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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Flower knights

理想世界を夢見る英雄へ

 ひたすら暗闇の中、月明りが私達を照らしてくる。

 とても静かだ。虫も獣も風さえも、一声も上げたりはしない。


 微かに聞こえてくるのは彼の鼓動。その鼓動も、ゆっくりと終わりを告げる。

 体中が血だらけだった。自分のと彼のと半々。

 私の腕は彼の胸に突き刺さっている。突き刺さったまま、動けない。


 彼は人間、そして私は魔人。相容れない者同士、ここで殺し合いをした。

 私の下半身と左腕は切り落とされ、喉元も抉られていた。私をここまで追い詰めたのは彼が初めてだろう。


 腕が震えている。いや、体中が震えていた。

 最初は私の血族を狩って回っている生意気な人間を、ちょっと懲らしめてやろうと思っただけ。

 殺すつもりもなかった。だが結果はどうだ。私はぎりぎりの所で勝利を手にし、彼を死に至らしめた。


 体中が震えていた。

 震えが止まらない。彼の記憶が私の中に流れ込んで来た。

 これまでの経験、人間同士の他愛のない会話、楽しい思い出。

 そして……自らの弟子を目の前で殺されたという、悪夢。


 そこからは、ひたすら憎しみの感情で支配された彼の、魔人を狩る旅の記憶。

 弟子を殺された憎しみに支配され、大好きだった小説も捨てて、ひたすら魔人を殺して歩く旅。


 そしてその道中、私と出会い殺し合いになった。

 

 私は後悔した。彼を殺した事をではない。これまでの生き方そのものに。

 人間は魔人にとって、か弱い多種族という認識。多少腕の立つ人間が居たとしても、ごく一部。

 彼もまた、私の血族の魔人を次々と狩っていた。私は別に仇を取るとかそんなつもりでは無かった。魔人に寿命は無い。死ねば星の地脈へと帰り、そこから新たな魔人が生み出されるというだけの存在。


 永遠という時を、当たり前のように生きる私達にとって、死など大した現象ではない。友たる魔人が死したとしても、あぁ、死んだか……程度にしか思わない。


 だが人間は……彼はどうだ。

 弟子を殺された憎しみのみで、次々と魔人を狩り私も殺そうとした。

 短い時を生きる人間にとって、死は絶大な絶望を生み出す。そんな事は分かっていた。分かっていたけれど、ここまでなのか? ここまで魔人が憎いのか? 何故ここまで憎める、というか、どうやってそこまでの感情を引き出すのだ。


 魔人には無理な芸当。仲間を殺されても、ここまで感情的になるなど在り得ない。ここまでの感情を得る事など出来ない。元々持っていないのだ、永遠を生きる私達に、ここまでの感情は……。



 恐ろしい。怖くて堪らない。こんな感情に支配された人間が、この地上に無数にいると思うと怖くて堪らない。私は何度この死闘を繰り返せばいい? 彼との戦は恐怖でしかなかった。ただでさえ怖かったのに、倒した後でさらにここまで震えさせられるとは思わなかった。


 腕を引き抜き、彼の死体の上へと項垂れる。

 人間は……もう駄目だ。こんな恐ろしい生き物に関わるなんて、もう御免だ。

 永遠を生きる魔人である私が、生きたいと願ってしまった。初めて死にたくないと、無我夢中で彼の胸を刺し貫いた。初めて……死を意識して恐怖した。


「生きたい……」


 私は彼の血を啜る。切り落とされた下半身と片腕を、とりあえず修復せねば。

 本当はこんな血、飲みたくない。でも飲まねば死ぬ。死にたくない。


「もう、たくさんだ……」




 ※




 人間には手を出すな。

 私の血族の魔人へとそう伝えた。しばらくは混乱するだろう。人間は敵だ、敵に手を出すなとどういう事だと文句を言うに決まっている。


 あれから私は自ら率いていた魔人の血族を解散させ、自分は一人、身を隠していた。最初は森の中で過ごそうとも思ったが、彼との激闘は他の人間にも気づかれていたらい。今森の中はくまなく騎士が探索し、私を探し続けている。


 もう人間と関わりたくない。あの騎士達も、魔人に大切な誰かを殺されて魔人を狩っているのかもしれない。憎しみを糧に生きる人間は無敵だ。正直、次に彼のような者と出会ったら……勝てる気がしない。私の足は竦んで動かなくなってしまうだろう。



 森に隠れる事は出来ない。人間は執拗に私を探し続けている。

 何処に隠れればいい? 人間から逃げる為には、何処に……。


 思い悩んでいる私の頭に、奇策が降ってくる。

 人間から隠れるには、人間に成りすますのが一番かもしれないと。


 いやいや、バレたら速攻で殺される。袋叩きにされる。しかし腐っても私は血族の長たる魔人だったんだ。人間達は私の事を神に等しい魔人とかわけのわからない呼び方してるくらいだし、結構私ってすごいかもしれない。なら人間に成りすますくらい……。


 とりあえず、姿を人間に似せてみた。とはいっても元々人間っぽい感じだったから、体系や髪の長さ、爪などを微調整。マントを被って村娘っぽくすれば、人間にしか見えない。たぶん。


 髪はこれくらいでいいのだろうか。腰あたりまでの長い黒髪。髪の長さなど意識した事は無かったから、今まで地面に引きずりながら生活していたけれど。人間はみんな髪は短い気がする。


 そういえば服も調達しなければ。人間はみんな、色とりどりの服を着ている。正直少し羨ましいと思っていたんだ。魔人って基本、素っ裸だし、服なんて作れる器用な奴いないし。物好きが鎧を身に着けてる程度だ。


 とりあえずマントを羽織っていればいいだろう。

 よし、試しに……どこかの村へ溶け込んでみるか。




 ※




 ちなみにここは、グランドレアという国。人間達は自分達で色々と考えて作って生活している。家や食べ物、服に小物、武具に……と、言いだしたらキリがないくらい。


 いきなり大きな町に溶け込むのはキツイ。精神的に。ただでさえ私は人間が恐ろしいと感じている。面と向かって話せるかどうかさえ怪しい。目を合わせただけで腰が抜けてしまうかもしれない。


 それほどまでに私は人間恐怖症に陥っていた。出来る事なら関わりたくはない。でも森の奥深く、洞窟の最深部に隠れていてもいつかは見つかるだろう。それならば、人間として成りすまして街に潜んでいた方が後々いい気がする。それになりより……彼の記憶のせいだろうか。少し興味が湧いてしまったんだ。人間の生活に。




 ※




 人として生活するようになって、数年が経った。

 私にとっては一瞬だが、人間にとっては長いらしい。なにしろ子供が大人になる。驚くほどに外見が変わる。それに比べて私は全く変わらない。でも人間は大した違和感を持つこと無く、ただ私をいつまでも若く見える女として扱ってくれた。



 さらに数年、数十年と経っていく。知り合った人間達は寿命で死んでいく。私の事を妻にしたいと言ってくれた人間も居た。心から愛しいと思ってくれた。だから私は正直に……自分は魔人だと告げた。


「ありがとう……僕の所に来てくれて。君が魔人でも何でも構わない、ずっと一緒に居たい」


 でもそれは叶わない。その男もやがて老人となり、寿命を迎えた。

 少し悲しいという感情が分かってきたかもしれない。わずかな時、たかが数十年。人間はその間に何かを成し遂げ死んでいく。あまりに短い人生。でもその人生の濃さは、魔人である私達とは比べ物にならない。



 そして更に時が経ち、私の周りには家族と呼べる人間達が居た。素性を何度も変え、何度も別れを経験し、何度も死に立ち会った。この家族は大切にしよう。最後の時まで、一緒に……。


 唐突に、家族が奪われた。魔人によって食い殺されてしまった。

 なんだ、この感情は。私も魔人だ。人間を殺した事もある。そう、今まで何人も殺してきた。そんな私が何故、こんな感情を抱く? 憎しみ……悲しみ……居てもたっても居られない。あの日、私を殺しに来た彼も、こんな感情に支配されていたんだろう。


 家族を奪った魔人を皆殺しにした。悲しむ権利など私にない筈なのに、何故か頬を伝る物があった。本当に、本当に彼には申し訳の無い事をした。私はあの時、彼に殺さるべきだったんだ。


 彼が書いた小説を始めて手に取った。児童小説。女の子が、羊の背に乗って空を飛んで旅に出る話。羊と協力し、支え合い、共に時間を過ごす。そしてその話のオチは、羊が魔人だったという……話。


 彼の名はフィーリス。グランドレアの隣国、シスタリアでは有名な小説家であり、魔術師だったらしい。弟子を殺され、彼は復讐に走ったが……それまではずっと、魔人との共存を夢見る稀な人間だったそうだ。


 もっと違う出会いをしていれば、もっと私が早く人間に溶け込んで生活していれば……彼と分かり合えたかもしれない。そして彼の夢を、私は手伝えたかもしれない。そう思うと……とてつもなくやるせない気持ちになった。


 彼の本を読み漁った。読めば読むほど、彼は魔人との共存を強く望んでいた事が分かった。殺し合う必要などどこにもない。人間と魔人は必ず分かり合い、互いを高めていける関係になれる。幾度となく、そんな文章が出てきた。


 勝手に彼の意思を継ぐと決めた。なんという身勝手さ。彼を殺しておいて、一体何を言っているんだと自分でも思う。でも私は決めたんだ。彼の意思を継ぎ、人間と魔人の共存を実現してみせる。


 


 どっかの馬鹿魔人が、大群を集めて人間に戦争を仕掛けようとしていた。私の昔の知り合いだった。勿論説得しようとしたが、門前払いだった。私は人間に手を出すなと言い放った魔人、腰抜けだと罵倒を浴びた。この時私は分かってしまった。もう私は魔人にも戻れない。だからといって人間になれるわけでも無い。私は中途半端な存在。人間にもなれず、魔人に戻る事すら出来ない哀れな存在。それが私だった。


 戦は多くの犠牲を出した。あの馬鹿は最後まで笑いながら、楽しそうに……人間と戦って死んだ。あの馬鹿は馬鹿なりに人間を愛でていた。愛していた。宿敵として。戦う事でしか自己を表現できない奴ほど迷惑な存在は無い。この戦争を止める事が出来なかったのは私の落ち度。私には決意が足りなかった。


 もう、魔人に戻れなくてもいい。完全な人間になれなくてもいい。私はずっと、彼らと共に生きていく。



 もし私を殺したいという人間と出会ったら……潔くこの命を捧げよう。

 その時まで……私は夢の為に、彼の理想のためにひたすら生きよう。生きて、いつか彼の求めた世界を。



 

 そして彼に捧げよう。

 彼が夢見た、理想世界を。





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