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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅳ;現実 と 幻日
96/300

Track.4-21「実はね、――できたの、彼氏」

 夷が遠く離れた咲と“深淵接続”(アビスリンク)で繋がれたのは、脳機能の仮想領域化(リジョナイズ)を果たして数日後のことだった。


「やっほー、愛しい愛しい咲ちゃんちゃん。そっちはどう?いい男捕まえた?」

「え?夷ちゃん!?」


 会ったことは無かったが、二人は互いに互いの存在を認識していた。元より魔術士の家系に生まれた一卵性双生児だ。霊的な繋がりも希薄ではない。


 咲は父親である竜伍の強い希望により、魔術士ではなく一般人として生活している。そして夷がそうであったように、咲にもまた、魔術士としての才能は無いも同然だった。

 だから夷は、出来る限り彼女の生活を阻害したくは無かった。霊銀ミスリル汚染が咽喉にまで拡がり、満足に食事が摂れず枯れ枝のように痩せ細ってしまった――それでもその容貌は愛らしさに満ちていたが――自分とは違い、生来の愛玩性をそのままに、発育も良く贔屓抜きでも美少女に育った妹・咲は青春を謳歌していた。霊銀ミスリルへの抵抗力はやはり乏しいが、一般人としての生涯を終える分には然したる問題ではない。


 魔術で身を滅ぼすのは、自分だけの宿命でいい――そう考えていた夷は、だからこそ迷っていた。

 この世界線が二周目だということ。一周目に自分たちは、芽衣というかけがえのない友人を得ていたこと。

 そして、二周目以降の世界線で、どうにかして彼女を、芽衣を、悲劇の向こう側へと送り出すと決めたこと。

 それを伝えるかどうかを、夷は決めきれずにいたのだ。


 言ってしまえば。

 夷は、咲にも救われてほしい・消えないでほしいとも願っていた。


「実はね、――できたの、彼氏」

「おいおいマジかよ」


 恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに淡い琥珀色の双眸を輝かせた咲の表情は、その名の通り花が咲いたようだ。

 その告白を受けて、夷は漸く決意した。咲を巻き込まないことを。

 しかし巻き込まない程度には芽衣の情報を流すつもりだ。いつか自らの命を賭して彼女を悲劇の向こう側へと送り届けた時に、二人が笑い合える仲になれるように。


 寧ろ、RUBY(ルビ)が発足されたら咲にオーディションを受けることを提案するのもいい。

 夷が描く未来図は輝きと希望に満ち溢れていて、そしてそこに彼女自身の姿は無かった。



 必要なものを纏めよう――夷は深淵接続(アビスリンク)による念話を切った後で、華奢と言うには細すぎる身体を横たえている布団の上で独り言ちる。


 まず、大前提として時間逆行の魔術は必須だ。これが無ければ、万が一失敗してしまった時に再挑戦出来ない。

 そしてこれは夷自らが行えない。何故なら術式は知っていても霊基配列の数と、それらを動かしめる魔力量が圧倒的に足りない。

 だからと言って外部に頼もうにも、それを行えるのは現段階では“時空の魔術師”(クロックワークス)常磐美青しかいない。

 ならば、これからそれを成し得る人物を探し出し、術式を教授するしか無い。その対価として、二周目が失敗した時に三周目に引き継いでもらう。

 数人すでに当たりはつけている。しかし癖の強い者だらけだ。かなりの高確率で戦うことになるだろうと予測する。


 だから次に必要なのは、武器だ。

 時術という高難度の魔術を修める相手に立ち向かうのだ。そして自分にはウルトラマンも吃驚するくらいの時間しか許されない。終わりが近づいても必殺技が撃てるようになるわけでも無いのだ。

 四月朔日夷という幻術士が戦うのなら、短期決戦は必須だ。そのための武器を探し出し、磨かなければならない。付け焼刃を得て、それを真打にまで昇華させるのだ。

 幸い、自分を育てたのは“無幻の魔術師”(ゼフィラムワークス)だ。その足元に指先が掛かる程度にまで成長できれば、術師号(ワークス)を持たない魔術士に優位性を持って相手取れる筈だ。


「よぅし――」


 息に覚悟を混ぜて飲み込んだ夷は目を瞑る。

 今日という日も、大した魔術の訓練などしていないのに霊銀ミスリルは大いに荒ぶった。

 霊銀ミスリルの活性率の低い幻術だけでこれである。最早魔術士に必要な基礎たる瞳術・躰術の修得は無理か不可能かのどちらかだろう。特に躰術は体全体に霊銀ミスリルを循環させる必要があり、彼女自身の霊銀ミスリル汚染を促進してしまうだろう。


 昨年頃からやけに寝付きが悪くなった夷だったが、そんな時は決まって芽衣のことを思い返した。夢の中で彼女と会えた次の日は、鍛錬にいつも以上に心血を注げた。


「阿座月くん、幻術士のモノマネって出来る?」


 阿座月真言は近接戦闘に優れながら、言霊による範囲殲滅という手段も持っている。実に均整(バランス)に富んだ術士であるが、何より言霊や“字”を用いることでどの系統の魔術士をも演じられる強みがあった。

 そこで夷は、阿座月真言にもしも自分が幻術士だったならどのような戦い方をするかを問うことで、自らの戦闘スタイルの在り方を定めようと考えた。


「お嬢、申し訳ないのですが――真実を扱う魔術士ゆえ、“幻”を扱うことは出来ないのです。ですので実演してご覧頂くことは出来ませんが――」


 続けて真言は理論を語った。あくまでも真言の見解としてのその理論は真言の言霊を穢さない。

 彼が発した言葉のいくつかは、夷もすでに考えついていることだった。しかし一方で、目から鱗を産出しそうな考えもいくつかあった。言われたことをそっくりそのままやるつもりは無いが、やはり一個人の想像力には限界があるのかもしれないと夷は思った。



 言術士と幻術士との間は、浅からぬ縁がある。

 真実を扱う言術士と、虚構を扱う幻術士は、相容れぬ関係にあるように見えるが実際にはそうではなく、寧ろ相互に支え合う関係であると言っていい。

 虚偽の言葉を発せ無い言術士は代弁者として幻術士を伴うことが多く、そして現実と幻覚の狭間で揺れる幻術士は幻滅の際に言術士の言霊を乞うのだ。

 他者を欺く専門家(スペシャリスト)である幻術士の戯言が言術士には必要であり、自身に現実を取り戻させる言術士の言霊が幻術士には必要だったのだ。


 しかしその両者間の縁も、“神言”(バベル)が言術士の間で主流となり言霊が半ば廃れてしまった現在では途絶したに近しい。

 だから夷と真言のように、幻術士と言術士が仲睦まじく手を取り合っている光景は、もう他で見ることは出来ないものだろう。



「ではお嬢、始めましょうか」

「うん、よろしくねー」


 邸宅の裏手に拡がる雑木林の中で、真言は柏手を打った。その直後、やや後ろに重心を置く落ち着いた姿勢を取り、手刀を形作る両手を前に出す――所謂“前羽の構え”を見せた。

 対する夷は開始の合図とともに落ち葉の積もる地面から虹色の錦糸で編まれた“鞠”を現出させる。鞠はしゅるしゅると自転しながら舞い上がると、夷の周囲を衛星のように公転する。


(まずは、お手並み拝見――)


 真言が狐のような目を細めて待ちに徹すると、夷は悪魔的な笑みを浮かべて弧を描くように横移動をしながら掌を突き出して真言に向ける。


「いっくよーっ?」


 リン――鞠の内部に鈴が入っているのだろうか。鞠は一際早い乱回転を見せると、その涼やかな鈴の音と共に周囲に黒い投擲(スローイング)ナイフが現れる。生まれるや否や飛び出し、直線軌道を描いてそれは真言を襲撃する。


(――なるほど!)


 最初に飛んできたナイフを軸の移動だけで躱した真言は、次に飛んできたナイフを避けなかった。それは真言の身体に突き刺さると同時にパキンと割れて霊銀ミスリルへと還元される。

 三本目と四本目はほぼ同時に、そして角度をつけて射出されていた。しかしその本命は、輪郭と色とを持たない五本目だ。耳を欹てれば僅かに正面から音が近付いて飛来するのが解る。だから両サイドから来る二本の鋒を指で掴みながら、正面から飛来する透明のナイフを横から蹴り落とした。


 攻撃手段を投擲(スローイング)ナイフに限定するというのは良い案だと真言は思った。攻撃手段が毎回変わるのが本来幻術士に見られる戦闘スタイルであるが、限定した方が確かに思考力・想像力のリソースを割かないで済む。

 そしてその分、ナイフ一本一本に付与された要素が異なるのだ。最初に射出したナイフが所謂“真性幻覚”――現実に存在するものと同じ情報量を持つ幻覚であり、二本目以降は時折虚構を混ぜていた。

 透明で目に見えぬもの、飛来する音が存在しないもの、重量感の無いもの。

 形や大きさが異なるもの、触れても感触が無いもの、刺さっても痛みの無いもの。

 それらの要素を、時には複数組み合わせて付与し、あるいは削ることで、飛来するナイフ一本一本を見極めなければならない。勿論全て躱すことができればいいのだが、しかしそうできないよう射出の間隔と角度を調整されている。


 極めつけは鞠だ。ナイフは全て、鞠が鈴の音を発すると同時に出現するよう演出されている。その音と、虹色の錦糸で編まれ乱回転する鞠は注意を削ぐ。視界の端で鞠が踊ると、どうしてもそこに目を向けてしまうのだ。

 だから最終的には、鞠、鈴の音と関係なくナイフが出現し射出された。まるで球形の檻のように真言を中心に放射状にナイフが次々と、続々と出現し襲来した。


 訓練だから痛みはあっても傷にはならない。しかし一度始まったら間隙を許さないその戦い方には、真言は寒気すら覚えて嗤えてしまう。


「ああ、やっぱり二分が限界っぽいなぁ」


 そして夷は、真言の眼前10メートルほど先で鼻から赤黒い泥のような血を流して告げた。つまらなさそうな物言いとは真逆に、その表情には達成感と愉悦が垣間見えていた。

違う世界線という形で、二人の過去を描いたスピンオフ

「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」

意外と本編と違う描かれ方をしています。

お暇な方は是非ご一読を。


→次話、6/18 0:00公開です。


宜候。


【違う世界線での二人の過去はこちら】

「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」(5/31完結)

 →https://ncode.syosetu.com/n5492gg/

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