気を付けて
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「来たぞっ!マリアナスネイルフィッシュだっ!」
大きな頭部に比べ薄く先細った体。
そして、頭部から生えた大きな胸ビレ。
その胸ビレを除くと、ちょうどオタマジャクシの様な外観を持つその魚は、二つの胸ビレと細い尾ビレを動かして泳ぎながら、アームの先に付けられた餌に喰らいつく。
その泳ぎ方と、とぼけたような顔の造形は、覗き窓にへばりついた者達に、興奮と癒しという相反する感情を生み出させていた。
「可愛い.....」
「動画なんかで見たことはあるけど、ホンモノは初めてだ。」
「今、水深何メートルかな?」
「7700メートルを越えたところだ。」
「最深記録よりは浅いな。」
まるでアルビノの様な白い魚。
最初一匹だけだったそれは、一匹また一匹と数を増し、いつしか二十匹近くにまで増えていた。
艦内がざわめき、あちこちでため息が漏れる。
それは正に、サーチライトに照らされた限定空間に出現した異世界であった。
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「うん?なんじゃ?」
群れなす白い魚に心奪われていた私は、そのうちの一匹が群れを離れ、こちらに泳いでくるのに気付いた。
その魚は、真っ直ぐに私の雇い主の覗き込む窓へとやって来た。
他の皆は、魚の群れの方に夢中で、気付いていないようだ。
窓を挟んで、彼女と魚がにらめっこをしている。
「所長に用があるんですかね?」
「しっ!少し黙っておれ。声が聞こえづらいわい。」
「......」
他の人ならば、「何を馬鹿なことを」と笑い飛ばすであろう。
だが私は、彼女の力を知っている。
この世界の理を垣間見ることのできる彼女の特殊能力を。
「ふうむ。」
「......」
「分かった、気を付けることにしよう。」
その魚は、再びいそいそと餌の方に戻っていった。
難しい顔で考え込む彼女。
私は恐る恐る、話しかけた。
「何かメッセージでもありましたか?」
「魚の思考パターンじゃから、うまく言葉にはしにくいがのう。」
「ざっくり言うと?」
「餌のお礼に、我々に注意喚起をしてくれたんじゃ。」
我々はそっとその場を離れ、部屋の隅へ移動した。
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「何か危険なことでも?」
なにせここは、水深約8000近くの深海。
1平方センチメートル当たり、800kg近くの水圧がかかる過酷な世界だ。
万一のことがあれば、我々は皆、生きて戻ることは出来ない。
何が起きるのだろう?
海底火山の噴火が近いとか、大規模な地震が起きるとか。
場合によっては、これ以上の潜水を諦めて、浮上すべきかもしれない。
彼女が隣の部屋へ行き、その正体を明かせばよいのだ。
普段はすっとぼけたキャラではあるが、彼女は超の付く優秀な科学者であり、その発言には重みがある。
その彼女の言う事なら、科学者達もまさか嫌とは言うまい。
「ああ、いや、なんと言うかその......自然災害では無いようなのじゃ。」
「はい?」
まさかとは思うが、海の底に沈んだ船でもあるのだろうか?
もしくは、怪物でも住んでいるのだろうか?
「うむ、まさにそれじゃ。」
「......いま、何と?」
「あの白い魚が言うには、これ以上深く潜ると、アイツが起きるかもしれないとのことじゃ。」
「アイツ、とは?」
「そこまでは分からんかったわい。思考パターンが我々とは違い過ぎて、ざっくりとしたニュアンスしか伝わってこなかったのじゃ。」
「まあ、それでも十分凄いですけれどね。」
まったく、どこの世界に魚と意思疎通ができる変態がいるというのだろうか。
「誰が変態じゃ、誰が。」
「すみません、つい本音が。に、してもですよ、やはりこのまま浮上した方が良くないですか?何かあってからでは取り返しがつきませんよ。」
「ううむ......」
「どうしました?」
何をためらっているのだろう?
選択肢は一つしかない筈だ。
「いや、あくまでも魚の思考パターンでのニュアンスなのじゃがな、そこまで凶悪なモンスターがいるというわけでは無いようなのじゃ。」
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