元素変換装置
火星の荒野を走り続け、最初の目的地に着いた。
「さっそく始めるぞ。」
「広い場所が要るな。車をもう少し前に移動させよう。」
2人はコンテナを開け、資材を取り出し、準備に取り掛かる。
レンは、分割収納されていたボーリングマシンを手早く組み立て、設置場所を調整する。
ジルはモニターで緯度経度を確認しつつ指示を出す。
「この辺りでいいか?」
「もう少し右、あと半歩ぐらい。よし、そこでいい。」
ボーリングマシンを固定し、稼働させる。
ドリルがゆっくりと大地を穿ってゆく。
「地盤はあまり固くは無いようだな。」
「まあ、この星についてはまだまだ未知の部分が多い。崩落など起こらないと良いのだが。」
「まったくだ。」
しばらくすると、既定深度までの掘削が完了した。
地表付近、再深度、およびその中間の土壌サンプルを採取し、あらかじめ地点情報をラベリングしてある小さな瓶に入れて封をする。
「さて、いよいよだな。」
そう言うとレンは、運搬のため何本にも分割されていた特殊ポリマーの柱を連結し、地面に穿たれた穴に差し込んでゆく。
最深まで到達すると、今度はジルが、地面にわずかに突き出たポリマーに元素変換装置を連結する。
この装置は、本プロジェクトのため特別強力に作られたもので、彼等開拓隊の任務とはまさに、火星表面にこの変換装置を等間隔に設置することである。
装置をしっかりと地面に固定すると、今度は装置上部にも、同じポリマーでできたアンテナ状の部品と、防錆処理を施された金属性のアンテナの2基を接続する。
「よし、あとは仕上げだ。」
最後に、装置の周りに太陽電池パネルを並べ、装置のバッテリーと接続すれば完了だ。
「稼働テストを始めるぞ。念のため少し距離を取ろう。」
ジルが手元の端末から稼働開始のシグナルを装置に送る。
2人は固唾を飲んで、それぞれの計器を見つめた。
金属製アンテナが開始シグナルを受信すると、まずは太陽電池が稼働し、発電を行う。
「発電状態問題無し、充電も良好。」とジル。
しばらくして充電が完了すると、元素変換装置が稼働し始める。
「装置の稼働を確認。物質変換波を放射する。」
レンは地中の様子を電磁波レーダーでモニタリングする。
「地中杭のさらに深度、約50km奥で地質の変化、発熱及び液状化を確認。」
「稼働テスト成功。テストを終了する。稼働停止よし。」
「地質変化の進行停止を確認。元素変換停止よし。」
2人は笑顔で頷き合う。
「まずは成功だ。やったな。」とレン。
「君のことだ、早速祝杯を上げたいのだろうが、夜までお預けだぞ。次の地点へ向かおう。」とジル。
「いやいや、今飲んじまったら、今夜退屈に襲われる。次だ次。」
「うむ、酒は一日の終わりにな。」
2人は機材を片付けると、意気揚々と次の地点へ向け出発した。
………………
元素変換装置には、月で見つかった「石」の欠片が内蔵されている。
外部から太陽電池のエネルギーを供給された石は、周りの物質を元素変換させるエネルギー波を放射する。
このエネルギー波の詳細は未だ解明されていないが、便宜的に物質変換波もしくは元素変換波と呼ばれている。
通常であれば、石に直接触れている気体から順次変換してすぐに減衰するため、物質変換の効果を石から遠く離れた物体へ及ぼすことはできない。
そのため、ある特殊な高分子重合体、いわゆるポリマーが開発された。
開発のきっかけは、物質変換波が発見された際、人体に全く影響を与えなかったことである。
元素を変換させるほどのエネルギーの奔流は、常識的に考えて、放射能以上に危険なシロモノのはずであった。
実際、最初にこのエネルギー波を発見した科学者は、当初死を覚悟したという。
(その科学者は若い女性だったのだが、「まだ若い身空で身罷ることになるとは、まさに美人薄命じゃのう、よよよ。」などとのたまったそうだが、詳細は不明である。)
話がそれた。
物質変換波が人体どころか、動植物問わず生命体に対して全く無害であったことから、生命体には及ばずとも、複雑な組成の物質には効果が薄いとの仮説が立てられた。
そこから試行錯誤が繰り返され、ある特殊で複雑な組成のポリマーを(無論このポリマーは物質変換波の影響を受けない)アンテナとして用いることにより、物質変換波を、目的とする物質まで減衰せず届かせる技術が確立されたのである。
今回のプロジェクトにおいて設置される元素変換装置の役割は2つあり、地中と上空に向けられたポリマーアンテナがそれらを担う。
第1段階として、地中に埋め込まれたポリマーアンテナから放射される物質変換波によって、火星奥深くの地質をグラデーション様に順次変化させ、その比重変化によるストレスで熱を生み出し液状化、対流を起こさせる。
同時に地質を重い元素に変換し、火星自体を重くする。
そうすると何が起こるのか?
惑星内部での対流により磁場が発生し、惑星自体が重くなることで重力が増すのである。
磁場と重力、火星の大気を安定させる条件が揃ったら、第2段階へと移行する。
上空へ向けられたポリマーアンテナで、二酸化炭素を多く含む火星の大気を、窒素と酸素、すなわち空気へと変換させるのだ。
………………
レンとジルは、どこまでも続く赤い大地を走り、元素変換装置を設置してゆく。
時折、近くの拠点へ寄って物資を補給しては、また赤い大地へ走り出す。
いつしか、1年が経とうとしていた。
「予定では最長で2年だから、ずいぶんと早いペースだな。まあ、早く帰れるに越したことはないがな。」
レンがハンドルを握りながら言う。
「最後に、各6拠点にメインアンテナを建てる仕事が残ってるぞ。」
と、ジルが答える。
「それだよ。俺達があちこち回ってる間に本部の連中でやっといてくれりゃあいいのにな。」
レンがぼやくと、
「まあ、そう言うな。全ての変換装置が設置されてからでないと、微妙な位置調整ができんのだからな。」
ジルがなだめる。
次の目的地に着く。
そして今日もまた、いつもの作業が始まる。
…………………
その日はいつもと違った。
「うん?」
「どうしたレン?」
「いや、地盤が硬いな。ドリルが入っていかねえ。地下10メートル辺りからやたら硬くなってる。ドリルを換えるぜ。」
レンは、こういう時のために用意されていた特殊ドリルに換装する。
このドリルは、硬い地盤を砕くことを優先したもので、土壌サンプルは取れない仕様になっている。
再びドリルが潜ってゆく。
「どうだ?」
「まあ、何とかなるかな?かなり負荷がかかってるようだから、ゆっくりやろうや。一応、本部へ報告しといてくれ。」
「了解した。」
ジルは手早くメールを送る。
まだまだ未知の惑星である。
どんなに些細なことでも、普段と違う異常はすぐに報告することになっていた。
「よし、掘れたぞ。次の作業に移ろう。」
いつもの様に元素変換装置を設置し、テストをする。
問題は無かった。
少なくとも、この時点では。
「空が青くなってきた。今日はここまでにしておこうか?」
「そうだな。テントを張って休もう。」
2人はテントを設置し、レーションを齧り、ソーダ割りに酔って眠りについた。
真夜中、二人を囲む大地が、淡く赤く輝き出した。
……………………
「何だこりゃあ?」
「.....」
翌朝2人が見たものは、彼等をドーナツ状に囲む溶岩の池だった。
元素変換装置を中心に直径100メートル程の赤い大地、その回りを幅50メートルはある溶岩がぐるりと囲んでいる。
「装置が暴走したかな?」
計器を確認しながらレンが呟く。
「かもしれないな。ふむ、駄目だ。本部と連絡がつかない。あの溶岩のせいかもしれないが、電波が妨害されてしまう。」
ジルが淡々とそれに答える。
「あの幅では車での脱出も...難しそうだな。」
年の頃か、心の強さか、2人の声は妙に落ち着いている。
2人は原因を探るべく、装置の解析を始めた。
「昨日の時点では、特に問題は無かったよな?」
「うむ。装置の作動、地下での流動化確認、装置の停止、流動化進行停止の確認、いずれも記録が残っている。」
「指差呼称もちゃんとしたぞ。って、うん?」
レンが回りを見渡す。
「どうした?」
「いや、気のせいならいいんだがな。だんだんと、狭まっていないか?」
ジルも立ち上がって見回す。
「そうだな、僅かずつだが、進行しているようだ。」
「急ぐか。」
「うむ。」
2人は対策を練り始めた。
「昨日のテスト以来、装置は稼働していない。今もだ。」
「しかし、昨日は無かった溶岩がいきなり出現したところをみると。」
「そうだな。電波が妨害されていることを鑑みても、何らかの元素変換が起こっているのは間違いない。」
「と、いうことは、あの溶岩に物質変換波を当てて、水にでも変えてしまえば脱出できるかもな。」
「よし、やってみよう。」
ジルは変換装置の地上のポリマーアンテナを溶岩に向けて調整する。
「物質変換波、照射開始。」
「変換を確認。あらら、あっという間に蒸発しちまう。逃げ道を作るには足りないな。」
「バッテリー残量と、今から発電する分を合わせても無理のようだ。」
「オーケー、一旦止めよう。」
日が昇り、気温が上がる。
夜間には零下50℃にもなる冷たさは、日中には30℃付近にまで上昇する。
「ちくしょう、暑いな。」
「只でさえ、あの溶岩に囲まれていてはな。」
「さて、どうしたものか。」
溶岩の輪が少しずつ迫ってきていた。
「とりあえず、車とコンテナの接続は外しておくか。脱出する時に邪魔になるだろうからな。」
それからレンは、コンテナの物資を漁って、使えそうな物が無いか探す。
「うーん、梯子でも作れないかと思ったが、強度も長さも足りないな。」
「予備のポリマー柱は使えないか?」
「こいつは熱可塑性の樹脂だから無理だな。」
そう言いながらもレンは、ボーリングマシンを手早く分解して、何かを組み立て始めた。
ジルは、端末にコマンドを打ち込みながら、物質変換波の増幅が出来ないか試している。
「手伝うぜ。」
と、レンも隣に座り込む。
「いや、君は、昨日からの一連の事象について実測値、写真、対応と結果など全てのデータをまとめておいてくれ。」
ジルはレンの組み立てた物を見て、微笑んだ。
「へへっ、お見通しか。諦めるのは早いかもしれないが、一応な。」
「分かっているさ。お互い、覚悟はできていたはずだからな。」
「そういうこと。さあ、もう少し頑張りますか。」
赤い大地を這う様に、赤い溶岩が近付いてきていた。
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