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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第一章 宇宙からの石
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ドクターユイ 再び(前篇)

わしのへや はいるな!


そう書かれたドアをノックする。

「はいってます。」

いつもの、間の抜けたボケが返ってきた。

「トイレじゃ無いんですから。」

苦笑交じりにドアを開ける。


黒縁の伊達メガネをかけたこの部屋の主が、大きな椅子にちょこんと座り、日頃から撮り貯めているアニメを見ている。

サラサラの黒髪をおかっぱにした妙齢の女性だ。


ぶつぶつと呟きながら、画面に食い入るように没入しているその様からは、普段の

「クールで知的でナイスバディな雰囲気が醸し出されていた♪」

「…勝手に人のナレーションに入ってこないでください。誰がクールで知的でナイスバディですか?しかも、クールと知的はかぶってますし。」

「そう言うカワムラ君こそ、今時おかっぱは無いじゃろう、おかっぱは。せめてショートボブと言わんか。」

「はいはい。新しい仕事ですよ所長。」

「えー、今良いところじゃのに…」

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、火星から急ぎの依頼が来ておりますので。火星開拓は人類の一大プロジェクトですので、最優先事項です。」

「火星関連ならば、急がねばのう。」


小包を開封する。

中には分厚い手紙と、小さなメモリが入っていた。

彼女は依頼を受ける時、「次からはなるべく紙媒体で」と頼むことが多い。

そのことは、ハートマークの溢れる彼女のブログにも、大きめのフォントで明記されている。

今回の依頼主はそのことを知っていたのだろう。

「どれどれ。ふんふん。」

彼女は読み始める。


読み進めるにつれて、顔からは笑みが消え、ある種近寄りがたい程の真剣な表情になる。

常日頃のおちゃらけたキャラクターは彼女なりの照れ隠しであり、実はこっちが本性だ。

このモードに入ると、うちの所長は誰よりも切れる。


「カワムラ君。」

「はい。」

「このメモリに入っているデータを項目毎にプリントアウトしてくれ。あと広い場所が要るのう。ダイニングのテーブルでやるか。」

「じゃあ、先に昼食にしますか?簡単なものを作りますよ。」

「うむ。レタスチャーハンが良いぞ。」

「分かりました。すぐに作りますね。」

「大盛で頼むぞい。ではプリントアウトはわしの方で先にやっておこう。」


キッチンに移動すると、冷蔵庫から材料を取り出す。


レタスを5×5センチ程にちぎって洗い、ざるにあけて水をきっておく。

私物の中華鍋(この研究所にそんな本格的な物は無いので、いくつかの調理器具は私物を持ち込んでいる)を熱し、多めのラードを入れる。

ラードが溶けたら溶き卵を入れて軽く炒め、温かいご飯を入れる。

冷えたご飯の方が良いという意見もあるが、鍋の温度が急激に下がるため、私は温かいご飯派だ。

強火で炒め、塩とうま味調味料を入れる。

米粒を躍らすのは楽しい。

レタスを入れるので、ラード、塩、うま味調味料はやや強めにしておく。

最後にレタスを入れて軽く炒めたら完成だ。

皿に盛り、スープをよそったところへ彼女が現れた。


「いい匂いじゃ。」

彼女が書類の束を持って、ダイニングに入ってきた。

「いいタイミングですね。熱いうちに召し上がって下さい。」

「いただきまーす!」

ハフハフ、シャリシャリと幸せそうに咀嚼している側で、私は手紙に目を通す。


あらましはこうだ。


火星開拓隊のある組が、元素変換装置を設置。

  ↓

地盤が硬く、ドリルを変更。土壌サンプルは採取できず。

  ↓

元素変換装置の稼働試験は問題無し。

  ↓

翌日、回りを溶岩で囲まれる。

  ↓

元素変換装置で溶岩を元素変換しようとするもうまくいかず。

  ↓

プログラムの書き換えを試みるも効果無し。

  ↓

プログラム書き換えを利用して、空気を作り、焚き火、酒盛り。

  ↓

翌日、溶岩消失。


今回の依頼は、これら事象の原因解析と、今後の予防法の提示だ。


彼女がチャーハンをもうすぐ食べ終わりそうだったので、コーヒーとアイシングクラッカーを用意しておく。


「ふう、ご馳走さま。相変わらず、カワムラ君のチャーハンは美味いな。味が濃いのも良い。」

「ありがとうございます。早速始めますか?」

「無論じゃ。石の元素変換に関する基礎理論を組み上げたのは我々じゃからのう。人が死にかけたともなれば責任の一端はある。まあ原因についてのみならば、今回はわりと簡単な案件じゃがな。」

「えっ?もう原因は分かってらっしゃるんですか?」

「まあ、の。」

さすがはドクターユイ。その勘の鋭さは健在だ。


ダイニングテーブルを片付け、プリントアウトされたデータを並べていく。

膨大な量があるので、データの種類毎にある程度まとめておく。

もっとも、テーブルの片隅にアイシングクラッカーの菓子皿も置くのだが。


「一体どういうことだったんです?」

「その前にカワムラ君、火星は遠いゆえに今回、土壌サンプルは届いて無いじゃろうが、向こうで分析はやったのかの?」

クラッカーをポイポイと口に放り込みながら、彼女は問う。

私は手紙の内容を思い出す。

「事故が起こった地点での土壌サンプルは採取できていないそうですから、当然まだでしょうね。他の地点については火星で分析が始まっていると思いますよ。ええと、ああこれだ。」

データの山をあさり、彼女に分析結果を渡す。

「鉄、シリカ、アルミ、銅、その他重金属などなど。大方は予想通りじゃな。今回の事故地点のサンプルは今も未採取かの?」

「いつまた溶岩が発生するか分からないので、遠巻きに観察しているだけの様ですね。」


私もつられて、クラッカーをつまむ。

「待て、カワムラ君。緑色のはわしのじゃ。白いのを食べなさい。」

「はいはい。」

緑色のアイシングのは口に入れた直後だったので、それは気付かないふりをして嚙み砕き、改めて白いアイシングのをつまむ。

「むむう。」


「で、この地点での土壌サンプルがどうしたんです?」

彼女は、あまり数の入っていない緑色のアイシングクラッカーに気を取られたまま答える。

「そこに石があるのじゃ。しかも、かなりの量のな。」

彼女は、しれっと重大なことを言った。


私は彼女の言葉の意味を反芻して、しばらくフリーズしていた。

「…本当ですか、それは?」

「嘘をつく理由は無いんじゃが?」

「まあ、そうですけど…」


これはまた、とんでもないことになった。


かつて、月で見つかった「石」と呼ばれる隕石。

これは与えられたエネルギーを糧として、周りにある物質の元素変換をする。

まさに、古の錬金術師たちが夢見た賢者の石なのだ。


苦労したのは、任意の変換作用を起こさせるために必要なエネルギー供給パターンの特定だった。

与えるエネルギーの量、種類、タイミングよって全て異なる結果となったため、任意の元素を得るための再現性の確認にはかなりのマンパワーと時間が必要だった。

実際、この研究所だけで賄えるものでもなく、彼女が基礎理論を構築した後は、世界的なプロジェクトとして地球および月の科学者が全員で取り組んだものだ。


人類が夢見た、資源の完全リサイクルと新素材の開発。

それは今や夢物語ではなくなったのだ。


「あのうカワムラ君、盛り上がっとるところすまんがの、ちょいとこいつの計算を手伝ってくれんか?」

「失礼しました、つい興奮しまして。」

思わず赤面し、胡麻化すかのように資料を手に取る。

「まあ分かるがの。これまで月をくまなく探したのに、見つかった石はたった一つ。最初にプッカさんが見つけたものだけじゃ。元素変換装置に使うのは、ほんの小さな欠片で良いとはいえ、いずれ足りなくなることは予想されていたからの。」

「そうですよ。しかしこれで、この先の見通しは明るくなりましたね。」

「我々科学者も忙しくなるぞい。」


データ検証の結果、少なく見積もっても月で見つかった最初の石の50倍は下らぬ大きさの石が火星に埋まっていることが分かった。


「それで、今回の原因とは?一体どういうことだったんです?」

2袋目のアイシングクラッカーを開け、菓子皿に盛る。

彼女が素早く緑色のクラッカーをかっさらう。

「ここに注目じゃ。稼働テスト時の使用電力が通常より多くなっておる。」

もぐもぐと口を動かしながら、使用電力記録の一点を指差す。


「確かに。これは誤差のレベルを超えてますね。ということは、装置の故障ですか?」

「装置についての検査結果を見たが、異常は無かった。つまり、元素変換のテストを行うにあたって、かなりのエネルギーがどこかへ消えたことになる。」

「あ、それで火星に石があるはずだと。火星に元からあった石がそのエネルギーを吸い取ったと。」

だが、それにしては?

「そう、辺り一帯を溶岩に変える程のエネルギーでは無い。到底足りんわい。」


混乱してきた。

私もコーヒーをいただくとしよう。


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