01 宇宙船の連続失踪事件
「この宙域で、もう何隻もの宇宙船が姿を消しているのです」
研究員は、資料をモニターに提示した。3Dで、この近辺の主たる星々がプロットされている。その間に、ばらまいたように不規則に、いくつかの光点が点滅していた。
「この点滅が連絡を絶ったポイントということか。原因は絞り込めているのか」
所長は顎を撫でた。
「いえ。宇宙船自体の種類が多岐にわたっていて、この宙域で失踪事件が続いているという共通点に気がついたのも、ごく最近のことなんです」
「どういうことだ」
「訳アリばかりなんですよ。例えばこれ」
研究員は一つの光点を示した。
「火星コロニーを出発したチャーター船です。辺境の惑星に移民しようとする、経済的難民状態の火星市民が多く乗っていました。移民ですから片道の貸切船で、連絡がなくても、誰にも探されないような連中がほとんどです」
「それにしたって、宇宙船そのものが失踪すれば、所属している船会社の方で問題になるだろう」
「この船は、珍しいことに個人経営の独立船だったんです。船長はじめ、宇宙船クルーもまた、移民希望者でした。開拓が始まる辺境の惑星と、近くのより開発の進んだ惑星を結ぶ物流企業をおこして、開拓移民と一蓮托生で商売していくことを夢見ていたというわけです」
「つまり、船丸ごと、誰からも探されなかったわけだ」
「不幸にも」
研究員はうなずくと、別の光点を指さした。
「こちらは、また全然別の事情です。これは、最近、深刻な不況に不満を抱えた民衆の支持を背景に、クーデターで軍部が実権を掌握したハイドランジア星系連邦軍の軍用機でした。隠密行動中で事故報告が遅れたのです」
「まあ、軍の秘密主義は今に始まったことじゃないからな」
また別の光点を指して、研究員は淡々と続けた。
「こちらは、未確定情報ですが、クリサンセマム星系のスラム街を牛耳っているマフィアに所属する、麻薬密輸船だったと言われています」
「届け出なんか出せたもんじゃないというわけだ」
「いかにもそのとおりですね」
所長は、ふむ、とうなずいて腕を組んだ。
「しかし、何でそんな連中ばかりなんだ」
「姿を消した地点が、正規の航行ルートから少し外れているんですよ。後ろ暗い連中が、表通りを通りたくなかったのかな、とも思ったんですが」
「いや、だからって、正規ルートを外れたら、どこに小惑星やデブリがあるか解らんだろう。この近辺は調査が進んでいない。未調査地域で正規ルートを外れる危険性は、恒星間航行を少しでも学んでいるパイロットなら誰でも知っていることだよ」
「そうなんです。その点がやはり解せないんですよ。特段、寄り道にメリットがあったように見えないのですよね。なのに、なぜ、こんなデブリと小惑星の隙間を、針の穴を通すようなルートで飛ばなければいけなかったのか」
「君には、仮説があるんだろう? だから我々は、こんなところにやってきたわけだ」
所長は組んでいた腕を広げた。
二人は、研究所の数少ない固定資産の一つである小型のおんぼろ宇宙船で、問題の宙域の付近にまでやってきていたのだ。
「この問題を解決できれば、世界的な名声が得られます。私の仮説が確かならば、この至極有望なプロジェクトには、借金を返して余りある潤沢な研究資金がつくはずです」
研究員は胸を張った。
「いいかげん、未払いの給料を払っていただきたいのですよ」
◇
「おや」
所長は、アラートを鳴らし、警戒メッセージを表示したスクリーンを覗き込んだ。
「ああ、やはり。この辺は記録されていない岩塊が多いんだ。自動航行モードは役に立たないな」
スクリーンに写し出された映像は、かなりノイズが多かった。カメラのレンズが、周囲の宇宙ダストを拾って、かなり曇っているらしい。細かい砂ぼこりのような粒子が、磁場に引き寄せられて船体に付着してしまうのだ。
「ダストが特に多いんだろうか。それにしても、やけにべたべたくっつくな、今日は」
所長はワイパーを起動してレンズをきれいにすると、マニュアルモード用の眼鏡型の操作ギアを身に着けた。
すこしクリアになった視界の向こうに見える、小型のトラック程度の岩を回避するように指示を出す。
その様子を見ていた研究員は、感心したように呟いた。
「マニュアルモードの搭載されている旧型機種で幸運でしたね。そうでなければ、この宙域にやってくることすらできなかったわけですから」
個人が使用できる宇宙船は、安全性の観点から、今や自動航行モードのみでしか航行できない機種が大半だった。現在あらゆる宙域に適用されている宇宙交通法では、自動航行モードのみの宇宙船は、銀河交通管制機構が調査済みの航行ルートを外れた航行はできない。
不測の事態に、手動操作で障害物を回避する、などの高度な操船技術は、一定の訓練を受けたパイロットでなければ発揮できないからだ。
マニュアル、と言っても、宇宙船のAIとパイロットの神経系をオートリンクして、パイロットが脳内でイメージする船体の姿勢と速度をアプリケーションが実際の駆動系に伝えていくシステムが採用されている。操縦桿を握り、フットペダルで操作したのは、遠い過去の時代である。例えていうなら、馬車と自動車ほどにもその仕組みは異なる。
訓練を経て、パイロットとして一定の適格性を備えたと判断された人物には、脳にマイクロチップが埋め込まれるのだ。このチップを介して、宇宙船とパイロットのオートリンクが可能となるのである。
「所長はなぜパイロット資格を取ったんですか?」
部下の問いに、所長は得意げに胸を張った。
「こうして、辺境の星系に調査に行くことが、若いころからの夢だったからだよ。自動航行モードしかない機種では、人工衛星型の宇宙港を備えた惑星にしかアクセスできない。惑星表面への離着陸は、イレギュラー対応が多くなる可能性が高いので、オート航行モードの保証範囲外なのは君も知っているだろう」
「一番事故が多いのは離着陸時ですからね。今となっては、宇宙港と地上港を超高速チューブ型エレベータで接続し、星間航行機能に特化した宇宙船を開発することで、星間往来のコストが劇的に下がったことは、もちろん、小学校の歴史の授業で習いましたよ」
「だが、宇宙港の設置されていない、未開発の辺境星系を調査するには、宇宙船を離着陸させられるだけのパイロット技術の習得が必須となるわけだ。今となっては大規模に予算を投じて無人探査機を飛ばし、しらみつぶしにデータをとる方法が主流になって、こうして、有人探査船を飛ばす機会は減ったわけだがね」
「そして、我々のような零細民間研究所は、大規模調査の取り残したデータを改めて取りに行くような、マイナーな下請け調査を請け負うばかり、というわけですか。今となっては、そんな下請け調査ですら、依頼は稀ですから、完全に時代遅れですけどね」
「君、言葉のいちいちにとげがあるね」
上司の心外そうな言葉に、研究員は呆れたように肩をすくめた。
「私の心がささくれ立っているのは、私のせいじゃありません。お金はあらゆる心の傷の特効薬です。未払いの給料を払っていただきたいのですよ」
「ああ、警告音がひときわ大きくなったなあ。何のトラブルだろう」
「聞こえないふりをしやがってこのタヌキ親父め。まあいいですけど」
◇
科学考証に関しては、ド素人の作品です。生暖かい視線でお楽しみください。
(でも、書き手としては知らなかったことを教えていただけるとすごく勉強になるので、お気づきの点などがあればメッセージでご指摘いただければ幸いです! 作品の性質上、感想欄で科学談議になるとネタバレの可能性があるので、その辺の兼ね合い、お察しください……)