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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第一章 宇宙からの石
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焚き火

溶岩は、ゆっくりと、だが確実に2人に迫りつつあった。


「こんなもんか。」

レンとジルは、全てのデータを入力したメモリを、コンテナの片隅にあった緩衝材で幾重にも包んでいる。


あれからジルとレンは、本来は禁止されているプログラムの書き換えを試み、いくつかの方法を試してみた。

だが、どれも周りを囲む溶岩を押しのけることはできなかった。

万策が尽きた2人は、これまでの経緯と対処方法とその結果、その他思いつく限りのデータを、幾つものメモリに入力し、緩衝材で包んだ。


「よし、いいぜ。まずは東からだ。」

そう言うとレンは、ボーリングマシンを分解して組み上げた手製のパチンコにメモリをセットし、ばねの力で打ち出した。

「届いたか?」

「もうすぐ、だ、よし!対岸ギリギリだが、届いたぞ。」

2人は方向を変えて、メモリを打ち出した。

幾つかは溶岩に落ちて燃えてしまったが、幾つかは溶岩の向こう側へ転がった。


「よし、これでやる事はやった。やれるだけはやった。」

「うむ。あとは皆に任せるとしよう。」


2人は座り込むと、さっぱりとした笑顔で握手をした。


「俺たちはここまでだ。」

「願わくは、後に続くもの達の役に立てばよいのだが。」

「そりゃあ間違いないだろうぜ。火星で溶岩なんて想定の範囲外もいいところだ。俺達の犠牲はきっと誰かの役に立つ。」

「そうだな。」


レンはからからと笑う。

「さて、あとは思い残すことの無いように。」

ジルがセリフを引き継ぐ。

「今日の分を、飲むとするか。」


…………………


「飲む前にちょいとやる事がある。」

レンはバッテリー残量を確認すると、端末を操作し、ポリマーアンテナを自分達に向けた。

物質変換波を自分達に向けて当たるよう調整する。

「何をするつもりだ?」

「なあに、脱出するには残量が足りないが、最後に俺達が楽しむぐらいは残っている。」

そう言うと、レンは躊躇うことなく気密服のヘルメットを外した。

「おいっ!」

「大丈夫だ、ジル。物質変換波は生物には無害だ。今、俺達の周りの大気を空気に変換している。見ての通り、十分に呼吸できるぜ。」

それを聞き、ジルも恐る恐るヘルメットを脱ぐ。

止めていた息を吐き、ゆっくりと呼吸をする。

空気は熱く、鉄の匂いがした。

「これはいい!他の連中には悪いが、火星でのバカンス一番乗りだな。」

「それだけじゃないぜ。」

レンはコンテナから、不要となった木枠や段ボールなどを抱えてくる。

「今度は何をするんだ?」

「決まってるだろう?キャンプに来たら、焚き火をするのさ!」


レンは、小さなスコップを使って地面を掘り始める。

赤い大地は固く、なかなか掘り起こせない。

「えらく固いな。そういえばボーリングもうまくいかなかったし、この辺りにでかい岩でも埋まっているのだろうな。」

5センチほど掘ると、地面よりさらに赤い岩が現れた。

「こいつだな、固いのは。仕方ない、このぐらいでいい。」

レンは掘った穴に木枠と小さくした段ボールを積み上げると、私物の入った鞄を開け、火打石を取り出す。

「へへっ。こいつは、俺の御守りさ。どこへ行くにもこいつだけは連れていくことにしてる。」

自慢気に見せると、手早く火種を作り、火をつけた。


「手慣れたものだな。」

端末を捜査して水を作りながら、ジルが感心する。

「まあな、ソロキャンプはかなりやってるからな。」

「ご家族とは?」

「嫁は寝袋より布団で寝たいタイプでな。一人息子はとっくに独立してる。まあ昔はキャンプで肉の焼き方を教えてやったもんさ。別れの挨拶は済んでいるよ。そういうジルはどうなんだ?」

「一人娘は嫁いだ。妻は去年他界しているし、孫の顔も見た。思い残すことは無い。」

「そうか。お互い、笑って死ねるな。」

「よし、最後の乾杯をしよう。」


焚き火が燃える。

ジルはソーダ割りを作るかと思いきや、私物用鞄を開け、2本のペットボトルを取り出した。

「おいおい、なんだそりゃあ?」

レンが素っ頓狂な声をあげる。

「ふむ、割れないように瓶でなく、ペットボトル入りなのは勘弁してくれ。こいつは、娘の嫁ぎ先で造っているワインさ。」

「本当かよ!」

レンは思わず喉を鳴らした。


「本来なら、任務が終わってから飲もうと思っていたのだがな。飲まずに死んでは、娘夫婦に申し訳がたたん。」

「と、いうより、成仏出来ねえよ。」

「そういうことだ。赤も白もあるぞ。さあ飲もう!」

「ありがてえ。」

2人はカップにワインを注ぐ。

いつしか空は青く暮れてきていた。


「火星の未来と人類の繁栄に!」

「そして我々の悔い無き人生に!」

カップを合わせる。

「乾杯!」

「乾杯!」

香りを楽しむのももどかしく、2人はひと息に飲み干した。

口から喉、食道、そして胃の腑へ沁みわたる。

無言で、しばし余韻を楽しむ。

そして2人は、心から大いに笑った。


..........


「旨いな、このワイン。赤も、白も良い。専門的なことはよく分からんが、超辛口なのに、搾りたての果汁の様に香りがフレッシュだ。」

レンはしきりに感心する。

「ああ。娘はワイン醸造家に惚れて嫁いだものの、ワイン自体は苦手でな。それで旦那が色々と工夫したようだ。」

ジルは自慢気に義理の息子を褒める。


紅白のワインはたちまち空になった。


「よし、焼酎にするか。さっきプログラムの書き換えを試した時に、良いものを見つけたぞ。」

真面目なジルが、珍しくニヤリと笑う。

「何があったんだ?」

とレン。

「こいつさ!」

とジルが見せた端末には、「アルコールチケット:∞」とあった。

レンは吹き出し、ジルの肩をばんばんと叩く。

「何てこった!今日は人生最高の日だな!」

「よし、飲もう!」

「飲もう!」


火星の夜はふけ、辺りはすっかり暗くなった。

あれから2人は、何杯もソーダ割りを飲み、笑い、人生について語り合った。

そして前後不覚になるまで飲み、酔い、また飲み、酔った。

ありったけの燃えるものをかき集めて作った焚き火は、勢いよく燃えていた。


2人が酔いつぶれて眠り込み、燃えるものの無くなった焚き火は燃え尽きて消える。


しばらく後.....

大地が青く輝きだした。


...........


火星に太陽が昇り、赤い大地を照らす。

ゆっくりと気温が上がってきた。


通信機が雑音混じりにがなりたてる。

「...応答セヨ。コチラ本部、応答セヨ。」

その大きく不快な雑音により、2人は目を覚ます。


「うるせえな...痛っ!ちくしょう、頭が..割れる...」

「うぅっ...さすがに飲み過ぎた..つらい.....いや待て、通信が回復したのか?」


レンは、通信機に這ってゆく。

「はいはい、今出ますよ。そんなにわめきなさんなって、あツッ!」

頭を抱える。

「おいっ!」

「あぁ?後にしてくれジル...痛つぅ..」

「おいっ!レンっ!おいっ!」

「何だよ?元気だなお前さん..はいこちらレンです..って、え??」

2人は耳障りな通信機への返事も、2日酔いの頭痛も忘れて、呆然と辺りを見渡す。


「どういうことだ?俺達は夢でも見ていたのか?」

「そんなはずは無い...と思うのだが..」


2人を飲み込み、焼き尽くすはずだった溶岩は姿を消し、溶岩のあった地面はドーナツ状に深く窪んでいた。


「と、とにかく、ここから離れよう。」

「そうだな。その方がいい。」


2人は慌てて酒盛りの残骸を片付けると、ヘルメットをかぶり、車に飛び乗る。

痛む頭を抱えて、レンはアクセルを踏み込む。

隣では、ジルがこみ上げる吐き気と闘いながら、本部と連絡を取っている。


「ちくしょう、痛ぇよお!!」

「うぅっ...ダメだ、吐きそうだ...」

「おいおいおい!やめろやめろやめろ!もうすぐだ、もう少し待て!!」


窪んだ悪路を爆走しながら、レンとジルは呪いの言葉を吐き続ける。

そこに、昨日までの気高い2人の姿は無かった。


そこにいたのは、有史以来あまた存在する、愛すべきダメ親父達の姿であった。


...........


ようやく窪んだ大地を越え、平地に出た。


レンとジルは車から転がり落ちる様に降り、赤い大地に大の字に寝転がって荒い息をつく。


「頭痛え...」

「気持ち悪い...」


生欠伸をして不快の波に耐えながら、時間の過ぎるのを待つ。

しばらくして、ようよう身を起こすと、ジルは端末を操作し、ずいぶんと遠く離れてしまった変換装置の端末を自分達へ向けた。


「どうしたんだ?」

「ヘルメットがつらい。とにかく深呼吸がしたい。」

「同感だな。なまじ昨日は解放感あったからな。」

物質変換波を自分達へ当てて、再び周りに空気を作ると、2人はヘルメットを脱いだ。

「バッテリー残量があまり無い。日が昇って充電は始まっているが、まだ追い付かない。せいぜい15分がいいところだ。」

「それだけあれば充分だ。」

レンはニヤリと笑う。


レンが私物用の鞄をあさる。

「へへっ、もうダメかと諦めていたんだがな。昨日のワインの礼ができる。」

「何だ?悪いが酒なら今は結構だ。迎え酒はかえってつらくなる体質でな。」

「そんなもんじゃねえよ。よし、昨夜の寒さでよく冷えてる。ちょうど2本あるしな。」


レンは2本のペットボトルを取り出す。

誇らしげに見せる。

「どうだ!」


それは、有名なメーカーのミネラルウォーターだった。

「こいつは!有難い。何よりの礼だ。」

ジルが心底嬉しそうに笑う。

「やっぱり2日酔いの後にはよ、作った水より地球の水さ。」

「君の秘蔵のドリンクが、まさか酔い覚めの水とはな。」

「まさに甘露ってやつさ!」


キャップをひねって開け、ペットボトルを高くかかげる。

「では無事の生還と。」

「地獄の2日酔いに。」

「乾杯!」

「乾杯!」


2人は、ごくごくと喉を鳴らし、生きている喜びをかみしめたのだった。

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