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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第二章 地道な発展
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梅干し

緑生い茂る内陸部にある、ある過疎化しつつある小規模な村。

そこから、少し離れた場所に小さな店がある。

村から隣町へ続く街道に面した小さな店。


約半世紀もの間、彼女はそこで弁当を売っていた。


使い捨てのプラスチックの、やや底が深く大き目の容器。

それに白飯を詰め、真ん中に梅干し、隅に小さな目刺しを一匹乗せただけの、安くて腹一杯になる弁当だ。


今はもう閉鎖されたが、近くに小さな高校があり、昔は腹をすかせた男子生徒がよく買いに来ていた。

彼女の一人息子も、彼は自分の弁当箱だったが、同じ内容の弁当を毎日学校へ持って行った。

おかずが少ないので、前日の夕餉の残りも入れようとしたのだが、息子は売っているのと同じがいいと言い張った。

なので、彼女は毎日同じ弁当を作り、息子に持たせ、そして店で売った。


代わり映えのしない毎日を、彼女はのんびりと楽しんでいた。


...........


月日は流れた。

街道を通る人の数はだんだんと減っていった。


村の若者達が、少しづつ町へ移り住むようになり、近くにあった高校は閉鎖された。

彼女の息子もまた、都会での華やかな暮らしにあこがれ、独り立ちして町へ移り住んだ。

特に寂しくは無かった。

子供とは本来、親元を離れていくものだと思っていたから。


それからしばらくして、夫と死に別れたのだけが、とても悲しい出来事だった。



毎日、彼女は弁当を作り、売る。


過疎の村からは、住民が時々、町へ買い物に行く。

帰り道、彼女の店に寄り、弁当を買ってくれる人がいる。

ほんの時々、彼女の弁当を懐かしんで、隣町から買いに来る人もいる。


だから一日に二つだけ、彼女は弁当を作った。


売れ残ったら、彼女のその日の夕餉になる。

二つとも売れ残ったら、翌日の朝餉にもなる。

彼女は白米が好きだった。


生活するだけなら、年金で足りる。

だが弁当を作り、店でひなたぼっこをしながらうつらうつらするのが好きだった。


..........


年に一度、彼女は梅干しを作る。


完熟した梅の実を使う。

流水で丁寧に洗い、ざるにあけて軽く水を切る。

ビニール袋を敷いた容器に塩と交互に入れる。

隙間なく塩で埋め、去年の梅酢を少し入れる。

落し蓋をして重石を乗せ、ビニール袋を閉じる。


三~四日程で梅酢が上がってくる。

塩で揉んであく抜きをした赤紫蘇を入れ、重石を減らす。


梅雨明けの晴れた日を選び、三~四日程天日干しをする。

その後、ガラス容器に入れて半年ほど置く。


塩が馴染んで、まろやかな味になったら弁当に使う。


昔ながらの塩気の強い梅干しは、目刺しすら要らないほどに良いおかずであった。


米と目刺しには、あまりこだわりは無い。


しいて言うなら、米はなるべく精米したての物を使う。

目刺しは天日で干したものを仕入れている。

じっくりと炙って白飯に乗せていた。


...........


その日は珍しく、朝のうちに弁当が売り切れた。


店の前に車が止まり、かなり年配の男と、まだ二十代に見える女が降りてきて、たった二つの弁当が売り切れた。


二人は車に乗り、村の方へ向かった。


あまりにも早く売り切れたので、彼女はあと二つ、弁当を用意した。

昼過ぎに、朝の男がまた車でやって来て、その二つを買っていき、売り切れた。


夕餉と翌日の朝餉にするつもりであと二つ、弁当を用意した。

夕方、三たび車が止まり、今度は朝の女も乗っていたが、また弁当を二つ買って町の方へ戻っていった。



それからしばらくして、町から弁当を買いに来る客が少しずつ増えてきた。


ある客は、端末を見ながら「ここだな、例の店は。」と呟いていた。

またある客は、ある人のブログで、彼女の弁当が紹介されていたと教えてくれた。

ブログというのが何なのか彼女は知らなかったが、皆がコンピューターで見ることのできる日記の様なものだと教えてくれた。


そんなことぐらいで客が増える理由が分からなかったが、世の中には物好きが多いのだろうと思った。



またしばらくして、目の前の街道をトラックが行き来するようになった。

と同時に、体格の良い壮年の男達が昼食の弁当を買いに来るようになった。

何やら村の方で、大きな工事が始まったらしい。

弁当を作る数が一気に増えた。


忙しくなってきたが、男達の中に息子のかつての同級生がいて、前日の夕方に翌日の数量を予約してくれるようになった。

彼女の弁当を食べると、とても力が出るのだと笑っていた。


梅干しは、去年作ったものがまだあったので問題は無かったが、翌年は多めに用意することに決めた。


...........


ある日、孫娘がやって来た。


大学が夏休みなので、彼女の弁当作りを手伝いたいのだという。

孫娘に会えたのはうれしかったが、簡単な弁当ゆえに特段手伝ってもらう事などなかった。

だが孫娘は、彼女の隣に張り付いて、白飯を詰め、梅干しを乗せ、目刺しを炙り、何かと手伝いをしてくれた。


また、孫娘は店番もしてくれた。

そうすると、孫娘の笑顔見たさに来る客も増え、彼等とのやり取りをほほえましく見守りながら、うつらうつらとするのがとても楽しかった。


............


村は、もう過疎では無くなった。


目の前の街道は、ひっきりなしに車が行き来し、ずっと工事を続けている。

何を作っているのかは、興味が無かったので誰にも聞かなかった。



ある日、彼女の家からでもそれが見えるようになった。


遠くからでもよく見えるそれは、金属やコンクリートでは無い様だった。

新しく作られた特別なプラスチックで、とても丈夫なものだのだと客が教えてくれた。

そのとても丈夫な材料で、高い塔を建てるのだと言っていた。

天まで届く高い塔なのだと。


こんな田舎に高い塔など建てて、観光名所にでもしようというのだろうか。

それとも、高い塔というのは大きなホテルか何かだろうか。


あまり興味は無かったので、深くは考えないことにした。

かなり離れている彼女の家からでも見えるようになったということは、じきに工事が終わるのだろう。


来年の梅干しの仕込み量をどのぐらいにしようか、その事が少しだけ気掛かりだった。



今日も彼女は、弁当を売っている。

空は青く、良い天気だ。

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