レプトセファルス
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濃密な水の重さと冷たさが、辺りを単なる暗闇以上の暗黒へと変える。
他の乗客達も窓の外を覗き込み、皆一様に呻いていた。
ライトで照らされても尚、黒々とした中央の歪んだ球体を、まるでイバラの様に取り囲む歪な無数の柱。
灰白色のその柱も、単なる円柱ではなく、ふくらんだりへこんだり、また微妙に曲がっていたりしており、またその太さもバラバラだ。
その様は、見ている者をして不快にさせずにはおかないデザインであった。
「ずっと見ておると、なんだか酔ってくるのう。」
「確かに。なんと言うか、絶妙に気持ち悪いですね。」
皆、同じ気持ちらしく、顔に不快の2文字を浮かべながらも、それでも好奇心には逆らえずに窓に貼り付いているのだった。
「ん?何か光ったぞい。」
「本当ですか?どこです?」
私達の会話に混ざるように、あちこちから声が上がる。
「ホントだ。キラキラしてる。」
「ライトを反射しているのかな?」
「なんだか増えてきていないか?」
つられて私も窓を覗く。
あの柱の形状、やはり気持ちが悪い。
じっと見つめているのが苦痛に感じる。
うちの所長は「非ユークリッド幾何学的」と評したが、むしろ「幾何学的に狂った」と表現したいところだ。
ぐっとこらえて我慢して見つめる。
......本当だ。
無数の柱で形成された隙間に、これまた小さな光がきらきらと輝いているのだ。
「魚のようじゃな。無数におるわい。」
彼女がぼそりと呟く。
「え?こんな高い水圧下で魚が生存できるのでしょうか?」
「現にいるのじゃから、認めるしかあるまい。生存は可能なんじゃろう。どんな魚か気になるのう。カワムラ君、隣の部屋へ行ってカメラをズームするよう伝えてくれ。」
「承知しました。」
だが、私が行くまでもなく、部屋に備え付けのディスプレイ画面にそれが映し出された。
隣の科学者達も、あれに目がくぎ付けなのだろう。
それは、葉っぱの様な形で全身が透き通り、目だけが黒かった。
大きさは数センチといったところか。
そんな無数の魚の群れが、その身をくねらせて泳ぐ度に、ライトの光を反射してきらきらと輝いて見えたのだ。
「やはりな。レプトセファルスじゃ。」
「何ですかそれは?」
その疑問に彼女が答える前に、他の乗客が叫んだ。
「ウナギの稚魚だっ!マリアナ海溝で産卵するのは知られていたが、まさか最深部にまで潜っていたなんて。」
うん?
ウナギの稚魚?
「所長、ウナギの稚魚って、確かシラスウナギって言うんじゃありませんでした?もっとこう、細長くて......」
「レプトセファルスは、シラスウナギの前の段階じゃ。あれらが成長してシラスウナギになる。わしらが美味しくいただいておるウナギは、たとえ養殖されたものでも、天然のシラスウナギを捕まえて育てておるのじゃ。」
「人工孵化とかは?」
「成功例はいくつかある。じゃが、十分な採算が取れるまでには至っておらん。」
「へえ......」
「で、マリアナ海溝で孵化するらしいことは分かっておったのじゃが......まさかあの、なんとも気持ちの悪い物体の隙間にいるとは......酔わんのかのう?」
複雑に絡み合った、不快な空間。
その中でくねくねと泳ぐレプトセファルス。
ウナギの寝床という言葉に、違う意味が付加されそうであった。
「それにしても気になるのは......」
「ええ、真ん中のあの球体ですね......」
「回りの不快な柱達は、まるで、あの球体を閉じ込めるための、なんだか檻のようにも見えるのう......」
ふと、嫌な予感がした。
乗客の一人が叫ぶ。
「おい!あれ!あの真ん中の丸いヤツ、動いてるぞ!!」
つられて私もそれを凝視する。
ああ、気分が悪い。
「何じゃあれは?」
その歪な黒い球体は、今は球体ではなかった。
ぐにゃりぐにゃりと蠢き、ぶるぶると震え、そして無数の黒い粒に分かれたかと思うと、不快の檻の隙間から、ポコリポコリと外へ出ていく。
そして、その黒い粒々は、再び一塊の球体に戻りながら、我々の方へ近寄ってきた。
「見ろ、こっちへ来るぞ!」
「ヤバくないか?この潜水艦は大丈夫なのか?」
「逃げなきゃ!早く浮上しましょうよ!」
乗客達が軽くパニックになる中、私の雇い主は目を閉じてなにやらブツブツと呟いていた。
「......所長?」
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