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ビスマルクの残光  作者: 八島唯
第2章 バイエルンの夜の霧
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変化する国際情勢

 峻一朗は目の前の男性を見つめる。細い眼鏡をかけたスマートな男性。

「とりあえず、襲撃事件は内々に片付けておきました。バイエルン政府も正直あまりゴタゴタは好まないようですしね。しかもフランスやセドラークの国際的な問題が絡んでいるとあっては」

「配慮、痛み入ります」

 いえいえ、と笑いながら手を振る男性。

「本国から安芸公使には最大限の配慮を、と仰せつかっています。どうかお気になさらず」

 官僚的ないやらしさをあまり出さず、謙虚にそう男は答える。

 男性の名前はプロスペール=ルフェーヴル、在ミュンヘン・フランス領事館で二等参事官をつとめていた。

「まあこの街自体、落ち着かない状況ですからね。一昨年はナチスなどという泡沫政党が一揆プッチをしたせいで街の中は大騒ぎでした。まあ流石にフランス領事館を攻撃するようなことはありませんでしたが」

 ナチス。峻一朗はその政党の名前を思い出す。ヒトラー――とかいう党首が国家社会主義を標榜している政党である。ユダヤ人の迫害や反共主義など過激な言動や行動は目に余るものがあった。

「まあ、この国もドーズ案で経済がかなり落ち着いてきましたからね。マルクが紙切れになるような危機的な状況なら躍進もしたのでしょうが、生活が安定すれば誰もあんな極右政党相手にはしないでしょうね」

 静かに峻一朗はうなずく。

「まあ、それはいいとして」

 ルフェーヴルは空になったジョッキをテーブルの上において切り出す。

「その、襲われたライゼガング商会頭取のフォン=フリューガー氏についてですが――なにか情報は」

 峻一朗は首を振る。

 命を助けられたフォン=フリューガーはただ黙秘を貫いていた。さらにミュンヘン市警察により、その身柄を拘束されコンタクトを取ることもできなくなっていた。

「多分、ヴァイマール政府にとって都合の悪いことを知っているのでしょう。きっとソ連にとっても都合の悪いことを」

 すっとナージが写真をテーブルの上に差し出す。そこには血濡れの短剣が写されていた。

「連中が持っていた短剣です。ロシアの伝統的な武器のようです」

 はあ、とルフェーヴルはため息を漏らした。

「ヴァイマールとソ連。胡散臭い組み合わせですね。ラパッロ条約この方、二国の親密ぶりは驚くものがあります。当然、この動きはヴェルサイユ体制にとって許されざるものですが」

「問題はそこにセドラーク王国が絡んでいるということですね」

 当然、ルフェーヴルには『セドラークのオルガン』のことは話していない。その秘密が独ソ二カ国の不穏な関係に関わっていることは間違いないだろう。

「そういえば」

 何気もなくルフェーヴルは話を変える。

「あの、同室にいた少年――貴族の子弟らしいですが。彼はなにか?」

 外交官らしい色々と考えさせる質問。ナージがとっさに反応する。

「あの方はベルリンに留学する途中でした。セドラーク王国で便宜を図っていただいたある貴族の方のお願いで――」

 疑念を持たせぬようにすらすらと口上を述べるナージ。問題ない。偽造のパスポートも提示したのだから。

『外交には詐術も必要となってくる』

 峻一朗がよく述べる言葉。ナージはヨーロッパ主要国のパスポートを出先でも偽造できる技を持っていた。

 ナージの頭の中に、少年の顔が浮かぶ。

 セドラーク王国皇太子、リドール=ホーエンツォレルン=スタニェクの顔が――

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