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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第一章 宇宙からの石
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赤い大地と青い夕焼け

火星、そこは地球から約7500万㎞離れた、太陽系で2番目に小さい惑星である。


酸化鉄により赤く覆われ、大気は薄く、寒い。

だが、大気が無く未だ気密服の必要な月に比べ、テラフォーミングの候補としては魅力的な星であろう。


人類が進化の源として持っている好奇心と挑戦心。

それらは早くも、生命のいないこの赤い惑星にまで手を伸ばすこととなった。

未だ開発中の月を前哨基地として。


きっかけは、月で見つかった、というより月に届いた隕石である。


その石は、吸収したエネルギーを利用して、周辺の元素自体を変容させる触媒の働きをする。

まさに、古の錬金術師達が追い求めた「賢者の石」であった。


今や「石」といえばこの隕石のことを指し、何の変哲もない石の方が「ただの石」と呼ばれている。

それほど、人類にとっては福音であった。


既に月基地においては、酸素と水の完全リサイクルが確立されている。

そして少しずつだが、他の資源についても応用の目処が立ちつつあるのだ。


今回の火星開拓も、まさにこの石が要となっていた。


.........


長い旅を経て、ようやく、火星に着いた。


総勢100名の火星開拓隊を乗せた巨大な宇宙船が、ゆっくりと赤い大地に降り立つ。

これから最長2年をかけ、火星の第1次テラフォーミングを行う予定だ。


強化プラスチックの窓を覆う防御シャッターが開くと赤い大地がどこまでも続く。

他のスタッフらが興奮でざわめく中、静かに大地を見下ろす2人の男がいた。


「地球は青、火星は赤か。すぐ隣りの惑星という割には、ずいぶんと遠かったな。」

「何を言うか。これから始まるのだぞ。」

「分かっている。だが、遠路はるばるやって来たのだ。まずは感慨にふけるのもいいんじゃないか?」


2人は共に60代、髪にちらほら白いものが混じる男達である。

無邪気な笑みを浮かべる男がレン、真面目な顔で大地を見つめるのがジルだ。

明日から始まる火星開拓作業でコンビを組むことになっている。


まずは宇宙船で火星を移動しながら、拠点となる簡易住居を建てる。

簡易住居は合計5ヶ所、彼等が乗ってきた宇宙船を合わせて6ヶ所が拠点となる。

両極に1ヶ所ずつ、赤道に沿って等間隔に4ヶ所。

火星をぐるっと囲む感じだ。


その各拠点で15人ずつが作業をし、残りの10人は宇宙船にて、地球や各拠点との交信、設備の調整補強等にあたる。


各拠点に配置される15人については、3人が指揮およびモニタリングのために残り、2人ずつ6組が移動車両を使って散開し実地作業にあたる。


レンとジルはこの実地作業組になっている。


「俺達の拠点設置は3番目だ。今はまだ英気を養っておいた方が良い。あまり気負うと肝心な時にへまをしちまうぜ。」

「む、確かに君の言う通りだ。ここは未知の星、心に余裕を持たねばな。」

「そういうことだ。では、今日の分を飲んでしまおうや。まずは赤い大地に乾杯だな。」


2人は食堂に移動すると、それぞれの個人端末を取り出し、その日の分のチケットを使う。

この火星開拓隊に参加した者たちには、危険に対する少なくない額の報奨金と共に、1日あたり3合までの甲類焼酎が支給されることになっていた。

厳密にいえば、エタノールと水の混合品だ。

無論、石の元素変換によって合成されるものである。


命の保証の無いこの任務には、技術的な基礎知識は勿論のこと、トラブルに対して臨機応変に対処できるメンタルの強さが求められた。

それでも人間はそれ程強い生き物ではない。

必ず強いストレスはついて回る。


月基地においては、地球との定期便があるために食事内容の充実で対処が可能だ。

現にレンの息子は、月基地の食堂でシェフをしている。

新メニューのルナステーキが、静かな話題になりつつあるとのことだ。


一方で、食糧の随時補給が困難な火星開拓においては、食事の種類を制限する代わりに、アルコールを提供することで、ストレスの軽減が図られたのである。


2人はソーダ割りを選択し、炭酸水も石の元素変換によるものだが、カップを持って窓際の席に座った。

「よし、じゃあ火星到着を祝して。」

「乾杯!」

ごくごくと喉を鳴らす。

たちまち1杯目を空にすると、2杯目を注文する。

今度は大切に、ちびりちびりと飲る。

3合の焼酎は、思い切り飲むにはいささか足りない。

この量で我慢できるレベルの酒好きにしか、開拓隊への参加は不可能であろう。


周りを見渡すと、同じように火星の景色を肴に杯を傾ける者達がずいぶんいる。

ある者はロックで、あるものはストレートで。

「皆、考えることは同じだな。」

「ふむ。緊張をほぐすのに、酒はうってつけだからな。」

ジルが真面目な顔で答えると、レンは苦笑する。

「いやいや、皆、単に飲みたいだけだろうよ。火星到着を理由にしてな。」

「そうなのか?いや、そうだな。俺はどうも考えが固くていかん。」

「いいじゃないか。それがお前さんの良いところなんだからな。」


窓の外では、運悪く最初の拠点担当となった15人が忙しく働いている。

地面に支柱を打ち込み、分割されたパネルを組み立て、シーリング剤で継ぎ目を塞いでゆく。

6台の移動車両を降ろし、動作チェックをする者もいる。

また別の者は、物資の詰まったコンテナをいくつも降ろしている。

いずれ皆が、順に行う作業だ。


程無くして作業が終わると、機器の動作チェックが行われる。

数時間して、問題なく稼働することが確認されると、再び巨大宇宙船は次の目的地へ向けて飛び立った。


それから数日後、レンとジルもまた、彼ら自身の拠点で開拓の準備に勤しんでいた。


レンは、移動車両の高性能太陽電池を展開し、充電をして正、予備のバッテリーをすべてフルにする。

車両と、通信機器の最終チェックを入念に行う。

コンテナ車を移動車両に繋ぎ、全てのタイヤをチェック。

ジルは、コンテナに積まれた物資を、リストと突き合わせて確認している。

食料、サバイバル用品、太陽電池、特殊なポリマーの棒に、例の石を組み込んだ元素変換装置。

それぞれがいくつもあるため、数のチェックだけでも大変な作業だが、ジルは淡々とそれをこなしてゆく。

2人とも他の班に比べて手際が良い。

命に係わることだけに、決して手を抜いているわけではないのだが。

「よし。こっちは終わったぞ。」

「こちらも終了だ。」

いち早く準備を終わらせた2人は、その旨報告をし、意気揚々と赤い大地を走り出すのだった。


赤い砂塵が舞う。

ハンドルを握るのはレン。

その隣ではジルが現在位置をモニターしている。

「もう気持ち右の方へ向かってくれ、ちょうどあの丘の方角だ。」

「了解。」

2人は赤い荒野を走り続けた。


丸一日走り続け、夕暮れ時になった。

地球とは違い、昼間オレンジ色だった空は、夕暮れには青くなる。

「理屈では理解できてるんだがな。」

「うむ、不思議なものだな。それよりも前を見て運転してくれよ。そろそろ野営の準備をしよう。」

「了解。腹も減ってきたしな。」


比較的なだらかな場所まで来ると、2人は車を止め、野営の準備に入った。


準備とはいっても簡単なものだ。

手順は以下の通り。

それぞれ1人用のテントを展開し、車のバッテリーを繋ぐ。

夜間は充電ができないため、バッテリーには十分な余裕がある状態で野営することになっている。

夕食と明日の朝食、2食分の食料と、バケツ2~3杯分の火星の土を持って、テントに入る。


「じゃあ、また明日の朝な。」

「うむ、お疲れ。」


テントに備え付けの元素変換装置を作動させてしばらく待ち、テント内の火星の大気を、呼吸可能な空気に変える。

最後に、同じく元素変換装置を使って、火星の土を飲料水に変えたら準備は完了だ。


気密服を脱ぎ、一息つく。

あとは、明日の朝まで自由時間だ。

携帯性を追求した高カロリーのレーションを齧るもよし、その日に割り当てられた甲類焼酎を変換装置で合成して楽しむもよし。


ちなみに、この火星開拓隊隊員は、小さなカバンに入るくらいの私物の持ち込みが許可されている。

多くの者が、酒に味をつけるための濃縮果汁や、乾き物を持ち込む中、レンとジルの2人は、まだその荷を開けてはいなかった。


なお、大活躍の元素変換装置だが、未だ複雑な組成の物を合成することはできない。

そのため、水や空気は現地調達が可能だが、食料に関しては地球から持ち込むより仕方が無かった。

メシより酒、そんな人生観の人間達で構成されたのが火星開拓隊だったのである。


............


「とは言うものの、あまりに味気ないぜ、こいつは。」

ビスケットタイプのレーションを齧りながら、1人きりになったテントでレンはぼやく。

「まあ、贅沢言っちゃあいけないか。新天地で酒が飲めるんだからな!にしても、旨いもんが食いたいな。」

思い出すのは、月で舌鼓を打った息子の焼いたステーキだ。

いつの間にやら、月の名物になりつつあるという。

息子の成長を誇らしく思い、レンはソーダ割りのカップを持ち上げる。

テントの小窓から青い夕焼け空を眺め、遠く月にいる息子へ語りかける。

「お互い頑張ろうぜ、タケシ。この青い夕焼け空に乾杯。」


同じ頃、ジルも本部への進捗報告、とはいっても「〇〇地点まで進んだ、異常無し。」という簡単なものだが、をメールし終わると、ソーダ割りを作っていた。

彼らに与えられた個人端末には毎日3杯分のチケットが送られてくる。

そのコードを変換装置に入力すると、水を酒に変換してくれるのだ。

そこへ、二酸化炭素を溶かし込んだ炭酸水を追加し、ソーダ割りにする。

レーションを取り出して齧り、ソーダ割りで飲み込む。

「皆はこのレーションを不味い不味いというが、そんなことはないと思うがな。」

ジルはひとりごちる。

「そもそもこのレーションを開発した人達も、なるべく栄養価と味の向上には努力したはず。その努力を侮辱してはいけないな。」

体と心がレーションとソーダ割で癒されていくのを感じ、ジルはソーダ割りのカップを持ち上げる。

「人類の未来に、そしてこの青い夕焼け空に乾杯。」


火星の夜はふけていった。

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