わしのへや はいるな!
お読みいただき有難うございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
「お早うございます。」
今日は昼過ぎからの出勤だが、何となくそんな挨拶をしてしまう。
ダイニングへ行くと、この研究所の主が遅めの昼食中だった。
彼女はドクターユイ。
艶やかな黒髪をショートボブ(以前、おかっぱと言ったら怒られた)にした、妙齢の女性だ。
「ご苦労様、カワムラ君。」
もごもごと口一杯に頬張りながら返事をする。
いい匂いがすると思ったら、鰻重ではないか。
「おや、豪勢ですね所長。何か良い事でもありましたか?」
そう尋ねながら、郵便受けに溜まっていた手紙の類をドサリとテーブルの上に置く。
大抵いつも半分以上は不要なDMなのだが、三分の一程度はちゃんとした仕事の依頼だったりするため、きちんと確認をする必要がある。
私がここで働き始める以前は、割と報酬の良い仕事を受け損ねることもままあったようで、それは今鰻を頬張っている、私の雇い主のズボラさ故であった。
「誰がスボラじゃ、誰が。」
「すみません。つい本当のことを。」
心の声を聞かれてしまった。
「いやなに、以前話した新曲の売れ行きが思いのほか良くてのう。セルフお祝いじゃ。自分へのご褒美じゃよ。」
「ああ、パラサウロロフスの憂鬱、でしたっけ?.....まさか売れてるんですか?.....アレが?」
「何じゃその思いっきりの疑問形は。」
私も興味があったので、発売直後にネットで聞いてみたし、歌詞も確認した。
だが、正直なところ、私には理解の範疇をはるかに超えていた。
「まあ、先月から始まったアニメの主題歌になっているから、というのもあるがの。」
「それはそれで凄いとは思いますけど.....」
おや?
それはそうと、お重がもう一つある。
「私は、昼食を済ませてきましたが.....」
「これもわしの分じゃが?」
.....ですよね。
.............................................
彼女は二つ目の鰻重に取り掛かる。
山椒の小瓶を手に取り、鰻にパラパラと振りかけ、目を閉じて香りを嗅ぐ。
で.....
蓋を取った肝吸いのお椀にも、山椒を振りかけた。
「肝吸いにも山椒をかける人は初めて見ました。」
「いやなに、わしのひい爺ちゃんがこうやってたらしい。」
「美味しいんですか?」
「オツなもんじゃよ。」
ほう?
今後試してみよう.....
手紙を開封し、中身を確認してゆく。
その中の一通に、先日申し込みをしたツアーの抽選結果が来ていた。
「所長が行きたがっておられた例の深海探索ツアー、当たってますね、なんと私の分まで。」
「そうかっ!やったのう。」
嬉しそうに、照りのある鰻をはぐはぐと喰らう。
タレのかかった白米をわしわしとかっ込む。
見ていて気持ちの良い食べっぷりだ。
やはり、彼女は若い。
羨ましくも微笑ましいことだ。
「身バレするといかんから、マスクとサングラスで変装せねばのう。ファンにサインなどねだられたりしたら、他のお客に迷惑じゃからな。」
「そっちの世界では、所長、そこまで有名人ではないでしょうに。」
「.....何か言ったか?」
「いえ何も。しかし、所長なら一般参加枠で申し込まなくても、調査チームでも枠があったと思いますけれど.....」
そもそも今回の潜水艦は、彼女が基本設計を行い、月基地の円香さんに頼んでブラッシュアップしたものなのだ。
思いっきり当事者であるのに、処女航海で一般人として参加する意味が分からない。
「まあ、どのみち一般参加枠の方は余ると思っておったし、調査チームに入ったりしたら仕事をせねばならんじゃろうが。わしは今回、新曲のインスピレーションを得るために行くのじゃからな。」
話しながらも彼女は、瞬く間に鰻重を平らげる。
「ベフッ!」
とても淑女とは思えないような擬音。
彼女の親御さんが聞いたら、さぞや嘆くことだろう。
「ほっとけ!...それにじゃ、わしが今一番興味があるのはコイツじゃからな。」
シーハ―と爪楊枝を使いながら、彼女は空になった重箱を持ち上げてみせるのだった。
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