さらに深くへ
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ライトに照らしだされる、まるで雪の様な微粒子。
マリンスノーと呼ばれるそれは、深海において上層から絶えず降り続ける微細な有機物だ。
動物や植物の死骸や、フンその他の排出物など、その由来は様々である。
そしてそれは、太陽光の恩恵を受けられない深海の生物にとって、貴重なエネルギー源であった。
「きれいなものですね、所長。」
「うむ、しかしのう、懸濁状態になっているとはいえ、これらは元々死体であったり、ウンコであったりしたものじゃろう?そう考えるとのう......」
「ロマンもへったくれもないですね。」
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暗黒の世界をライトが照らし、潜水艦は潜ってゆく。
また、歓声が上がった。
皆の視線の先には、7、8メートルはあろうかという巨大なクラゲ。
ゆっくりと、少し不気味にたゆたっている。
「スティギオメデューサ・ギガンティック!!激レアだぞっ!!」
2メートル程の巨大なかさから、ひらひらとした長い4本の腕をなびかせている。
なにせ目撃例が100回を少し越えるほどしかなく、未だその生態が謎につつまれているのだ。
隣の部屋からも弾けるような怒号が漏れているところをみると、科学者達も興奮しきって色々とデータを取ろうとしているようだ。
「やっぱりこっちで良かったですね、所長。」
「そうじゃろう。あんな喧騒に巻き込まれてみろ、じっくり楽しむことなど出来んぞ。」
「で、新曲の発想は思い付かれましたか?」
「まだじゃ。インスピレーションが湧いてこんわい。」
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潜航途中で、少し開けた場所に出た。
サーチライトでぐるりを照らし、生物をさがす。
沢山の足を持つ、長さ10センチ程度の透明な生物が数匹、海底の泥を食べながらゆっくりと動いていた。
「あれは、何だろう?」
「センジュナマコだな。」
「別名がシーピッグ。」
「海豚なら、イルカじゃないのか?」
「何か可愛いわよね。」
ぷっくりしていて、なんとも可愛い見た目だ。
表面はスベスベしていて、口の回りには先端に指の様な突起を持つ触手が、いくつも生えている。
この触手で海底の泥を食べ、有機物などの養分を取り込んでいるらしい。
個人的には、好きなデザインだ。
「所長、今度の新曲に、あれなんか如何です?」
「ふむ、悪くないのう。」
見ると、彼女は小さなメモ帳に、例の丸っこい字で何やらびっしりと書き込んでいる。
『丸い体に詰め込んだ 溢れんばかりの君への想い』
『口の回りの無数の触手が ファーストキッスを狙ってる』
『僕の管足十四本は 君への想いで動くんだ』
『マリンスノーの降りしきる 冷たく暗い海の底 僕の心は熱いまま』
等々、なかなかに恥ずかしい文章(歌詞?)が並んでいた。
「覗き見するでない。」
「失礼しました。」
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潜水艦「ディープシーイール」号は、さらに深く潜り続ける。
途中何度も様々な深海生物に遭遇して、観光客達の好奇心を満たし、科学者達の焦りにも似たデータ収集欲を満たしていく。
いつしか、水深7000メートルに到達しようとしていた。
「いないなあ.....」
「いないわね.....」
潜水艦の幾つかのハッチは開かれており、そこから出てきたアームの先端には、深海生物を呼び寄せるための餌の魚肉がセットされている。
だが、皆の期待するその魚は、まだ姿を現わしてはいなかった。
上層から微かに届く船のスクリュー音。
クジラの鳴き声。
計器がそういった音を記録していく。
今回は無理だろうか?
皆が待ちくたびれ、そんな思いが頭をよぎった時、暗い闇を照らすサーチライトに、それが浮かびあがった。
ぬめりとした白い体に大きな口。
退化した小さな黒い目は、その顔に愛嬌を与えている。
誰かが叫んだ。
「来たぞっ!マリアナスネイルフィッシュだっ!」
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