潜航
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それは黄昏時に似ているかもしれない。
潜水艦がゆっくりと潜るにつれて、少しずつ闇が濃くなってくる。
だが、目が闇に慣れていくので、かなり暗くならないとそのことに気付き難い。
水深200~1000メートルは、トワイライトゾーン(薄暮帯)と呼ばれる、まさに「黄昏時」だ。
そこにはまだ、微かな光の存在を前提として生きるもの達が見られた。
「あそこ見て!まるでUFO!」
「ムラサキカムリクラゲだ!青く光ってる。他の魚に襲われてるんだ。」
「そんなことしたら、余計に目立ってヤバいんじゃないの?」
「いいや。ああやって、自分を襲う敵を追い払ってくれる他の生き物を呼ぶのさ。」
「なるほど、あれはSOSなのね。」
今度は潜水艦のライトが、銀色の小さな魚を写し出す。
「あれは何だろう?」
「トガリムネエソですな。実に美しい。」
「銀色が綺麗。お腹のところは光るんでしたっけ?」
「ええ。海面からの光に対する....ええと、カウンターイルミネーションでしたか?」
「確か、そんなのです。」
「それにしても、上半身と下半身のアンバランスさがいいですな。」
「ええ、それに真正面からの顔つきが、実にイイ!」
当初の不安は何処へやら、観光客達は、間近で見る深海生物たちに興奮している。
それには、窓の多さも一役買っていた。
元々、観光客のスペースと科学者のスペースは分けられており、ドアの向こうからは、こちら側と同じく科学者達の興奮冷めやらぬ声が漏れ聞こえてくる。
彼らの仕事の邪魔をする懸念も無く、観光客達は皆、せわしなく動き回ってあちこちの窓を覗き込んでは、突然の来訪者に驚く(?)深海の住民達の姿を楽しんでいた。
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「おおっ!カワムラ君、あれを見よ!」
「鳥だ、飛行機だ。」
「古いわい!そうじゃなくて、あれじゃ!あの光る魚じゃ!」
あの不思議なオーラを放っていた女性が、他のお客に負けないぐらいのテンションではしゃいでいる。
不自然極まりなかったサングラスとマスクは、搭乗後、早々に外してしまった。
今は、黒縁のメガネをかけている。
「このメガネのせいで、隣の連中にわしが来ていることがバレたらまずいのだがのう。」
「じゃあメガネも外したらどうです?どうせ度は入ってないんですから。」
「バカモノ!素顔だと、こっちでバレるではないか!」
「だから所長は、こっちではそんなに有名じゃないですって。」
などと言っていたが、もしかして科学者なのだろうか?
おじさんみたいな喋り方をするんだな。
うーん.....
確かにどこかで見たことがあるような、無いような.....
うん、無い。
無いな!
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潜水艦はゆっくりと潜り続ける。
と、いきなり振動が来た。
「うわぁっ!」
「何だ何だ、何があったっ?」
「やだっ、怖いぃぃ...」
軽くパニックになる観光客達。
と、件の怪しげな女性が、素早く振動のあった辺りの窓を覗き込み、大声で叫んだ。
「皆さーん、大丈夫ですよー。」
先程までボソボソと喋っていた時とは違う、可愛らしい声で。
「ほらあれ!美味しそうなダイオウイカです。マッコウクジラと戦ってますよ。戦いに夢中でぶつかったんですね♪」
現金なもので、そう聞いた途端、皆我先にと窓を覗き込む。
「すげぇっ!」
「うわぁっ!どっちも頑張れ!」
「こんなの初めてだ。デカイなぁ.....」
一方その頃、科学者達の部屋では、隣に輪をかけて大騒ぎが起こっていた。
「撮影してるかっ?」
「問題無い!振動と水温の変化を測定しておけっ!」
「推進速度も計測中。超音波も記録しろっ!」
「ダイオウイカの肉片だっ!アームを出せっ!」
「任せろ!三番ハッチオープン。アーム展開.....よっしゃぁぁ!ゲットぉぉっ!!」
「あぁん!マッキーがこっち見てるぅぅ♡」
「何よマッキーって?あぁ、いい!言わなくていい!」
「処女航海でいきなりこんな場面に出くわすとはっ!」
「うんうん、私達、なんてラッキーなんでしょう。」
「あーあ、ユイ博士にも見せて上げたかったなぁ.....」
ユイ博士、来てます。隣の部屋にいます。




