至福
「これからのことを話したい。その前に名前を聞いてもいいか?」
食事を終え、焚火を見つめながら優しく問いかける。
子供はルキと消えそうな声で答えた。
「ルキか。ルキはどこに行こうとしてたんだ?親はどうした?」
と聞けば、
「おとさんとかかさん、しんじゃった。むらのひとにばしゃにのれっていわれた。」
「ごはんもらえなくて、おなかすいたら、ばしゃとまったときにこっそりやまにきのみとりにいってたの。」
しばらくの沈黙の後、
「きのみたべてねてたら、きゅうにガタンってばしゃたおれたからこわくなってあなにはいったの。」
そう言いながらギュウッと両膝を抱きしめる。その眼には今にも零れそうなほど涙がたまっていた。
そっと頭をなでてやると、我慢できなくなったのかリイネに抱き着き声を上げて泣き出す。リイネはどうすれば泣き止むのかわからず途方にくれたが、頭をずっと撫でていた。
しばらくすると泣き声は消え、かわいい寝息に変化する。泣き疲れて眠ったのだろう。
そっと毛布を掛けてやり、考える。
おそらくルキの両親が死んだあと村人に売られたんだろう。よくある話だ。
襲われた馬車は奴隷商人で王都へ向かっていたのだろう。奴隷の契約をするには王都で隷属魔法の持ち主に隷属紋を付与してもらわなければならない。
ルキを売った村人と奴隷商人に殺意が湧く。村を探し出して皆殺しにしてやりたいとすら思う。
小さな背中を見つめ、その可愛らしい寝息を聞きながらこれからのことを考えつつ夜が更けていった。
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朝になり、軽い食事をしてから荷物を片付け焚火の後始末をする。
ルキは起きてからずっとリイネの服の裾を握りしめちょこちょことついてまわっていた。
その姿が可愛くて思わず抱きしめてしまいたくなるが平静を装いつつルキと目線を合わせるためにしゃがんで話し始めた。
「今から王都に向かう。そこにはわたしの拠点もあるからな。その後どうするかはゆっくり決めればいい。それでいいか?」
そう聞くと、ルキはこっくりと頷いた。
「なにかわからないことや困ったことがあれば言ってくれ。わたしは一人でいることが多いせいか気づかないことが多いらしいから。」
言いながら、いつも王都で口うるさくそれでいて優しい妖艶な笑顔を思い出していた。
ふいに服をくいくいと引っ張られルキを見ると、「あの、あのね?」と話しかけてきた。
「なんだ?」
「あのね、おなまえしりたいの。」
「名前?何の名前だ?」
「おねーちゃんのおなまえ」
リイネは愕然とする。名前すら名乗らないなんて不審者のようなものだ。
いや、普通ルキの名前を聞いたときに自分の名前を先に告げるのが常識である。
「す、すまない。私の名前はリイネと言う。」
慌てて名を名乗ると、ルキが満開に咲いた花のような笑顔を浮かべ「リイネおねーちゃん!」と名を呼んだ。
そこからしばらくのリイネの記憶はない。夢の中にいるようにふわふわとした気持だった。
実際にはいつも通りの無表情で黙々と準備をし、ルキを連れて王都へ向けて歩き出したので誰にもわからなかっただろう。
番が笑顔で名を呼んでくれることがこれほどの至福とは!!