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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅲ;原罪 と 顕現
71/300

Track.3-21「“魔術殺し”、予定が変わった」

(――“空の王(アクロリクス)君臨者(インベイド)”)


 それがどういう攻撃かは解らない。阿座月さんの話によれば身体を侵すこの泥はどうやらこの異世界の“(コア)”で、オレたちをあの“多眼の巨人”やら“隻眼の幹部”やらに変貌させようとしているんだろうけど、それが霊銀ミスリルによる干渉だって言うならオレには意味が無い。


 【君臨者(インベイド)】を纏ったオレの体内で、泥は自身の意味を喪失する。それに繋がるオレの身体を覆う泥もまた、オレを拘束するという意思を失い剥がれ落ちた。


 横を見ると、阿座月さんもオレ同様に自らの力で泥を跳ね退けていた。その両手――黒く塗りつぶされた十指の爪先に、極端な量の霊銀ミスリルが揺らめいている。


 しかし森瀬と鹿取はダメだ。こいつらを救う手だてが無い。一か八か“簒奪者(ランペイジ)”をぶち込んでみるという手も考えたが――おそらくそれよりも、目の前の三人をぶっ倒して解除させた方が早いか。


「“魔術殺し(メイジマッシャー)”、予定が変わった」

「おうよ。で、どうするんす?」

「二人で三人……君は(コア)を持ってるアマメノをやってくれ。他の二人はこちらで処理する。取り合えず気絶でもさせてくれれば後は言霊でどうにかする」

「了解」


 考える間も惜しいオレは、岩床を蹴ってアマメノっていう法衣(ローブ)の男に真っ直線に駆け出した。

 間に距離は10メートルくらいはあるだろうか。どう頑張っても三歩では辿り着けないし、この断崖の間とやらは開けすぎていてパルクールの走法は役に立たない。

 でも真っ直線に突っ込むのが一番速いし、何度も言うが時間が無い。あの泥があいつらを変貌させる所要時間が判らない以上、とっとと拳なり蹴りなり叩き込んで眠ってもらうまでだ。


「貴様、どうして――っ」


 左手で掲げた杖を振り下ろし、燃え盛る火球を投射するアマメノ。そりゃあワケが解らないのも頷ける。世の中に、オレみたいに魔術が一切効かないヤツなんているとは思わないだろうな、実際オレもオレがそうだって知った時はマジで吃驚した。


 火球に突っ込む。それが霊銀ミスリルによって編まれたものなら、何だって構わない。背負い投げみたいに右拳を火球の中心に突き入れると、それは呆気なく虹色の輝きを放つ残滓となって雨空に霧散した。


 あと一歩。あと一歩踏み出せば、その面をぶん殴れる――そこでオレを後方から追い越したのは、アマメノに群がる“黒い羽虫”だった。


 ◆


 肉薄する茜の後方で、泥の蛹が割れた。

 通常の変異速度から考えても、アマメノには“多眼の巨人”が誕生したとしか思えなかった。

 だから破顔し、「敵を打ち倒せ」という指示を発しようと口を開いた。

 眼前の少年――少なくともアマメノは茜のことをそう思っていた――の一撃をもらうかもしれないが、念のために施しておいた防護魔術が庇ってくれると、そう思っていたのだ。


 しかし現れたのは、まるで異質な――“白い異人”。

 アマメノと同じく身に纏った白く袖の無い外套はしかし色褪せ裾が破れている。

 フードを目深に被った顔は、まるで蟲を思わせる(マスク)を被っている。二つの大きな複眼に、三つの小さな単眼。一応、眼の数だけを見れば(コア)は仕事をしたと言えるかもしれない。しかしどう考えてもそれは“失敗”だった。

 そしてそれを裏付けるように、その白い異人の足元には、全く変わらない姿でただ倒れている森瀬芽衣がいたのだ。


 白い異人は左手を倒れる芽衣に向けて真っ直ぐに差し出す。枯れた細枝のような腕だ。老樹のように罅割れ、ささくれだった皮膚は今にも剥がれ落ちそうだ。

 芽衣の身体から、先程まで彼女を覆っていた泥よりも深い闇色の羽虫たちが湧き立つ。舞い上がり、異人の周囲を旋回し集まった羽虫の軍勢は凄まじい速度で飛来し、走る茜を追い越して群がった。


「うぁぁぁああああ!!!」


 アマメノは恐怖した。人間は理解の及ばないものに恐怖するように出来ているからだ。

 羽虫たちはまるで泥のようにアマメノの口や鼻、耳や眼に入り込み、或いは皮膚を食い破ってその体内へと突き進む。やがてびっしりと犇めく黒い羽虫に隙間なく覆われたアマメノは、動きを止めた。


「――何だよ」


 足を止めざるを得なかった茜は振り返る。白い異人は差し出した左手の五指を、ぎゅっと握り込んだ。

 茜の後方で、パキパキと何かが割れる小さな音が何度も響く。

 再度振り向くと、黒い羽虫はその色を透き通るような青へと変え、アマメノから飛び立って異人の元へと戻っていく。

 青い羽虫たちが芽衣の身体に宿っていくその情景を、茜は見ていない。何故なら茜の眼には、“三つ目の巨人(トリクロプス)”に変貌したアマメノが映っていたからだ。


「何なんだよ!」


 茜はつい、声を発してしまった。噂程度には聞いていた“白い異人”――その能力は、芽衣から「たぶん、あたしを殺した人を、あたしの代わりとして殺すんだと思う」と聞いていた。

 あんな(おぞ)ましいナニカだとは思っていなかったのだ。


 しかし歯噛みして気持ちを切り替えると、茜は立ち上がった“三つ目の巨人(トリクロプス)”に肉薄する。それが今から何をどうするのかは知らないが、巨人である以上敵だ。

 だから何かをするよりも速く、その鳩尾に横蹴り(ソバット)を叩き込んで呼吸困難を引き起こし、屈めた上体の大きな顎先に左肘を掠めるようにぶつけた。

 カクンと頭部を傾げ、白目を剥いて倒れる巨人をもう見ず、茜は真言の戦況を伺った。


 ◆


(言霊は穢れきった。賭けに近かったが、今は善しとしよう――)


 泥を弾き飛ばして戦場に復帰した真言は、後ろを(かえり)みずに奥のブロンテスとアマツマーラの二人目掛けて駆け出す。

 (コア)の変異を受け入れて尚、その身を保つ姿に思考が停滞していた二人は、しかしその距離が半ばとなったところで意識を持ち直す。

 “隻眼の魔術士(オーディン)”として知られる真言の魔力・戦闘能力の高さなどすでに知り尽くしている。だから、彼が“言霊を使ってこないこと”が何を意味するのかも手に取るように解っている。


 アレは敵だ。純然たる敵意で以て、屠る必要がある。

 ブロンテスとアマツマーラの二人はそのように思考を脳に落とし込んだために、即座に術式の展開を準備する。

 そして、それぞれの右目から――ブロンテスは雷条を、アマツマーラは熱線を射出した。


「“御雷の大戦鎚(トール・ハンマー)”!」

「“飛竜の燃ゆる吐息(ワイバーン・ブレス)”!」


 連続した低く長い跳躍で雷条と熱線とを躱しきった真言の眼前に、燃え盛る炎の帯が津波のように押し寄せる。更には天から夥しい雷の束が真言を中心とした広範囲に降り注ごうとしていた。


「――“九字切り(ノーナ・グラマトン)”」


 しかし真言は、その両手のうち左手の親指を除いた九指の爪に霊銀ミスリルを収束させると、黒く塗り潰された爪の表面に、淡く輝く"文字"が現出する。


 (ノゾ)メル(ツハモノ)(タタカ)(モノ)(ミナ)(ジンダテ)(ナラ)ビ、()リシ、(マエ)ニ。


 その“臨兵闘者皆陣列在前”の九字を爪に宿し、右手の五指を横に薙いで空間に霊銀ミスリルの五線を引いた真言は、続けて左の四指を振り下ろして縦の四線を引く。

 5×4の格子状に刻まれた空間は、層がずれ、まるで異界の門(ゲート)が開いたように暗闇を呼び起こしていく。


 暗闇の擁壁にアマツマーラの放った炎の紅蓮が蹂躙し、また天から降り注ぐ雷撃の数々が辺り一帯を打ち付け衝撃波が何度も何度も轟いた。

 黒く焦げた岩床に炭化した人影がボロボロと崩れ落ちた姿を見て、ブロンテスとアマツマーラは立て続けに魔術を行使したことによる荒い呼吸で意識を弛緩させた。


 しかし気付くと二人とも、それぞれ四人の阿座月真言に包囲・束縛されている。

 驚愕し、叫び上げて魔術を再三行使しようにも喉笛に指がかかっており、体内の霊銀ミスリルが意思を受け付けない。


「な――っ!?」

「何で――っ!?」


 そして少し離れたところで二人を狐のような目で見据える真言は、その目を細めてにこりと微笑むと、二人の喉笛に後ろから手を回して指をかけている二人の自分に、脊髄に衝撃を与えて意識を無理矢理刈り取らせた。

 戦闘が終わると、包囲・束縛していた八人の阿座月真言は棄却され、霊銀ミスリルの残滓となって中空に散る。


 真言が首を向けると、茜もまた戦闘を終わらせたようで、振り向いた二人の目は、もう“白い異人”の姿を捉えることは出来なかった。

第三部ラストバトル終了。

しかしクライマックスはこれからです。


→次話、6/8 0:00公開です。


宜候。

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