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会議に行くときはマスクを付けよう

 株式会社ヨウジョ―ワールドは創業三〇年のまだ若い企業である。礎を築いたのは先代の若井子わかいこだが、持病の悪化により四〇歳という若さで急逝した。先代の遺書には次世代の最高責任者《CEO》には唯一の実子である齢9歳の女の子、小山内子おさないこが適任であるという一筆が書かれていた。

 この話は、小学校と会社の経営の二足のわらじを履くことになった小山内子が最高責任者を務める傍らで見せる子供らしい一面を綴った物語である。

秘書谷ひしょたにー、秘書谷ー、近くにいたらすぐ来てー。それじゃ」

「CE――」


 小山内子は黒く艶がある高級感のある受話器を置き、これまた高そうな革が貼られたチェアをおもちゃのようにくるくる回転させる。秘書谷に無理を言って改造してもらったこのチェアは少しの力何周も何周も回転する。回転しすぎて気分が悪くなるぐらい回転するため、小山内子にとってお気に入りのチェアだ。このチェアに文句を言うなら、キャスターとかリクライニングが小山内子の力だとやりにくいぐらいだった。それもいつか秘書谷に直してもらうかと小山内子は考えている。


「CEO、どうしたのですか?」


 秘書谷はCEO室のドアを開ける。少し急いでいたのか、乱れた呼吸で額の汗をハンカチーフで拭う。

 小山内子はチェアの回転を止めないまま話を始める。


「秘書谷、今日の三〇〇人規模の会議の服装、これでいいと思う?」

「申し訳ありませんが、CEOが動きすぎていて確認しにくいのですが……」

「秘書谷は文句ばかり、いーっつも文句ばかり。止まればいいんでしょ、止まれば」

「ありがとうございます。……シックな印象の赤基調のワンピースで、キャラクター柄の靴下にいつも学校に履いているお気に入りの靴。CEOらしくて良いと思いますよ?」

「本当に?」

「本当です。それなら大きな問題はないと思います」

「この靴下、実は私の嫌いなキャラクターなのに、秘書谷が去年買ってきてくれたから仕方なく履いているの、気づいてた?」

「もちろん、ってえ、そのキャラクターは嫌いだったんですか? てっきり大好きだと思っていて……申し訳ありません!」

「いいのいいの、今日は足元はあまり関係ないし。でも……なんか足りないの。大事なものを忘れている気がする。秘書谷はその忘れ物に気づくと思っていたのに、問題ないって言うのは……」

「もしかして、()()()ですか? 昨今の事情を鑑みるに、マスクは大切ですし、なによりもマスクで個性を出すというのも一つ選択かと思われます」

()()()? ああ、なるほど秘書谷、いい発想ね。確かにお気に入りのマスクを付ければより私の威厳を出すことができるわ」

「あ、ありがとうございます」


 小山内子はマスクを探すため、部屋を後にする。秘書谷はどうも先程の言葉が引っかかっているらしく、ドアの隣で顎に手を当てていた。


「いい発想? CEOはマスクにこだわりがあってピンク色の子供用マスクしか付けないから、何かすれ違っている気が……」


 秘書谷の予感はすぐに的中することになった。小山内子が戻ってきた時に手に持っていたのは、マスクだった。そのマスクは秘書谷が想像する耳に紐を引っ掛けて鼻と口を覆うものではなく、頭の後ろで縛って目と口だけ空けたレスラーがつけるものだった。


「C、CEO! さすがにそのマスクはよくないですよ!」

「秘書谷がマスクで個性を出せって言うから、お母様が好きだったレスラーのマスクよ。よく知らないけど、きっと強そうなレスラーのだったみたい!」


 小山内子はマスクをつけようとするものの、レスラーのマスクは当然大人用。いくら丁寧につけようとしても顔がマスクに振り回され、正しく付けられるはずがない。それよりも秘書谷は医療用のマスクを付けそうにない小山内子に驚きを隠せていなかった。


「ちょっと、手伝ってよ」

「CEO、個性なんて出さなくて良いので、いつものマスクを付けてください!」

「普段からこんなマスクは付けてないから、初めてきた店でいつものを頼めるわけ?」

「違いますって。感染防止のためにつけているピンクの花がらの子供用マスクです!」


 秘書谷の強い言葉に小山内子は固まる。


「え、あのマスクって今日も付けないといけないの?」


 その返しに今度は秘書谷が一瞬固まる。


「あったり前です。三〇〇人規模の会議でしょう? 皆さん、感染防止は当然行っていますよ」

「……ほんとう?」

「これに関しては本当です。いつものマスク、机の上にあるじゃないですか、それを付けて会議に行ってください」

「違うと思うのに……」

「違わないです!」

「……もう用事はないから下がって頂戴」

「それでは失礼します。くれぐれもマスクはつけるように! レスラーじゃなくて医療用でよく使うやつを!」


 念には念を押して強く言い聞かせたものだから、わがままを通すことのある小山内子でもピンクのマスクを付けた。渋々な顔で。

 これで一安心だと、秘書谷は胸をなでおろす。


(今日の会議、確か二〇時から国際ホテルで行われる。CEO、遅い時間の会議は大丈夫ですかね……)



 ***



(一九時半なのにCEOがまだ出てこない。もしかして会議のことを忘れて寝ている?)


 小山内子は記憶力が優れているところは先代譲りである。だが、たまーに抜けている部分があるため、それを補うのが秘書谷の仕事である。

 秘書谷がCEOの部屋をノックする。しかし、CEOの反応はない。悪い予感は的中していた。


「CEO、入りますよ! ほら、早くじホテルに行く準備……を……?」


 秘書谷が目にしたのはマスクを付けた小山内子、パソコンを前に姿勢良く座っていた。小山内子は秘書谷の顔を見るなり表情を不機嫌なものへと一変させた。


「ちょっと秘書谷! 会議中よ!」

「会議って、CEO、国際ホテルじゃないんですか?」

「国際ホテルは来週! 今日はオンライン会議でしょ! 秘書谷のくせにスケジュール管理がガバガバね!」

「いや、CEO、……あれ確かに今日は会議ですけど場所は……ここCEOの部屋ですね」

「だーかーら、しっし。秘書谷にはまだ早い話だからあっちいってて」

「……申し訳ありません! 失礼いたします!」

「それに、マスク付けていない人のほうが多かったわ。嘘ばっかりついて、後でお仕置きだから!」


 外に出た秘書谷は頭を抱えてしゃがみ込む。


「ま、またやらかした……。先代、申し訳ありません。秘書谷はまだ、秘書としての努力が足りていないようです……。CEOは初めからオンライン会議を見据えての話をしていました。そういえば、足元があまり気にならないのも上半身しか映らなくて……ああ、CEOの前で至らない姿をお見せしてしまいました……」


 内ポケットから小さいメモを取り出し、秘書谷は今日の日付とともに以下の文章を書き記したのであった。


【秘書谷の教訓】

 会話の時はお互いの言葉の意味が同じか、手間がかかってもきちんと確認すること。思い込みですれ違いを起こしてはならない。


【小山内子の一言】

 オンライン会議で発言をすると自分の顔がアップになっていると思うとうまく喋れないのを、なんとか治したいなあ。

動画を作りたいと思って先にどんな内容になるかを考えながら書きました。いつかYoutubeに動画を挙げられるよう、応援よろしくおねがいします!

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