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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第二章 地道な発展
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ルナステーキ

「と、言うわけなんだが...」

「ふーん、そお。」


次の日の夕方、食堂のカウンターで二人並んでビールを飲んでいる。


隣には、仏頂面の円香がいる。

円香の食事どきを見計らってやって来たが、ユイ博士と話がしたいと言った途端にこの有様だ。


そりゃあ、ユイ博士といえば今を時めく一流の科学者、俺のような一介の地質学者ではそう容易く話ができる立場じゃないのは分かっている。

いくら円香が彼女の親友だとは言え、なかなか気軽に頼めることでは無いのだろう。


ん?

親友?

もしかしたら、二人は仲が悪いのか?


「まあ、いいわよ、頼んであげる。んで、データはまとめてあるんでしょうね?」

「勿論だ。後で君の部屋へ持っていくよ。」

「よろしくね。」

良かった。

何とか了承してもらえた。


「助かるよ。今日も一日考えていたんだが、専門的な計算ができないと、どこまで行っても仮説止まりだ。」

「その代わり、今日は奢りなさいよ。」

「それも勿論だ。なんでも好きなものを頼んでくれ。」

そのぐらいはやむを得ない。


...そう思っていた時期が俺にもありました。



「言ったわね。」

円香は不敵に笑うと、シェフを呼んだ。


「すいませーん!ルナステーキを二つね♪」



やっちまった!

ルナステーキと言えば、なかなかの高級品だ。

今では俺もそこそこの給料は貰っているが、それでも痛い出費であることには変わりはない。


「あのう円香さん、俺は遠慮しとくよ。」

「何を言ってるの?あたしが二つ食べるのよ♪」


...ですよね(汗)。


.....................


「んー幸せ...」

幸せそうに肉を頬張る円香を見ていると、これはこれで眼福なのだが...


「なにをボサッと見ているの?あなたも食べなさいよ。」

「へっ?いいのか?」

「当たり前じゃないの。二人で食べたほうが美味しいわ。」

にっこりと笑う。


...こいつ、こんなに美人だったか?

その笑顔に何とも言えない色気を感じ、思わず目が泳ぐ。


「足りなかったら、追加注文するし。」

またにっこりと笑う。

今度はその笑顔に、何とも言えず背筋が寒くなった。


...もしかして、まだ御機嫌はナナメなのかな?



まあいいや。

懐は寒くなったが、せっかくのルナステーキ、俺も堪能することにしよう。


...........................


温められた厚手の白い皿に、美味そうに焼かれた牛肉。

付け合わせは、茹でたスナップエンドウが少しだけ。

ソースは使わない。

勿論、希望すれば醬油ベースのステーキソースもくれるが、はっきり言って要らない。


その肉は、湯気も上がらず表面も乾いているように見える。

よく切れるよう入念に研がれたナイフで切り分けても、きれいなピンク色の断面こそ現れるが、肉汁は溢れてこない。


だが、噛みしめると...


口中に肉の旨味が、それこそ際限無くあふれてくるのだ。


牛肉の味、香り、焼いた熱、その他すべてのポテンシャルを、一切外に出さず、無駄にせず、肉に閉じ込めるよう調理されているのだ。

口に入れ、咀嚼して初めて暴れ出す、まさに美味さの暴力。

それこそが、ルナステーキ。


この店のシェフが焼く、いや、彼にしか焼けない月の名物。


..............................



「美味かった...」

「美味しかったね~♪」


美味いものを食べると人は幸せになれる。

月並みな(駄洒落じゃないぞ)言葉だが、円香の笑顔を見ると説得力がある。


どうやらご機嫌は治ったようだ。

あぁ良かった。


..............................


「じゃあ、手間かけるけど頼むな。」

「はいはい、分かったわ。データは明日でもいいわよ。今夜にでも彼女に手紙を書いておくわ。」

「助かるよ。あぁ、論文も書いてもらって構わないから。まあ、セカンドオーサーぐらいで彼女の隣に名前を書いてもらえれば光栄だけどな。」

冗談めかして言う。


円香の眉がピクッと動いた。


ん?

また何か俺、地雷踏んだか?


「彼女の隣は多分無理よ。まだデータを見てないから何とも言えないけど、彼女にはカワムラさんといって元大学教授の高名な方が助手についてらっしゃるから大抵の場合はその方がセカンドオーサーになるから、彼女の隣はきっと絶対に無理よ。」


...何だかすごい早口で、2回も否定された。


「いやいや、もちろん冗談だよ。そんな畏れ多いことだ。」

「当然でしょ!」

円香は、ややぬるくなった大ジョッキを勢い良くあおる。



「でもまあ、面白い仮説だって自信はある。俺の考えが正しければ、石を使って慣性制御ができると思うんだよな。」

「 !!!!!! げほっ!げほっ!げほっ!」

いきなり円香がビールを噴き出し、盛大にむせた。


「おいおい、大丈夫か?」

背中をさすってやる。

「だ、だいじょうぶ、よ。ありがとう...」

何とか立ち直ったようだ。


「それよりもプッカ!慣性制御ができるってホント?」

掴みかからんばかりの勢いだ。

「ああ、多分な。元素変換よりも複雑なやり方にはなるだろうけど。」

「行くわよプッカ!あ、ちょっと待って!」


残りのビールを飲み干し、カウンターに置かれていた他の肴をすごい速さで平らげる。

食べながら、興奮した口調で器用に喋る。


「とりあえず、今からデータを見せて。で、明日から私の仕事を手伝って。」

「ああ。まぁ、いいけど。一体どうした?」

「慣性制御が必要なプロジェクトがあるのよ。うまくいけば私も論文を書くと思うわ。私の隣にあなたの名前を書いてあげるから。あ、お勘定よろしくっ!!」


そう言うと円香は、俺の手を引っ張って店を出た。

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