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宇宙開拓記 ~人類は逞しい  作者: 杠煬
第一章 宇宙からの石
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鬱屈

「つまらねえな...」

もう何度目だろうか、酒を飲んではそう呟く。


仕事が終わり、酒場にいる。

カウンターの片隅にポツンと座り、熱燗を飲んでいる。

かなり酔いが回ってきているのが分かる。

ぼんやりした頭は考えることを放棄し、もはや周りの喧騒も気にならなくなっていた。


プッカは時の人である。


石の第一発見者として、その名は広く知れ渡り、少なくない額の金も懐に入った。

名誉も金も手に入れたが、プッカの心は鬱屈としていた。


元素変換装置が完成したためである。


それはプッカから、鉱物を探索するという楽しみを奪った。

そこらの土塊からいつでも必要な元素を得ることができるのだ。

わざわざ地面を掘り起こして探す必要がどこにあるというのだ?


無論、地質学者として、地球、月、火星の土壌調査は重要な仕事である。

特に、火星開拓隊が新たな石を見付けた今、地質学者の仕事は最重要であるとも言えた。


だが、プッカは地質学者である前に、一人のトレジャーハンターであった。

鬱屈した心は、宝探しというときめきを求めていたのだ。


............


「ああ、やっぱりここにいた。」

円香がやって来た。

プッカの隣に座ると、自分も熱燗を注文する。

「付き合うわよ。」

と、プッカの猪口に熱い酒を注ぐ。

「すまないな。」

プッカは酒をあおる。


突き出しの小鉢にも手を付けず、酒しか飲んでいなかった。

少し濃いめに炊いた切り干し大根の煮物が盛られているそれを、円香は押しやる。

「ちゃんと食べなきゃダメよ。」

そういって、追加で大豆肉の肉豆腐と冷やしトマトを頼んだ。

「すまないな。」

プッカは弱々しく微笑んで、同じ言葉を繰り返した。


しばらくは二人で黙って酒を飲んだ。


円香は、プッカの気持ちを理解していた。

元々似た者同士なのだ。

仕事の充実こそが人生の一番の喜び、なのに自らの行いが原因でその道が閉ざされたのだ。

鬱々としたものが心に溜まって当然だろう。

だからこそ、どうやって励ましたらよいか分からなかった。

円香自身が、何を言っても虚しいだけだと分かっていたから。


だからこそ、隣で黙って酒を飲むしかなかった。


「すまないな。」

また同じ言葉。

「あなたが謝ることなんて無いわよ。」

「いや、気を使わせてしまった。これは俺だけの問題だ。しかも、他人からすれば随分と贅沢な悩みなんだよ。」

「.....」

「心配してくれて、ありがとな。」

そう言うと、プッカは静かに店を出て行った。


.............


しょんぼりとうつむく円香の前に、赤ワインの入った小さなグラスが差し出される。

顔を上げると、この店のシェフがにっこり笑っている。

「どうぞ、サービスです。」

「すみません...陰気なお酒で。」

「いいんですよ。これ、地球のワインです。知り合いの作ったものです。味は保証しますよ。」


一口飲む。

「美味しい...」

まだ若いワインだが、重厚なコクと強烈な葡萄の香り。

何より円香は、飲んだ者の気分を高揚させるような、作り手のエネルギーを感じた。

お行儀が悪いな、とは思いつつ、ぐびぐびと飲み干してしまう。


「お気に召したみたいですね。」

シェフがにこにこと笑っている。

「失礼なこと聞くけど、これ、なんかやばいもの入ってる?」

「まさか。でもお気持ちは分かりますよ。」

シェフが、苦笑しながら言葉を続ける。

「なんだか元気が出るでしょ?作った人の気合がこもっているんでしょうね。まだありますから、プッカさんに差し上げていただけませんか?」

と新しい小さなボトルを渡してくる。


何故?という円香の表情に対して、シェフは答える。

「お二人とも有名人ですからね。存じてますよ、恋人のあなたから差し上げて下さい。」


円香は食べかけの肉豆腐を喉に引っかけ、げほげほとむせる。

「こ、こ、こ、恋人じゃ無いわよっ!誰なのっ!そんなこと言ってるのは?」

思わず赤面するが、シェフは素知らぬ顔で言葉を続ける。


「このワインですがね、父の友人の息子さんが作ったものです。宇宙開拓って夢がありますけれど、その分悩みも多い。だから人生に迷っている人がいたら差し上げてくれって頼まれたんですよ。」

「なんだか元気が出るものね。」

「ええ。花言葉ならぬ酒言葉まで付いてますよ、ここに。」

と、ラベルの片隅を指差す。

そこにはこう書かれていた。


― 初心に戻ればゴールは見える ―


「気障な言葉ね。でもいいわ、とっても。」

円香は、今日初めて笑った。


.............


翌日は休日だった。

朝早く、円香はプッカの部屋を訪ねた。


「お早う、起きてる?ってか、起きなさいよ!」

プッカをたたき起こし、換気扇をMAXにして酒臭い部屋の空気を入れ替える。

「せっかくの休みだぜ、寝かせてくれよ...」

ぶつぶつとこぼすプッカの尻を蹴飛ばし、服を着替えさせる。

清潔なタオルを拝借してほっかむりをすると、部屋の掃除を始めた。

「まったく、がさつな私の部屋でも、もう少しきれいだわよ。なんでここまで散らかせるかなぁ...

「何を言うか。熱力学第2法則に忠実なだけだぜ。エントロピーは常に増大するんだ。」

「屁理屈はいいから、あなたも手伝いなさい。」

「屁理屈じゃあ、無いんだがなぁ...」


しばらくして掃除をプッカに任せると、円香はエプロンを付けてキッチンに立つ。

米を研ぎ、炊飯器をセット。

人参とジャガイモの皮をむき、固形スープの素で煮る。

キャベツを千切りにして皿に盛りつける。

その様子を見ていたプッカが呟いた。

「なんだか、俺の女房って感じだな。」

「そう?いい女でしょ、私って?」

円香は赤面した顔を見られたくなくて、振り返らず素っ気なく答える。


掃除が終わり、米が炊けた。


円香はメインディッシュを作る。

大豆肉を油で炒め、醤油、砂糖、味醂で甘辛く味を付ける。

少し濃い目になるよう煮詰めてから、千切りキャベツの上にどさりとのせた。

「さあ、食べよう!」


「「いただきます。」」

小さなちゃぶ台の前に正座し、二人は食べ始める。


「美味いな。」

大豆肉と千切りキャベツを同時に口に入れ、ゆっくりと咀嚼しながらプッカが褒める。

「ありがと。最近、まともなもの食べてなかったでしょ?食事はおろそかにしちゃダメよ。」

「ああ、すまないな。」

「もう。謝らないでよ。はい、マヨネーズ要る?」

「ああ、もらおう。」

しばらく、二人は黙って食事を続けた。

ただ昨日とは違い、プッカの表情は少し明るかった。


「ご馳走さん。美味かったよ。」

「少しは元気が出たようね。さて、と。」

食事を平らげると、円香はちゃぶ台の上を片付け、グラスを二つと昨日もらったワインを置いた。

「お腹も落ち着いたし、飲むわよ。」

正座を解いて胡坐をかき、円香はニヤリと笑った。


.............


「初心に戻れ、か。それにしても本当に美味いな、このワイン。」

そう言ってプッカは、もう一口。

今日はヤケ酒じゃない、楽しい酒だ。


「そうね、これ飲んだら分かる。この言葉、説得力あるわよね。」

円香は昨日、シェフからワインの成り立ちを聞いていた。


このワインを作った人も、一時期、進むべき方向を見失っていたらしい。

父親のアドバイスにより、一旦、初心に戻ることで、再び道が開けたのだという。


「まあ、月並みなアドバイスだけどね、悩んでるなら、まずは頭の中を一回リセットしたら?」

「そうだな。」

そう言うとプッカは、部屋の隅にある机の引き出しを開け、小さな瓶を取り出した。

中には、プッカが見つけた例の石が入っている。

その瓶を円香に渡す。

「こいつは俺の人生で最大のお宝だった。だが同時に、俺の楽しみを奪った。」

「まずはその考えを改めましょ。この石みたいにあなたの頭もコチコチに固いままじゃね。...ん?どうしたの?」


プッカはきょとんとしている。

「硬くはないぞ?」

「固いじゃないの。宇宙は広いのよ。まだ新しい発見はあるわ、きっとね。」

円香はまだ少し心配そうにプッカを慰める。

「いや、そうじゃなくてだな。この石は硬くはないぞ。」


今度は円香がきょとんとする番だった。

「何言ってるの?石が硬いのは常識よ。あなたが見つけた石を世界中で分けるのに、結構な数の工具がダメになったんだからね。」

「そうなのか...知らなかった...だが、俺の持ってるこいつはハンマーで簡単に割れだぞ。」

プッカは瓶から石を取り出し、ちゃぶ台の角で叩いてみる。

だがそれは欠けることもなく、とても硬かった。


.............


「今日は有難うな。」

「どういたしまして!また何かおごってね。」


プッカの顔は明るい。

「この宇宙からきた石は、この友人は、まだ俺にしか見せてない顔がある。それが知りたい。」

「そうね。きっとあなたならできるわよ。」

「はは、もし行き詰ったら、またユイ博士に頼んでくれよな。」

「いきなり予防線を張らないでよ。」

円香も笑う。


トレジャーハンターでは無いかもしれない。

だがプッカの顔には、地質学者として真剣勝負を挑もうとする覚悟があった。


そんなプッカを見て、円香は安堵とほんの少しの嫉妬を感じていた。

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