Track.4-23「え?ああ――ひとつになるの」
初日――――――失敗。匣に触れて一秒で意識を脱落。その後恐慌状態を見せた。
三日目―――――失敗。恐慌状態のため匣に触れられない。
六日目―――――失敗。毛髪が白く脱色。極度のストレスのためと思われる。
十日目―――――失敗。食事を摂れない状態が続いたため栄養を点滴にて摂取。
十五日目――――失敗。玄靜様に進言したが、修得が終わるまでは出せないと突っ返される。
二十一日目―――失敗。匣に触れて一時間が経過し、意識を脱落。
二十八日目―――失敗。独り言の量が多くなった。
三十六日目―――失敗。呻きながら壁に頭を激しく打ち付け始めたため、言霊により抑制。
四十五日目―――失敗。体重が20キログラムを切る。
五十五日目―――失敗。伸びた爪を切る。また身体を掻き毟って血塗れになられては困るため。
六十六日目―――失敗。攻撃されるため、使用人には格子に近付くなと伝達する。
七十八日目―――失敗。術を行使した形跡がないのに幻覚が現れ始める。僕が疲れているだけだろうか。
九十一日目―――失敗。やはり彼女は、術式の展開無くして幻術を行使している。
百五日目――――失敗。幻聴がする。誰かが必死に“殺してくれ”と懇願している。
百二十日目―――失敗。匣が一人でに浮かび上がる。
百三十六日目――失敗。摩利支天坐像が彼女を見詰めている。
百五十三日目――――――――――――――――――――――――――――訃報。
「阿座月くん、聞いてくれる?」
夷が“阿摩羅識”との接続に成功したのは、その報せが届く直前だった。
自室に運ばれ、療術士の治療を受けながら、夷は布団の上に横たえる骨と皮だけになった身体で真言を弱く見据えた。
「何ですか、お嬢」
修行に付き添い、日々の記録を手記に認めていた真言もまた、衰弱していると言えばそうだった。黒い匣、もしくは夷から漏れて伝播した“無”に中てられ、精神は摩耗し言霊も穢れきってしまっていた。
「咲がね、教えてくれたの」
夷は伽藍ノ堂にて咲と交信し得た情報を語る。咲に出来た彼氏が身体目的であったことと、羞恥の中に幾ばくかの快楽を覚えてしまった咲もまた、肉の繋がりを求めたこと。
それは恋愛から依存に変わっていき、行為と関係は激しく後暗い方へと堕ちていったこと。
やがて彼氏から飽きられると、自らが否定されたように思え、自らがひどく汚れているように思え、手首を切ってしまったこと。
疑念は消えず、いつからか自分の中に“消えてしまいたい”という声が生まれたこと。
「――わたしが咲と繋がってなければ、わたしが無と繋がろうとしなければ、違ったかな?」
夷は、咲に生まれたその声が“阿摩羅識”から漏れ出たものであると確信していた。
咲の身に降りかかった物語には衝撃を受けたが、それでも夷にとって咲は可愛くて仕方なのない、無邪気で無垢で天使のような妹だった。
だからその声が生まれてしまい、その声に導かれてしまったことに責任感を感じていた。
「――お嬢、すみません。僕には答えられません」
真言は、そんな夷にかけられる言葉を持ち合わせていないと口を噤み、そして瞼を閉じた。
自分の妹のように思っていた少女が、まるで骸骨のように痩せこけて尚、苦しみを享受していることに胸を打たれ、気が気で無かった。いっそ、自身と立場を替えてあげたかった。でもそのための言霊は、それだけの力を誇っていなかった。
そして夷は、語らずとも思い返す。
“消失”を無意識に切望するようになった咲が想像した、理想の友人のことを。
黒くて艶のあるミディアムロングの、少し重たいストレートヘア。
やや釣り上がり気味の強い眼差し、凛とした表情。
自分と同じようにリストカットの常習者で、だけれど惰性ではなく“強く生まれ変わる”ための手段として手首を切っている。
そしてその理想の友人と咲が邂逅し、互いに認め合いたいのだと。
お互いの過去は、正解じゃなかったかもしれないけれど、必要でしか無かったと。
叱ってもほしいけれど、認め合って、許し合いたいと。
その四月朔日咲が亡くなったという報せは、夷が“阿摩羅識”との接続に成功した直後、四月朔日家に届けられた。
死因は自殺だった。
「咲、ごめんね」
葬儀は実家にて行われた。その頃には玄靜が呼び寄せた療術士の治療や夷の意志力により、夷の身体は骸骨のように変わり果ててはいたが、体重もどうにか30キログラムを切る程度までは回復していた。
枯れ枝のようだった四肢は骨に皮が張り付いたようなものであり、愛玩性を保持していた顔貌も髑髏に皮膚を糊付けしたようで、以前の愛らしさを失っていた。
死化粧を施された咲は対照的に、今にも純真無垢な笑顔を見せてくれるようだった。棺に横たわるその表情は、早熟に青春を謳歌しきったことを誇っているようでさえあった。
献花し、謝罪を呟いた夷は着慣れない黒衣を翻して自席へと戻る。隣には、先に献花を済ませて座す咲の両親――それは自身の両親でもあるが――竜伍と夏蓮の沈鬱な表情が目に障った。
「咲の遺体、ください」
つつがなく終わった葬儀の後で、夷は竜伍と夏蓮にそう頼み込んだ。その物言いは頼み込むと言うには形式的過ぎたが、夷の中ではそれはお願いだった。
「――馬鹿にしてるのか?それとも魔道に堕ちて馬鹿になったか!?」
竜伍は夷の着る黒衣の襟元に手を伸ばしたが、引き寄せた身体の重みが全く無いことに怖れを感じて咄嗟に手を放してしまった。
無論、咲の遺体はこの後、火葬場で焼かれるはずだった。
「夷ちゃん、遺体をもらって、どうするの?」
「え?ああ――ひとつになるの」
夏蓮の表情は、呆れと困惑と混乱が入り混じった、理解不能の笑みだった。
両親それぞれの表情は、やはり夷にとって目に障った。
「夷――構わん。それが必要だと信ずるなら、そうするが善い」
「お父さん!」
「義父さん――やはり魔術は下らない!人間性を否定する無価値なものだ!」
ここぞとばかりに自身の魔術に対する嫌悪を事態に結びつける竜伍の言葉もまた、夷の耳に障った。
ああ、これ、要らないや。――夷の心に去来した声は、それだった。
「――あんたらなんか、親としての価値も無かったくせに」
ぼそりと呟いたその言葉に激昂した竜伍が、その固く握り締めた拳で夷の頬骨を殴りつけた時。
「“神出鬼没”」
行使された術が、夷の存在の希薄さを加速させてほんの一瞬“無”へと還元した。
拳が空を切り、大きく体勢を崩した竜伍の身体が畳に打ち付けられる。
「咲から聞いてたよ。あんたら結局、咲が一番苦しんでる時に何もしてあげられてないじゃん。よくそんなんで親ぶってられんね。よくそんなんで人間性がどうとか語れんね。頭おかしいんじゃないの?」
淡々と辛辣さを口にする夷の姿に、夏蓮は膝をついて崩れ落ちた。
「お父様は事業が成功したのをいいことに家に碌に帰りもせず不倫三昧。筒抜けだったって言ってたよ?隠し切れないなら隠し事なんかしてんなよ。馬鹿はあんただろ」
立ち上がり、再度拳を振ろうとした竜伍だったが、どういうわけか筋肉が弛緩してしまう。まるで身体から、力を奪われたように思えた。
「お母様は旦那の悪行にも愛娘の阿婆擦れ加減にも気付いていたよね?我慢はこの国の美徳かもしれないけどさ、それにしたって限度があんじゃないかなー?」
夏蓮は反論の言葉を失った。いや、奪われたのだ。
「お祖父様。わたしは魔術士としてお祖父様を大変尊敬していますが、あなたにも悪いところはありました。ええ、家族運が最悪でしたね。来世のためにちゃんと徳は積んどいた方がいいと思うよ?人殺しばっかしてないでさ」
玄靜は夷のその様子を見てニヒルに微笑んだ。自身の後継が成ったと喜んだ。しかしその感情は直後、失われてしまう。
「と、いうことなので――四月朔日家はわたしの代で途絶決定。こんな悪賊だらけの血筋、絶えた方が人類のためだよ。いいじゃん、最期に善行やって来世の徳ちょっと積んじゃえるじゃん。やったね」
三者三様に、何かを奪われていた。玄靜の目には、夷の身体から迸る“無”が映っていた。
「――もっとまともに育って欲しかったって?ふざけんな。じゃあ最初からまともな家庭に産んでくれよ、選ばせなかったのはあんたらだろ。――ああ、ちょっと待って勘違いしないで。わたしは別に、四月朔日家に生まれたことに、反意も後悔も未練も、況してや過不足も満足も無いよ。うん、産んでくれてありがとうって感じだし、流石に感謝してるよ?」
そして迸る“無”は、やがて夷が翳した右手に収束されていく。
霊基配列は術式を形作り、接続した阿摩羅識が彼女に力を注ぐ。
「なので、これはあくまでプレゼントです。各自、余すことなく喰らいませ――
――“伽藍ノ堂”」
“無”が、溢れる。
違う世界線という形で、二人の過去を描いたスピンオフ
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」
意外と本編と違う描かれ方をしています。
お暇な方は是非ご一読を。
→次話、6/20 0:00公開です。
宜候。
【違う世界線での二人の過去はこちら】
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」(5/31完結)
→https://ncode.syosetu.com/n5492gg/




