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ビスマルクの残光  作者: 八島唯
第1章 セドラーク王国への旅路
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国王との会食と密約

 闇の向こう側からコツコツと音が響く。二人の足音――まずはベナークがひょこひょこと現れる。その後には杖をつく老人――ではない。背も曲がってはいるが、初老とも呼べないような背の高い男性が手に杖を突きながらゆっくりと歩みを進める。

 峻一朗とナージのテーブルの最も上座の椅子に座る。ベナークがうやうやしく椅子をひき、杖を預かった。

「私も、食事に混ぜてもらおうかな」

 杖の男はそう言いながら右手を上げる。無言でうなずく峻一朗。是非もない。この国では彼が一番の権力者なのだから。

「国王陛下、どうぞご随意に。むしろわれわれなどと食を一緒にするのは――」

 首を振る男性。

 国王――当然このセドラーク王国の現国王ジョルジェ二世ホーエンツォレルン=スタニェク、その人であった。

 第一次世界大戦はヨーロッパの王朝支配の終焉を告げる出来事でもあった。

 ロシア帝国ではロマノフ家が革命の中に消え、オーストリア=ハンガリー二重帝国ではハプスブルク家そしてドイツ帝国からはホーエンツォレルン家が皇帝位を失っていた。そんな中瀬戸ラーク王国は小なりとは言え、どこの国からも征服されることはなく王政も存続させることができた。

 それはこの国王の父親パヴレ二世の手腕によるものが大きい。永世中立を堅持し、ドイツとロシアの間でうまくバランス・オブ・パワーを調整し、王国も王制も戦後まで維持することができた。

「このような小国だ。単に魅力がなかったのだろう」

 咳き込みながら国王ジョルジェ二世はそうつぶやく。年は三〇になったばかりであるが、顔色が悪い。運ばれてきた食事をゆっくりと口に運ぶ。

「安芸伯には父がお世話になった」

 戦後まもなく前王であるパヴレ二世が崩御し、その後すぐ国王になったのがジョルジェ二世、彼であった。

「いえ、私の方こそいろいろお世話になりました」

 ジョルジェ二世はテーブルの上の小さな鈴を鳴らす。またメイドが現れ、ワインの瓶をそっとテーブルに運んできた。

「内陸の小国なればさしたる食事も用意できなくて申し訳ない。せめて先王の趣味で集めたワインを味わってくれ」

 グラスを掲げ、それを飲み干す三人。それを見計らったようにジョルジェ二世は口を開く。

「さて、本題といこう」

 両拳をテーブルの上に組みながらジョルジェ二世はそう切り出す。

「安芸伯の心遣いに感謝する。ムラーゼク外交官の事件をうまく処理してくれた件だ」

 ムラーゼク外交官ーーそれはあの豪華客車で死んでいた中年であった。

「東方急行(ヴォストーク=スコールイ)の運営会社はベルギー資本。外国の者にムラーゼクの死のことを知られると色々面倒でな。駅まで安芸伯が死体のそばにいてくれたおかげで、奴らに調べられずにすんだ。ダイレクトに我が国の警察の手にムラーゼクを引き渡していただきーー」

 それに対して安芸伯と呼ばれていた峻一朗は、お待ち下さいの意思を右手の手のひらで示す。

「私は今フランス共和国から依頼された『独立外交官』の職にあります。無論先王陛下との友誼もありますが、まずは自分の職務を考えた結果のことで」

 ふっ、とジョルジェ二世はほくそ笑む。

「まあよい。いずれにせよ、フランスにも協力を仰がなければならない状況であったのだ。汝がフランスの意を受けた『独立外交官』というのであれば、むしろ好都合であろう。交渉しようではないか。いやむしろーー取引というべきか」

 そう言いながらヨロヨロとジョルジェ二世は立ち上がる。それをベナークがまるでつっかえ棒のように支え手を貸す。

「私は残念ながら体調が悪い。私の最も信頼できる者に交渉させよう。これから馬車にて送らせる。明日また日を改めてくるが良い。今度はきちんとした王宮に」

 そう言いながら二人は闇の中へと消えていく。

 テーブルの上の空になった皿を見つめるナーダ。そこにも金箔で鷲と鷹の紋章があしらわれていた。少しかすれてはいたが、まぎれもない一八世紀から続くセドラーク王家のホーエンツォレルン=スタニェク家の紋章が――

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