒なのでこの魔導書がいいです!」
そういって見せた本を差し出し、シズはそれを受け取る。
「……水属性、正教会の水生魔法ね。 確かに私は正教会ではないけどこの魔法を扱えるわ。教えることもできる。でもあなたは初級から学ばなければいけないから正教会魔法だとほかの属性まで覚えることはほぼ不可能よ。それでもこれを選ぶの?」
ユナは静かにうなずく。そこには確かな意思が宿っていた。
「なるほどね、なら私は何も不満はないわ。一緒に頑張りましょう」
かくしてシズによるユナ魔法習得の特訓は始まった。初日はまず基礎の元素生成をできるようになるところから始まった。元素生成とは、自分の思い浮かべた魔法の属性の大元となる元素、ユナの場合は水なのだがそれを生成できるようにする。すべての魔法はこの元素を生成できないと始まらない。彼女は本を読んでシズの説明を聞き、実戦という流れで行った。夜、月が頭の上に来るほど遅くまで練習をしたが初日に元素を習得することはできなかった。二日目、三日目と時間は流れ、元素を習得する練習は続いた。そもそも正教会の魔法は他の魔法とは違い、元素の習得が他魔導書で中級まで習得していても一般的には難しいとされていた。四日目の朝、ユナはシズからネックレスを貰った。それは真ん中に青い宝石が入っており、宝石には水属性の正教会刻印がされている。
「これは……?」
ユナが問うとシズはすぐに答えた。
「私の知り合いに正教会の魔導士隊の子がいてね、話をしたらそれを譲ってくれたわ。精神力を高めてくれるものなのだそうよ」
ユナはその日からネックレスを付けて練習をした。その効果は絶大で当日はわずかに水滴ほどしか元素を生成できなかったが、数日後には大きな水玉を作れるようになるまで成長した。後で知ったことだがこのネックレスには精神力を高めるだけではなく組み込まれた刻印の属性と同じ属性の魔法の威力を上げることができるらしい。約2週間で基礎魔法を習得し、中級魔法の習得へと入った。初級の基礎魔法には簡易的な治療魔法も入っており、治療魔法こそがユナの一番欲しかった魔法だともいえる。
中級魔法の練習中にシズのところへ一通の手紙が届く。そこには戦争への応援をしてほしいという内容が書いてあった。
「ユナちゃん、戦争に行くことになったの。教えられるのはここまでかもしれないわ」
と、シズは申し訳なさそうに言う。だがユナは、ある提案をして彼女に魔法を教えてもらえるようにした。
「私もその戦いについていきます」
6話
「私もついていきます」
その言葉はシズにとって予想外だったのだろう、目が丸くなっている。ユナにとってこれは戦場に戻るということで、自分よりいくつも年下の少女を連れて行くのには少し抵抗があった。
「ゆ、ユナちゃん? でも、私が行くのはあなたがいたとこよりも…」
説明をするシズの言葉を遮り、彼女は反論する。
「いいえ行きます。だって、そこには第102次少年兵師団があって、私より小さい子もいて…隊長は、レイだって聞きました」
第102次少年兵は今まで中隊から大隊規模であったのに代わり、師団規模の超大規模徴兵になっている。加えて戦線に復帰する少年兵もいて、その部隊長がユナの相棒であり、大けがで入院していたレイなのだ。これを指をくわえてみていることは、彼女にはできない。
「私、レイに守られてここまで生きてこれたんです。今度は私の番、だから、だからお願いします!」
深々と頭を下げるユナにシズは困った顔をする、どうにか説明をしようとしたその時、家の扉が禿エしくノックされる。玄関の外を映し出した水晶玉には重騎士兵装をした男がノックしている姿が見える。
「シズさん! 敵の侵攻が激しく戦線が押し込まれているそうです!急ぎ現地に!!」
シズが返事をする間もなく、彼は馬に乗ってほかの兵士たちと去っていった。
「ここでどうやってもあなたは退かないでしょうね…わかったわ、その代わり副隊長として連れて行くからちゃんとしなさい」
そういって彼女は呪文を唱える。紫の魔法人から煙が出てきてシズを包み、戦闘用のローブに一瞬で着替えた。見たことのない呪文にユナが目を白黒させているうちに、シズは家を出る準備を整えて家を出、それを慌ててユナは追いかけた。2人とも走る速度の速くなる魔法を使ったため数十分かかる道をわずか5分で走り切り、王国兵士の詰所に到着する。受付いた兵士は敬礼をして状況を報告した。
「シズさん。かなりまずい状況で、まず近衛第2大隊が壊滅しました。そこに現在第5重軽混合騎士団と102少年師団が向かっています。が、恐らく戦線にギガントがいて、このままでは部隊を無駄死にさせる可能性があると、魔法科部隊に応援要請が来ました」
簡潔に説明をしてくれたが、ギガントの名前に空気がヒリつく。そいつは一人で宣戦を文字通り押しつぶすことのできる巨大な魔物だ。いよいよ本格的に敵も兵力を出してきたということでもある。
「状況はわかりました。魔導士団を編成して向かいます、隊長は私、副隊長は彼女に任せます。後任です」
兵士は一瞬驚いたが、そこに追求する暇はないので敬礼をして伝令を出す。10分もしないうちに部隊の全員が詰所前の大通りに整列した。
「ユナちゃん、みんなに認めてもらう必要があるわ。まずは今回の作戦の説明をしてちょうだい」
シズに背中を押されて整列したローブをまとった集団の前に出る。その目は実に様々なまなざしを向けていた。
「今回の作戦の副隊長をします… ユナです! 作戦は今壊滅しかけた戦線の維持へ向かった部隊の応援、および敵の排除です。死なないようにしましょう!」
一瞬どよめきがあったものの一呼吸おいて応の声が返ってくる。シズが改めて作戦と戦線状況を説明して、部隊は馬車に乗り込む。シズは乗り込む前に、
「ユナちゃん、あなたには第2小隊の指揮をしてもらうわ、あの馬車にいるし、話は通してあるからよろしくね」
と、言われた。馬車に乗り込むとローブのフードをとった魔導士たちがいた。その中で一番奥にいた細い中年の男が声をかけてくる。
「あんたがユナ副隊長だな? 演説、よかったぜ。指揮は俺がしてたがあんたに譲るし、文句はねぇ。部隊腕も俺の保証付きだ、頼んだぜ」
そういって握手を求めてくる。ユナはその手を握り返して、男が譲った席に座る。馬車が動き出し、いよいよレイやほかの初年兵たちのいる戦線への移動が始まった。




