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ビスマルクの残光  作者: 八島唯
第2章 バイエルンの夜の霧
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ミュンヘンのビール

 中世的な町並みが広がる――かつてバイエルン王国の首都であったミュンヘン。ドイツ帝国の統一後もここは南ドイツの中心であり、北のプロイセンの首都ベルリンとは別の文化が花開いていた。バロックや新古典様式の建物が軒を連ねるとともに、その中を忙しそうなスーツ姿のビジネスマンが足早に行きかっていた。

「いやぁ、驚きましたよ」

 流ちょうなドイツ語でそう話しかける男性。目の前にはやや疲れが見える峻一朗と少年の姿に身をまとったナージの姿があった。

「ミュンヘンの検察庁から電報があって、今すぐ来てほしいといわれた時には」

 そう言いながら男性はジョッキを傾ける。

 ここはホフブロイハウス。ミュンヘン、いやドイツ屈指のビアホールである。三〇〇年以上の歴史を持ち、その伝統格式が高いながらもざっけない市民の憩いの場となっていた。

「しかし、賊も思い切ったものですね。あれでは戦争だ。心当たりはあるのでしょう」

 ぐっとジョッキを傾けながら男性はそう問う。峻一朗は笑顔を崩さずにそっと、ジョッキを合わせた。

 ナージは昨夜の出来事を思い出す。黒い男たちの襲撃を受けた豪華列車の一夜を。

 奴らの標的はライゼガング商会頭取アルトゥール=フォン=フリューガーと自分そして峻一朗であった。結果として自分の身を守るとともに、アルトゥールを助けることにも成功したのだが。

 血まみれのコンパートメントの中で無言で震えるアルトゥールに峻一朗は床に落ちていた短剣を突きつける。

「し、知らん......!私は......!」

「ロシア、いや革命ソ連と頭取殿は親しかったのでは?」

 短剣は『キンジャール』であった。それはロシアの伝統的な武器である。

 列車がミュンヘン駅に到着するまでに、アルトゥールは無言を貫いた。

「ソ連が絡んでいるのか」

 峻一朗の独り言。

 ソ連――一九一七年の露暦十月革命でレーニン率いるボリシェヴィキが政権を獲得する。第一次世界大戦や干渉戦争の困難を乗り越え、一九二二年ソビエト社会主義共和国連邦の建国を宣言していた。

 凶器から考えるに、刺客はソ連の手によるものと考えるのが当然と思われた。

「聞いたことがあります。彼らの存在を」

 ナージが血に塗れた『キンジャール』をそっともちあげながらそうつぶやく。

「『赤いデカブリスト』。赤軍創設時に帝政に批判的であった旧軍の兵士たちで作られた特殊部隊とか」

 デカブリスト――一九世紀の前半にロシア皇帝アレクサンデル一世に対してクーデタを企てるも、鎮圧された貴族将校による秘密結社である。その名前にちなむ特殊部隊は、正規の軍隊とは別に赤軍の創設とともに結成された。

「赤軍か。その特殊部隊の目的は『セドラークのオルガン』の密輸に関わった者の口封じ。ということは赤軍も――」

 そのことを思い出し、峻一朗はぐっとジョッキを仰ぐ。やらなければならないことが、あまりに多いことを自覚しながら

 

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