スイーパーホエール
「スイーパーホエール」
それは自律型の無人大型宇宙船。
ファームシープをはじめとする、月における自律型ロボットの開発に一段落ついた円香が、次なる自律型メカニックとして設計したものである。
元々は、月の周回軌道を飛びながら食料としての水産資源を生産する設備、つまり魚介類の養殖場として基本設計がなされていた。
だが、3桁の年数を経て先送りにされてきたスペースデブリへの対応が月、地球を問わず最優先事項とされたため、円香は手っ取り早く改良という形で答えを出したのだ。
円香のプレゼンは上層部の承認するところとなり、彼女は今、プロジェクトの責任者として多忙な日々を送っている。
だがここにきて、さらなる設計の見直しをする必要が出てきた。
言うまでも無く、石による慣性制御である。
「本来の用途では、このクジラちゃんの中にいくつかの生け簀を収納するつもりだったの。」
円香が説明する。
「なるほど。それで先端に、こんなにでかいハッチがあるのか。」
と、プッカが相槌を打つ。
「そういうこと。他にも輸送船としての転用も考えていたから、推進機構を除くと、割と大きなペイロードがあるのよ。」
そう言いながら、円香は手元のキーボードをトトンと叩く。
ディスプレイ上に展開していた設計図のウィンドウがたたまれ、別のウィンドウにスイーパーホエールのイラストが現れた。
円香が端末を操作すると、イラストが変化していく。
「元々はこんな感じで、上下に開くだけだったの。」
「ふんふん。」
「でね、こんな感じに変更したのよ。」
イラストを見ると、上下に開いたそれぞれの顎が、さらに左右に開いていく。
「まるで花が開くみたいだ。最初は、この4つの顎の内側に緩衝材を貼付ける予定だったんだな?」
「ええ、そうなの。」
当初は、元素変換装置を用いて合成した、可能な限り柔らかい層と硬い層を重ねた緩衝材を用いる予定だった。
顎を開いたスイーパーホエールは、スペースデブリの飛び交う衛星軌道上を泳ぐ。
そして、弾丸どころか大砲の弾の様な勢いのスペースデブリを顎内側の緩衝材にぶつけて捕らえ、本体のペイロードへと回収していく。
緩衝材は勿論のこと、スイーパーホエール本体すら消耗品になることを覚悟して。
そのため、緊急時には速やかに衛星軌道から離脱するため、余分の燃料さえ積載する必要があり、ペイロードのキャパもその分だけ小さくなっていた。
「なるほどな。こりゃあ金がかかりそうだ。」
「しょうがなかったのよ。スペースデブリの回収はどのみち避けては通れなかったし。」
二人して肩をすくめる。
「だから、石を使って慣性制御ができるなら、これ以上の朗報は無いってわけ。」
「ふむ、感謝してくれていいぞ。ほっぺにチュッてな。」
「おバカっ!」
軽口を叩き合いながら、設計見直しを続ける二人であった。
..........................
「改良の大まかなイメージができたわね。」
コーヒーをすすりながら、円香はディスプレイを満足そうに眺める。
そこには、今後のプレゼンに向けたイメージ動画が映っている。
スイーパーホエールの前部分、口が4つに開くまでは同じだが、その後が異なる。
巨大な石の「場」がスイーパーホエールの前方に形成され、そこへ飛び込んでくるスペースデブリを減速させ回収していく。
あたかも巨大なクジラが大量のオキアミを捕食するかのように。
スペースデブリから吸収した運動エネルギーは、スイーパーホエール自身の運動エネルギーとして供給される。
これにより、スイーパーホエールは、燃料に関してほぼ無補給で稼働が可能となる。
「なかなか夢が広がるな。」
と、プッカが呟く。
「そうね。クジラちゃんをさらに改良すれば、いずれは外宇宙まで行けるかもしれないわ。」
「いよいよ宇宙旅行時代の到来、かな?」
ふと、円香はプッカを見る。
笑顔の中に少しだけ、諦めと悲しさが混じった表情で。
「外宇宙、行きたい?」
鈍感なプッカは気付かない。
「…石探しにか?いいや。」
少し考えて、プッカは答える。
「どうして?」
「分からない、何となくだ。まだここでやることがある気がするのさ。」
トレジャーハンターとしては退屈な日常かもしれない。
だが、地質学者として、まだまだ月にはやる事がある。
地道にやる事がある。
そんな気がしていた。
「そう。あなたのことだから、すぐにでも行きたがると思ってた。」
どこかしら安堵した円香の微笑み。
「もし、いずれ行きたくなったら...」
小さな声で、円香は呟く。
「あたしも、行こう、かな?」
聞こえて欲しい気もしながら、聞こえないように小さな声で。
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