02 航行レコーダー
右手の前方に見える、青白い恒星を目印に、所長は細心の注意を払って障害物をよけながら航行を続けた。
「ようやく、デブリの薄い地点に来たようだ」
所長は、ゴーグル型のマニュアル航行操作ギアを外した。スクリーンには再び、研究員にも見慣れたオート航行モードが表示される。
「ここも規定ルートの外ではあるが、これだけデブリがまばらなら、AIのオート回避で充分航行できるはずだ」
所長は安堵したようにため息をついて肩を回した。
「しかし、君はなんだって、こんな厄介な地点に来ようと思ったんだね」
「ここが、まさに問題のX地点だからですよ」
研究員は淡々と話し始めた。
「私が最初に入手したのは、ジャンク屋に出回っていた廃宇宙船の部品の中に紛れ込んでいた、航行データ自動記録装置です。事故があった時の原因究明のために、すべての宇宙船に搭載が義務付けられているものですね」
「それは全てお役所が回収しているんだと思っていたんだが」
「とても手がまわりゃしませんよ。正規に報告された事故でなければ、機体の回収なんか期待できない。さっきも言ったでしょう、ここに来る宇宙船は、正規に事故を報告できないような事情があるものがほとんどなんです。一たび事故を起こして、乗員・乗客が命を落せば、後は違法な宇宙の産業廃棄物として漂うしかない。あとは、ゴミ拾い業者によって回収され、まだ使える部品を根こそぎ取り外され、残りは鋳つぶされて資源を再回収されるだけの代物です」
「むごいものだな」
「他人事のようにおっしゃいますがね。この研究所の宇宙船はかなりの旧型なので、そういう半分闇業界に足を突っ込んだような業者から事故船のパーツを買い取らないと、とてもではありませんが維持管理できません。予算も限られていますしね」
最後の一言を、冷たい一瞥とともに所長に投げつけると、研究員は手もとの端末を操作して、スクリーンに動画再生アプリを呼び出した。
「記録されていた動画がこれ」
ひどく不鮮明な画像だった。航行中の宇宙船から、前方に向けられていたカメラの映像のようだ。かなりの低速航行だろう。暗闇の中、画面の中央付近に次々と現れる岩塊は、ゆっくりとその大きさを増しながら、最後は画面の端に消えていく。
ふいに、その規則的な動きを乱すものが見えた。
「ん? 何だ?」
すぐに気がついた所長も、はっとその異物を指さす。
画面の上端をさっと横切るように動く影。それに続いて、横合いから、カメラの前をすっぽりふさぐような巨大な影が迫ってくる。
次の瞬間、大きな衝撃に、画面が揺れた。
映像はそこで途切れた。データそのものがそこで終了しているようだった。
動画再生アプリの停止マークが表示されたウインドウを手元の端末で閉じた研究員は、別の画像アプリを呼び出した。
「この記録装置が取り付けられていた宇宙船は、外殻に深刻なダメージを受けていました。オート航行機器の異常でデブリに衝突でもしたのだろうと、ジャンク屋の親父は話していました。彼は事故原因にはさして興味がありませんから、この映像までは再生してみなかったわけです」
「だが、これはデブリじゃない。駆動力のない岩や宇宙ゴミなら、こんな動きはしないだろう。それどころか、私が知っているどんな宇宙船も、こんな鋭角な方向転換と急加速、急減速は不可能だ」
「そのとおりです」
「もったいぶっていないで、さっさと説明したらどうなんだ。君のことだ、これだけの曖昧な情報でこんな辺境まで実踏調査にくるわけがない。何か確証をつかんでいるんだろう」
「参りましたね、そう急かさないでくださいよ」
ちっとも参っていない表情で、研究員は悠然といくつかの画像を呼び出して、画面に並べて表示させた。
「これが、先ほどの動画から抽出した静止画像に、いくつかの画像処理をほどこしたものです」
画面に映っているのは、大きな団扇かハンマーのようにも見える、褐色の物体だった。
「宇宙船にぶつかったのは、このハンマー状の何かなのか。もっと大きな構造体の一部なのかね?」
「そのとおり。全体像がこちらです」
示されたもう一枚の画像に映っているのは、同じく褐色の物体。弧を描く細長いプレートがジョイントで細かく接続されたような外殻は、片面が甲羅のようになめらかで、もう片面には幾つものアームが見えた。アームの側を庇うように、甲羅側を伸ばして全体を曲げ、コンパクトなボール状に近い形態で航行できるらしい。
さながら、エビかシャコ、あるいはダンゴムシのような外観だ。
先ほどの団扇かハンマーのような部分は、おそらく飛行物体の前部に当たる細身の円錐形のパーツの下に一対、接続された、ひときわ大きなアームだった。
「これは……。新型宇宙船か? 設計思想からして見たことがない斬新な機体のようだが。ちょっと、節足動物のようにも見えるが、まさかな」
「そのまさかの方ですよ。私はこれが、宇宙空間でも一定時間活動可能な外骨格生物、地球上に生息する形態の似た生物にあやかって、『宇宙シャコ』とでも呼ぶべき生物だと思っています。まあ、サイズはかなり大きいですが」
「宇宙シャコ?!」
研究員の言い出した突拍子もないフレーズに、所長はあんぐりと口を開けた。
その瞬間、ガツン、と重い衝撃に、二人の乗った宇宙船が大きく揺れた。
「ほら、おいでなすった!」
研究員は嬉々として叫ぶ。
「おいでなすったって、何が!」
「所長は飲みこみが悪いですね。宇宙シャコですよ。この宇宙船を捕食しにきたんです!」
「ほ、捕食ー!?」