アヤカシ探偵社。其の六
某ゲーム好きの知人の話題をヒントに百鬼夜行の話を書いてみました。今回特に台詞回しが読みづらいかも、ですが時代劇を観る感覚で進めて頂くと理解しやすいです。設定には諸説ありますので間違っていると思われた方はご指摘くだされば幸いです
霊は生物特有のものではない。稀に無機物、人形や道具に憑依する事がある。人形であれば髪が伸びたり道具から人の姿となって現れる事もある。所謂付喪神と呼ばれるものである。生前の怨念や未練で成仏出来なかった浮遊霊やその思念がそれらに宿るのである。この手の話は全国各地に点在するが京の都は特に数多く伝承されている。
地蔵盆が過ぎてもまだ暑さが残る八月末のある雨の日。小豆洗いは小脇に小豆の入った竹笊を抱え鱒の房の山中で帰路を急いでいた。彼の住処は八瀬にあるのである。逢魔が時の薄闇の中、ふと目をやると藪の中にボロボロの和傘が木の根元に立て掛けてある。誰かが忘れていったのだろうがこれ幸いと手に取ろうとしたその瞬間、和傘は宙に浮いた。傘には一つ目と口があり両手を出し、柄は一本足に高下駄を履いている。小豆洗いは一瞬ぎょっとしたが直ぐ冷静さを取り戻した。
「なんじゃ唐傘小僧。驚かすな」
唐傘小僧は舌を出して語りかけた。
「お爺、あんじーのとこに連れてってくれ」
「はあ?あんじーに何の用だ」
問い返す小豆洗い。
「うう、依頼がある」
「依頼?お前に頼み事するような悩みがあるのか?」
「オラの頼みじゃねえ。兎に角連れていってくれ。お願いだ」
唐傘小僧の話はさっぱり要領を得ないので小豆洗いは取り敢えずアヤカシ探偵社に連れて行く事にした。鱒の坊から東山のアヤカシ探偵社までは結構な道のりである。やっと到着すると母屋の前で鎌鼬と出会った。
「お〜いあんじー!お客さんだぞ」
離れから現れたあんじーはにっこり笑った。
「これは珍しい客じゃ。久しいのう唐傘小僧。何年振りじゃ?」
唐傘小僧は身を震わせ叫んだ。
「あいさつはいい。困ったことになったから呼んで来いと言われた。一緒に来てくれ」
あんじーは引っ掛かる事を聞いてみた。
「誰にじゃ?」
「荒太郎様」
唐傘小僧が答えるとほう、とあんじーは唸った。
「付喪神の世話役が儂に何の用があるというのじゃ」
「祭の事で揉めている。解決して欲しいと言ってた」
あんじーは一瞬考えた。
「祭と言うと百鬼夜行か。今年は確か中秋の名月頃かと記憶しておるが」
「そうだ、それで困ってる。だから来た。オラと来てくれ」
あんじーは興味があったので引き受ける事にした。
「何でトラブってるかは知らぬが儂で良ければ相談に乗ろう」
「良かった♪オラが案内する」
あんじーは皆を残し単身唐傘小僧に続いて船岡山に向かった。その奥、長坂に変幻自在神社がある。此処が付喪神達の里なのである。到着すると社檀の前に荒太郎と数人の付喪神が待っていた。
「ようこそおいでくださいました、あんじー様。此度はお引き受けくださり誠にありがとうございます」
丁寧な荒太郎の態度に感心するあんじー。
「付喪神きっての荒くれ者と噂さた荒太郎殿とはとても思えぬ変わり様。儂も認識を改めねばな」
恐縮する荒太郎。
「滅相もございません。暴れ手棒だったのは昔の話。今は付喪神達を束ねる世話役の立場なので。何よりもう歳ですので」
あんじーは成程と納得の表情。
「ところで今回の要件とは?」
あんじーの言葉に荒太郎は頭を垂れ顔を曇らせた。
「その事なんですが…ご存じとは思いますが我等付喪神の祭が間もなく開催されます」
あんじーには承知の事である。
「唐傘小僧から聞いたが百鬼夜行は来月じゃったな」
「左様でございます。月半ばの満月の夜、全国に散った同胞が里帰りして開催される祭なのですがメインは丑三つより一条通を御前通から西大路までパレードする百鬼夜行でございます」
パレードは一条通の大将軍商店街を行進するのである。
「その百鬼夜行の何が問題なのじゃ」
「祭事につきまして実行委員長を毎年安綱様にお願いしているのですが」
「安綱?あの鬼切の大将か」
「左様でございます」
鬼切、又は童子切安綱。源頼光の愛刀、酒呑童子の首を切り落とした名刀として有名である。別名髭切とも呼ばれている。荒太郎の話は続く。
「百鬼夜行の花形は神輿の先導で総大将として安綱様が鎧装束で馬(木製の付喪神)に乗り行進するのですが…」
妙に荒太郎が話しにくそうなのであんじーは気になった。
「それで良いではないか」
「今年は違ったのです。たまたま岡崎の国立美術館にて開催される日本の名刀展と時期が被った為、幹事の中から薄緑様兄弟を先導にどうかと言う声があがったのです」
「薄緑兄弟?大覚寺の薄緑殿と…ほう、名刀展に箱根の薄緑丸殿も里帰りしておるのか」
「寄り合いにその話題が出た際、安綱様は激怒されまして。今年の百鬼夜行を中止するとまで仰るのです」
あんじーは成程と頷いた。薄緑とは平安時代の名工長円による膝丸刀の傑作である。中でも有名なのが大覚寺の薄緑と源義経の愛刀で今は箱根神社に所蔵されている薄緑丸である。また薄緑と双幅で作刀されたのが北野天満宮の髭切(鬼切安綱)なのである。そう、二人は双子の兄弟なのだ。
「双子の弟に主役の座を奪われては安綱殿のプライドが許さんじゃろう。しかも兄君にまで出しゃばられてはのう」
荒太郎は必死で懇願した。
「あんじー様、祭が中止となれば年に一度の里帰りを楽しみにしている同胞の悲しみは計り知れませぬ。なんとか安綱様を説得してくださいませ」
あんじーはどうしたものかと腕を組んで考え込んだ。荒太郎に尋ねてみる。
「薄緑殿は如何様にお考えかな」
「安綱様が納得されるならと。皆が喜ぶなら謹んでお受けしようと仰っています」
「とすると安綱殿の意向次第か。頑固者の彼の事じゃ、説得は不可能じゃろう」
荒太郎は泣きそうな顔になった。
「そこを何とか…あんじー様しか頼れる方がいないんです」
縋る荒太郎を見捨てる訳にはいかないと感じたあんじーは引き受ける事にした。
「出来るかどうかはわからぬがやれるだけの事はやってみよう」
「あ、ありがとうございます」
更に縋り寄る荒太郎を持て余したあんじーは役目を課す。
「先ず安綱殿に会って話してみたい。一席設けてくれぬか」
荒太郎は二つ返事で答えた。
「お任せください。直ちに手配いたします」
あんじーはもう一つ、難題を負わせてみた。
「それと、薄緑殿も呼んでくれぬか。できれば時間をずらせて。そうじゃな、一時間ほど遅れてくるのが良かろう」
荒太郎の顔が一瞬で青ざめた。
「そのような事は!宴席が大変な事になりますぞ‼滅相も御座いませぬ」
手を合わせて土下座する荒太郎を不憫に思ったあんじーは打開策を提言した。
「確か日本の名刀展が切っ掛けじゃったな。皆も呼んだらどうじゃ。薄緑殿も展示されておるなら参加していてもおかしくはないじゃろう。安綱殿もその名刀展に出ておられるのならその前祝い名目で」
「そう申されましても…」
荒太郎は抵抗したが最後は渋々ながら了承した。宴会は翌深夜、大将軍八神社の境内にて行われる事となった。此処が一条通大将軍商店街の由来である。付喪神は無機物を憑代としているので飲食をする必要はないのだがその始まりが人間の模倣だったので飲み食いの真似事をする風習が今尚残っているのだ。招待者には頼国光を初め、三日月宗近・大典太光世・鬼丸国綱・数珠丸恒次・大包平・へし切長部・七聖剣・鶴丸国永・蜂須賀虎徹・備前長船・相模国政宗・千子村正等錚々たる面々が参加していた。その数五三振り、ほぼ展示されている刀達が一同に集結する事となる。宴の準備は荒太郎の指揮の元、付喪神達によって盛大に執り行われた。
紅白幕で囲われた宴会場には長テーブルに料理と酒が並び、生花が飾られている。貴賓の刀剣達も続々と集まっていた。程なくメンバー全員が揃う。いよいよ宴会がスタート、荒太郎が幹事として挨拶。
「この度は我等付喪神の祭礼・百鬼夜行祭及び日本の名刀展の開催祝賀会に御参加くださり誠にありがとうございます。ご来場の皆様、今宵は大いに飲み食い語らってください。では、不詳私めが乾杯の音頭を取らせていただきます。皆様、盃をお持ちください」
荒太郎の言葉に来賓は皆それぞれ手に盃をかざした。
「では、皆様!成功を祈願しまして。乾杯!」
「乾杯‼」
一同は盃の酒を飲み干し宴が始まった。刀剣達が歓談する中、付喪神達は給仕に大忙しである。あんじーが荒太郎に呼び掛けた。
「荒太郎殿、安綱殿に紹介してくれぬか」
「お安い御用です、暫しお待ちを」
荒太郎は待ってましたとばかりに走り去った。程なく安綱を連れ戻って来る。
「誰だ、吾輩に会わせたい人物と言うのは」
あんじーは安綱と向き合った。如何にも豪壮な大将然とした風貌。中々男前な面構え。弟とは正反対である。荒太郎が紹介する。
「こちらあんじー様。妖怪組合より物見の妖怪達を仕切る役目を負って寄り合いに参加される事になりまして」
無論荒太郎の方便である。招待の理由付けとして使者として呼んだ事にしたのである。あんじーは威圧に臆する事なく挨拶した。
「安綱殿、あんじーと申す。お初、ではないな。一度か二度はお会いした事がある。覚えておいでか?」
「ふん!あの時の猫又か。覚えておるわ。貴様とは一戦も交える事はなかったが大層な武勇伝を残したらしいな。吾輩と対峙しなかったのは幸運だったぞ、戦っていれば貴様は此処にはおらんだろう」
全くもって慇懃無礼な付喪神。あんじーはチクリと刺し返す。
「確かに。お互い無傷ではおらんじゃろう。これも運の巡り合わせと言うものじゃて」
安綱はギラリとあんじーを睨んだ。
「ほほう、吾輩に退治されたいと?ご所望ならこの場で貴様の首を切り落としてやるぞ」
「おや?使い手が無くては大した事も出来ぬ太刀風情が吐かしよるわ」
二人のやり取りを見兼ねた荒太郎が慌てて仲裁に入る。
「まあま、お二人共。此処は目出度い宴会の席、事を荒立てては周りの皆様のご迷惑になりましょう。ご不満は御座いましょうが私に免じて仲良くしてくださいませ」
荒太郎の言葉に二人は沈黙した。
「なんだ、収まっちまったのかい。面白えもんが観れると思ったんだが」
後方から嗄声で話しかける人物。荒太郎は振り向きながら喚く。
「正国様、何と言う事を仰るんですか!」
ちらりと見やった安綱が吐き捨てる様に言った。
「胴田貫か。肥後の田舎侍ごときが偉そうに!黙っておれ」
話に参入してきたのは胴田貫正国、九州・熊本(肥後の国)出自の刀で加藤清正の愛刀として有名である。名刀と言うより業物、実戦刀なのである。容姿は決して美男子ではないが硬派の好男子である。
「聞き捨てならねえな。鬼切だか髭切だか知らねえが都のお上品剣法じゃ戦じゃあ糞の役にも立たねえぜ」
正国の挑発に安綱が切れた。
「吾輩を愚弄するのか!今此処で叩っ切ってやる!」
「いいぜ、相手になってやる。型ばかりの役にも立たねえ剣が合戦で鍛えられた技とどれ程の差違があるか教えてやる」
正国の隣にいた薙刀の付喪神が彼を窘めた。
「兄様、失礼ではありませぬか!天下の名刀安綱様になんと無礼な。神聖なる神の社にて傍若無人な振舞いは許しませぬ」
「いや、済まぬ薫子。こ奴が上から見下す様な態度なのでついカッとなって」
正国は頭が上がらない。薙刀は胴田貫で正国の妹、薫子であった。袴姿にポニーテール、凛とした大和撫子である。
「此奴とは何と言う物言い。無礼極まりない!」
怒る安綱に薫子は詫びた。
「申し訳ございません安綱様。兄はご覧の通りの田舎者で礼儀作法に疎いのです」
正国は困惑顔である。
「そいつは言い過ぎだろう。確かに粗野な部分があるのは認めるが」
安綱はその物腰と愛らしさにときめくものがあった。
「兄と違い品行方正、しかも中々の器量良し。どうだ、吾輩の側室にならぬか」
側室とは愛人の事である。正妻に対し妾とも言う。
「ふざけるな!貴様の様な悪童に可愛い妹をくれてやるものか」
安綱も言い返す。
「悪童とな?!侮辱するにも程がある!」
「これ、兄様!」
薫子の仲裁も介さぬ二人。あまりの騒々しさに薄緑が駆け寄って来た。彼は公家の貴公子を彷彿とさせる色白の美剣士である。
「何を騒いでいるのです。今宵は目出度い祝賀会、争い事はご法度ですよ」
薄緑を目の当たりにした安綱は益々機嫌が悪くなった。
「お前にどうこう言われる筋合いはない、出しゃばるな薄緑!」
薄緑は一歩も引かない。
「たとえ兄上でも諍いは見過ごせませぬ。諸氏の面前で一族の恥となるような行為はお止めくださいませ」
「恥とな?!吾輩に説教するか?そもそも元はお前が百鬼夜行の総大将に推挙された事が気に入らなかったんだ。腸が煮えくり返ったぞ。人を見下したその態度が気に食わん」
薄緑は驚いた。
「え?兄上はてっきり承知の上の話かと…私は兄弟の仲が昔の様に戻る良い機会と思って承諾したのですが」
「そんな訳あるか!この世に誕生した時から双生のお前が気に食わなかったんだ。膝丸は吾輩一人で良い」
「何と言うことを。我等は同じ刀匠から生み出された家族ではありませぬか」
「その様に思った事は一度もない。お前達は吾輩にとって目障りでしかないのだ」
安綱と薄緑のやり取りを眺めていた頼国光が割って入って来た。
「まあまあ二人とも。折角の宴席が台無しになりますぞ。お互いに言いたい事もあるじゃろうがどうじゃろう、ここは太刀らしく剣技で決着をつけられては如何かな?勝った方の言い分を聞き入れるという事では」
頼国光は古い刀で安綱や薄緑の大先輩である。古老の解決案に異議など到底出来るものではない。二人は絶句した。頼国光の話を聞いていたあんじーはチャンスとばかりに提案する。
「では百鬼夜行の総大将を賭けてみては如何か?勝者が総大将として、敗者はそのお供として参列するのはどうじゃ」
安綱はウッと唸った。
「そ、その様な事は…」
「何じゃ、臆したか安綱殿。貴公が勝てば良いだけの話じゃろう。それとも勝つ自信が無いのか?」
「何を馬鹿な事を!吾輩が負ける事などあり得ん」
安綱はまんまとあんじーの策に乗り引っ込みがつかなくなってしまった。
「では、その条件で良いのだな」
あんじーの念押しに返答に窮する安綱。
「では俺が立会人になろう。安綱殿の泣きっ面を拝ねばな」
正国の一言が余程気に触ったのか安綱が言い返す。
「では吾輩が勝ったら妹君を貰おう。勿論側室としてな」
正国は焦ってしどろもどろで怒鳴った。
「薫子は関係ないぞ!第一薄緑殿との対決に何で俺等が巻き込まれなきゃならないんだ?」
安綱はしてやったりと言わんばかりの顔である。
「さっきの威勢はどうした?それこそ薄緑が勝てば良いだけの話だろう。何なら代わりに貴様が出ても良いのだぞ」
正国は顔を真っ赤にして吠えた。
「ああ!やってやるぜ!お前をコテンパンに叩きのめしてやる」
薄緑が割って入る。
「正国殿、これは私と兄·安綱の勝負なのです。勝手に決めないでもらいたい」
「ふん!ならば二人かかりでも構わぬぞ。但し総大将の座も薫子殿もいただくがな」
薄緑も正国も言葉に詰まった。薫子が返答する。
「その条件、承知しました。兄が負ければ安綱様の物となります」
正国は慌てた。
「何を言い出すんだ薫子!俺が負けたら奴に辱められるんだぞ!!」
薫子は毅然と言い放った。
「だって兄様が負ける筈無いもの」
正国は混乱で返す言葉が出ない。頃合いと見た国光が宣言した。
「では百鬼夜行総大将を賭けた公開試合を行う。対戦者は安綱殿と薄緑殿·正国殿、公正を期す為安綱殿には相方を付ける事を許可する。立ち合い人は刀剣全員。此処では狭すぎるので場所を北野天満宮の梅苑前にて執り行うものとする。各々使い手を選出し伴うがよい。一刻(二時間)後開始する」
「おおー‼」
一同は大いに盛り上がった。宴最高の催しとなったのだ。安綱も益々引っ込みが着かなくなり、思案しているようだった。薄緑もまた使い手の宛てが無く困り果てていた。彼等は刀剣なので本来の姿で戦わないとその真価を発揮できないのだ。かと言って人の協力など得られる筈もなく途方にくれていた。猶予は二時間しかないのである。
「どうしたものか…このままでは勝負になりませぬ」
あんじーがその姿を不憫に思い申し出た。
「薄緑殿、儂が使い手となろう。これでも多少剣術の心得がある」
薄緑は一瞬不安そうな顔をした。
「あんじー殿の武勇は噂に聞いておりますがそのお姿で果たして私どもの様な長太刀を振れるのですか?」
三等身のあんじーに懸念が隠せない薄緑。
「ご安心召されよ、本番になればそれなりの身長に変身しておる」
「左様でございますか…ならばお願い致します」
薄緑はまだ不安を払拭できた訳ではないが覚悟を決めて依頼する事にした。
一同は北野天満宮にお詣りし公会試合の断りを入れた。梅苑前を取り囲む様に見物の輪が出来ていた。あんじーと薄緑、正国、そして薫子が待機している。
「兄様、薄緑様、必ず勝ってください」
薫子の切実な表情に二人は気合いを入れた。
「任せておけ。お前に辛い思いなどさせるものか」
虚勢を張りつつも心中穏やかでない正国。薄緑も同様である。切れ味はほぼ互角、甲乙点け難いのだが使い手、つまり剣術家の腕前に左右される事となる。また安綱が誰をタッグ・パートナーに選ぶかも不安な要素なのである。間もなく開始時刻となろうかというその時に安綱の一軍が現れた。相方は…従弟の蜘蛛切であった。彼もまた膝丸の一族なのである。同じ主君に使えた為二人は非常に仲が良い。だが何よりも驚かされたのはその使い手である。安綱に伴って現れたのは…鞍馬の大天狗、僧上坊だったのだ。
「お、お師匠様!」
誰よりも驚いたのは薄緑丸であった。大天狗・僧上坊は薄緑丸の主・源義経が幼少の牛若丸と呼ばれていた頃、剣を指南した達人なのである。まさかこの様な場面で遭遇するとは。
「薄緑丸か!久しく会うてないのう。まさかこの様な場で再会するとは」
「僧上坊、お久しゅう。なんと安綱殿の使い手として参られるとは思いもよりませんでした」
あんじーを見た鞍馬天狗・僧上坊は満面の笑みを浮かべた。
「あんじー殿!白眉の一件以来か?近くにいながらご無沙汰して申し訳ない。実はつい先ほど旧知の安綱殿から試合に出てくれないかと頼まれてな、長い間剣を振っていなかったので腕が落ちていないか試してみたくなったのよ。まさかあんじー殿が相手とは…楽しみじゃて」
どうやら僧上坊は事の経緯まで知らされていないらしい。単なるエキジビション・マッチと思っているようである。あんじーは顔で笑いながらも内心は気が気でならない。相手は名刀鬼切・蜘蛛切、しかも使い手は名うての達人、僧上坊なのである。
「後ほど相まみえようぞ」
僧上坊はそう言い残すと安綱・蜘蛛切と共に群衆の中に消えて行った。別れ際に安綱はあんじー達に不敵な笑みを見せた。勝利を確信したかのように。そして決戦の火蓋が切られた。国光が中央に立ち宣告する。
「只今より安綱軍、薄緑軍による公開試合を執り行う。試合形式は先鋒・中堅、最後に総力戦とする。互いに参ったを宣告若しくは戦闘不能となった場合に決着するものとする。では先鋒戦の対戦者、出られませい」
薄緑が前に出る。
「初戦は私に任されよ」
更に一歩前を正国が出た。
「いや、此処は俺に行かせてくれ。奴にはどうしても俺の手で晴らしたい因縁がある」
正国の鬼気迫る表情を見て薄緑は先手を譲る事にした。
「臆したか薄緑。まあ吾輩にとってはどちらが相手だろうと一向に構わぬがな。田舎者に身の程を判らせてやるわい」
安綱の態度に激怒する正国。
「ぬかしよったな!後でほえ面かくなよ!」
安綱と正国は刀身に変化した。付喪神は人の姿で現れる事が多いのだが本来の道具がその実態なのだ。実物でなくても霊力で実体化できるのである。あんじーは戦闘態勢の七頭身に変身して胴田貫正国を、僧上坊は童子切安綱の柄を握った。対峙する二人。国光が試合を仕切る。
「両者、礼!」
僧上坊とあんじーは互いに一礼。間に国光が立った。
「始め!」
「いざ!」
国光の合図で二人は構えた。僧上坊は上段に、あんじーは地摺り八双である。が中々二人は動かない。相手の出方を伺っているのだ。
「如何されたかな?睨めっこでは勝敗はつきませんぞ」
あんじーは僧上坊の挑発に乗ってみる事にした。八双から斜めに振り上げながら目にも止まらぬ速さで僧上坊の間合いにまで詰め寄った。が、僧上坊の振り下ろす一太刀で軽く撥ね返されてしまう。
「ほう、百歩神拳の応用か。誠に喰えんお方よのう」
あんじーは僧上坊の目を見ながら言い返した。
「僧上坊殿こそ神速の太刀捌き、流石は剣聖・鞍馬天狗」
互いに相手の技量を読んでいたのだがその凄みを実感しただけであった。
「では、次は拙から参ろう」
言うなり僧上坊は安綱刀を縦横斜め縦横無尽に打ち込んできた。あんじーはその神速に防戦一方である。打ち返すのに精一杯であった。数分間の剣撃に耐えられず、後方に飛び退いた。
「判ってはいたが中々手強いのう、正国殿」
正国刀が答えた。
「決して侮っていた訳ではないが安綱の切れ味もさることながら天狗殿のあの速さ、只者ではないな。俺の知っている武士の誰よりも手練れだ」
あんじーは感慨深げに呟いた。
「さもあらん、源義経殿の師匠であるからのう。しかし我等は負ける訳にはいかん故」
あんじーは中断に居合の型で構えた。
「参るぞ!」
己に気合を入れる様に吠えると身体を低く構え一気にダッシュした。僧上坊は刀身をだらりと下げて無手勝である。あんじーが切り込もうとした瞬間、僧上坊は大地を蹴って飛び上がり、上空高く舞い上がった。更に向きを替え急降下。安綱刀の切っ先を眼下のあんじーに合わせている。一瞬の出来事なので避ける暇がなく、あんじは咄嗟に正国刀を天に向けた。僧上坊が突きを入れるタイミングであんじーはその線上に安綱と正国の切っ先をかち合わせた。キイィィンと鋭い金属音を響かせ、二本の刀は撓って弾けた。僧上坊もあんじーも逆方向に振り飛ばされたがヒラリと身を躱し着地。冷や汗をかくあんじー。向かい合う僧上坊も目が血走っている。正国は息が上がっている。
「もう限界じゃな、次の一手で決めるが良いかな?」
「ああ、そうしてくれ」
苦しそうな正国の言葉に覚悟を決め再び八双に構えるあんじー。走り出すとそのスピードは先程の百歩神拳を遥かに超えていた。
「更に加速するか!ならば拙も応じねば」
あんじーが間合いから切り上げた。だが僧上坊も神速を倍加させ、切り結ぶ。高周波の音響を響かせて互いの刀が弾ける。あんじーは怯まず第二撃、上段から振り下ろした。僧上坊も下段から振り上げた。刀身がかち合った瞬間!正国の刃が折れ、天高く舞った。先ほどの攻撃で正国の刀身に目に見えぬ罅が入っていたのだ。空かさずあんじーが叫ぶ。
「まいった!」
国光が審判を下す。
「この勝負、安綱殿の勝ち!」
あんじーはすぐさま折れた刀身を拾い、妖力で繋ぎ合わせる。
「鍛冶屋!」
あんじーの傍に鉄槌の付喪神がやって来た。
「大丈夫か、正国殿⁈」
あんじーの呼び掛けに息も絶え絶えの正国が答えた。
「申し訳ねえ、あんじー殿。俺は大丈夫だ」
「儂の力量が足らぬばかりに…あいすまぬ」
あんじーの詫びに正国は答えた。
「いや、天狗殿とあんじー殿に腕の差など無かった。敗因は俺と安綱の鍛え方の違いさ。流石、天下の膝丸刀よ」
気が付くと薫子が駆け寄っていた。
「兄様!ご無事ですか」
薫子は今にも泣き出しそうである。
「薫子のせいで…ごめんなさい」
「お前のせいじゃないさ、俺が不甲斐ないばかりに心配させちまったな」
二人の会話を遮る様にあんじーが言った。
「薫子殿、正国殿はこれから鍛冶場に行って治さねばならぬ。暫しお別れじゃ」
薫子はハッと事態に気づいた。
「あんじー様、取り乱して御免なさい。兄を宜しくお願いします」
「うぬ、安心せい。正国殿は必ず復活する。鍛冶屋!正国殿をお連れせい」
あんじーの指示で鉄槌とその仲間が正国を鍛冶場へと運んで行った。心配な薫子は結局鍛冶場に同行する事にした。正国と薫子が消えた後、薄緑が試合場前に出た。
「次は私の番ですな。正国殿の仇は討たせてもらおう」
正国の惜敗で気合が入りまくっている。その身を太刀に変化させた。
「宜しくお願いしますぞあんじー殿」
その刀身は息を飲む程の美しさである。向かいを見やると僧上坊も臨戦態勢。手には蜘蛛切が握られ、此方も神々しい光を放っている。国光が二回戦布告。
「此れより第二試合を行う!両者出られませい」
あんじーと薄緑が輪の中心に出た。僧上坊も蜘蛛切を持って向かい合う。国光が両者に割って入り、開始を合図した。
「始め!」
あんじーは地摺り八双の構え。あんじーの基本の型である。地を這うような流れから様々な技を繰り出す流派の様だ。が、今回は違った。
「あんじー殿、私にお任せくださいませぬか?」
薄緑の申し出に何か思惑があるらしい。あんじーは委ねてみる事にした。
「薄緑殿のお好きに成されよ」
「は!有難きお言葉」
あんじーは腕の力を抜いた。薄緑は大上段にその身を引き上げた。見ると僧上坊も同じ構え。鞍馬流剣法の同門対決である。じりじりとにじり寄る二人。間合いに入った瞬間!同時に振り下ろされる二振りの刀。凄まじい火花を放ち、天を切り裂くかと思われる不協和音を響かせる。結果は?何と蜘蛛切は僧上坊の手を離れ、天高く舞い上がり地に突き刺さった。僧上坊は一言唸った。
「お見事!」
続いて国光が勝敗を告げた。
「この勝負、薄緑殿の勝ちとする!」
勝負はあっけなく片が付いたが、観衆は大歓声を上げた。凄まじく気迫のある名勝負となった。蜘蛛切は薄緑の鬼気迫るオーラに圧倒された、風に見て取れた。覚悟の差が敗因と言える。
「済まぬ、安綱」
刀身から付喪神に戻った蜘蛛切が頭を搔きながら戻って来た。
「まあ良い、元より期待などしておらぬわ。吾輩は薄緑さえ打ち負かせればよい。次が本番よ」
三番勝負は先鋒戦安綱勝利、中堅戦薄緑の勝利。決着は団体戦に持ち越された。しかし此処で重大な問題が残った。そう、正国が負傷によりリタイア。最終戦は薄緑一太刀で立ち向かわねばならないのである。その件で意外にも安綱から救済案が出された。
「正国が出られぬならば代役を立てても構わぬぞ。吾輩は貴様と決着が着ければよいのだからな。二太刀掛かりで勝利しても誰も勝ちとは認めてくれぬわ」
あんじーには地獄で仏の一言。
「忝い。有難く申し出を受け入れさせて頂こう」
あんじーは礼を述べ辺りを見回した。見物人は誰も名うての名剣ばかり。選出に悩んでいると名乗り出る者が現れた。
「薄緑、小生が出よう」
薄緑丸である。彼も因縁の一員なのである。
「兄上、有難うございます。共に戦えることはこの上ない名誉。共に安綱に一泡吹かせてやりましょう」
あんじーもこのペアには納得である。名刀膝丸同志の勝負。手には薄緑・薄緑丸、相手方僧上坊には鬼切・蜘蛛切。心躍らせる合戦になるに違いない。
「では、参ろうか薄緑丸殿・薄緑殿」
二人は太刀に変化。あんじーは両の手に二振りを握った。群衆の輪の中に歩み出る。僧上坊も両腕に安綱と蜘蛛切を持ち向かい合った。例によって国光が宣告。
「三回戦、団体勝負を行う」
あんじーも僧上坊も一礼を交わした。
「両者、始め!」
国光の合図で対峙する両者。僧上坊は右手に安綱を、左手に蜘蛛切を握り天を指す様に大きく広げた。あんじーも両腕に薄緑・薄緑丸を持ち上段に構えた。薄緑があんじーに囁いた。
「あんじー殿、大丈夫でございますか?」
「心配ご無用」
言うなりあんじーは摺り足で斜め前に出た。真上に薄緑刀を上げると僧上坊に向かって鋭く振り下ろす。僧上坊が安綱刀で跳ね返す瞬間、あんじーの二手が真横から僧上坊の懐に切りつけられた。反応する僧上坊が蜘蛛切で受け体を躱すがその太刀の速さに裃の端が切れた。
「恐れ入った。あんじー殿、先程とは比べ物にならぬ動き。若しや二刀流がお得意かな」
あんじーは二本の刀を舞う様に振り回し打ち付けながら答えた。
「左様、我が流派は二刀流なのじゃ」
初戦とは逆に僧上坊が防戦一方、後方に退いた。僧上坊が更に問う。
「流派と!誰に教えを乞うた?」
あんじーが二本の刀を討ち込みざま語った。
「昔京の外れでたけぞう殿に教わったのじゃ」
「たけぞう?はて、聞き覚えがあるような…何という流派か?」
あんじーは地面を蹴り上げ僧上坊の技宛ら上空から両手の太刀を振り下ろした。僧上坊は蜘蛛切と安綱を交差させ受けるが余りの衝撃に手放してしまう。地面に転がる二本の太刀。息絶え絶えのあんじーが一言。
「二天一流じゃ!」
僧上坊は成程と納得顔である。
「宮本武蔵殿であったか。腕の訛った拙では敵わぬのも無理からぬ筈じゃ」
呆気に取られ見とれていた観衆がその結末に大歓声を上げた。国光が勝利を宣言する。
「この勝負薄緑軍の勝利!」
項垂れる安綱と蜘蛛切は付喪神に戻っている。そこであんじーは二人に声を掛けた。
「中々の名勝負であったな。どうじゃ、納得されたか」
安綱は意気消沈である。
「吾輩も武士。潔く負けを認めよう。総大将は薄緑のものだ」
あんじーがある事を提案する。
「どうじゃろう、総大将など決めずに行列の花形として刀剣の皆が参列されては。見物客も喜ぶのではないか?」
薄緑丸が賛同する。
「それは名案ですな。我等も楽しめるし蟠りも消えることでしょう」
薄緑も同意した。
「御意。同位なら兄上も納得でしょう?」
問われた安綱はバツが悪そうにボソッと答えた。
「ま、確かにその方が丸く収まると…薄緑、吾輩が悪かった!つまらぬプライドで皆にも多大な迷惑をかけた。正国殿と薫子殿にも詫びを入れたい」
「ご自身で会って言いなされ」
あんじーは安綱に進言した。事情を知らぬ僧上坊は理解しないなりに場を締めた。
「経緯は知らぬがこれで大団円と言う事で。めでたしめでたし」
あんじーは呆れながらも高笑い。その場にいる皆が笑顔になった。
百鬼夜行当夜。一条通大将軍商店街は見物客でごった返していた。中には妖怪に混じって人間の姿もちらほら。人に悟られぬよう特殊な結界を張っているのだが一部の妖怪マニアや霊能者が開催を知って観に来ているのである。彼等は妖怪を身近なものとして親交を深めており、参加を許されている。またこの通りは狭い為、閻魔大王の肝入りで多くの鬼達が行進の警備として派遣されている。付喪神の養護の一環として統領が要請したのである。平安時代の文献に百鬼夜行に遭遇した記録が散見されるが鬼を見たり妖怪と出会ったりしたのはこの為である。祭りの目玉として露店も出店しているのだが沿道では邪魔になる為大将軍八神社の境内と川沿い・御前通りの始発点と西大路の終点に設営されている。殆どが妖怪向けの食べ物や道具・土産類なのだが人にも食べられる物も有り物珍しさでそれ目当ての人間も多い。正に年に一度の大祭なのだ。アヤカシ探偵社の社員達もあんじーの勧めで来ていた。鎌鼬があんじーにぼやいた。
「何やら面白い事が有ったらしいじゃねえか。あああ、俺も加わりたかったなあ」
あんじーは苦笑いである。
「鎌鼬がその場におったらもっと面倒な事になっておったじゃろう。留守番が正解じゃ」
蛟の兄弟と巳之助が近寄って来た。
「あんじー、オイラ達夜店に行って来てもいい?」
あんじーは笑って答えた。
「構わぬが行進が始まったら戻って来るのじゃぞ。渡した小遣いは大事に使え」
「あい~。行こう爽、巳之助。腹一杯食うぞ~!」
箔は爽と巳之助を引き連れて将軍八神社に駆けて行った。
「あ奴らには百鬼夜行より露店の馳走が大事らしい」
あんじーのぼやきに鎌鼬が相槌する。
「違いねえ。ガキだからな」
夜空にはぬこ神と辻神の姿が。彼等も上空から警備しているのである。程なくアナウンスが流れた。
「只今より百鬼夜行パレードを開始します」
いよいよ行進が始まった。先頭は羽織袴に裃姿の荒神と執行役員達。続いて様々な付喪神達が続く。長い長い列がどれ程の付喪神がいるのかと思うほど続いた。続いて本祭の花形、刀剣達の入場である。先頭の騎馬に乗った安綱、次に騎乗の薄緑・薄緑丸、後方は徒歩の刀剣達である。中に包帯の正国の姿もあった。薫子に付き添われて痛々しいがその顔は晴れやかである。神輿を挟んで行進は続いた。しんがりは人形の付喪神達が煌びやかな衣装で練り歩く。百鬼夜行は明け方まで続いた。史上稀にみる大盛況であった。
その後名刀展も好評の内に幕を閉じ、翌年からは再び安綱を実行委員長及び総大将として百鬼夜行が行われた。変わったのはその態度で、不遜の欠片も無く温厚にして頼もしいリーダーとなっていた。あんじーとアヤカシ探偵社は毎年警護とボランティアで参加する事になった。百鬼夜行とは人間の祇園祭の様に京の妖怪達の年に一度の大イベントなのである。
ー第六話・完ー
百鬼夜行については霊道であると言う説や本編の様に付喪神の例祭等色んな解釈が有りますが書画・書籍が元の為定まりません。当シリーズも筆者がエンタメ性に特化して表現しておりますので史実に拘らず娯楽作としてお楽しみください