Track.1-7「無駄足かよ」
Cryptids,
Living-deads,
Adapted,
Witches,
Must-be
Absolutely
Right
Killed.
その、頭文字を取って“クローマーク”。
対外的には、「魔術史に“爪痕”を残す」だなんて謳っているけど。
やれ家族が幻獣に殺された。
やれ親友が異骸に成り果てた。
やれ恋人が異獣に変貌した。
やれ魔女を殺せなかった。
そういう奴らが寄り集まって作り上げた組織は、その根底にあるどす黒いマグマ溜まりみたいな根幹の感情を名称とすることで、それを忘れずに、また決して燻ぶらせないようにした。
怒りや復讐心、悲哀や後悔を燃料としてそいつが未来に進めるのなら、それはまだ幸いだ。
でもその邁進は、そういった怒りを、復讐心を、悲哀を、後悔を、生ませないためのものでなければならない。
「――くっそ」
毒づくついでにひとつ溜め息を吐いて。
電車内に累々と横たわるいくつもの乗客の死体の中から、のそりと立ち上がったそいつを見て武器――太刀型甲種兵装・刺羽を構える。
異骸――生物の死骸が、霊銀に汚染されて出来上がる、死を超越した生命の成れの果て。
多くは生前の姿や記憶・慣習の一部を継承し、しかし死に際の“生への執着”から命あるものを憎み、取り込もうとする、一般的にはゾンビやアンデッドなんていう言葉で語られるのとほぼ同じ様な存在だ――勿論、本来のゾンビというのは今現在持たれているイメージからかなり乖離しているが、今はそれを論じていい場合じゃないので割愛する。
「ア――ギ――ヴェ――ェ――」
電車は異界の門と接触した際にひどい衝撃を受けただろう――今立ち上がったこの異骸も、これまでに目にしたいくつもの死体も、そのどれもが先頭車両に行くにしたがってかなりひどい惨状となっている。
捻じれ、潰され、切り離され。
しかし中には、周囲の乗客に挟まれ、重なり合ったためにそれらの衝撃をある程度免れたものもあった。そういった者も結局は人や重圧に圧し潰されて亡くなったわけだが。
目の前に立ちはだかり、俺を敵と認識し俺の命を吸わんと目をギョロつかせているこの異骸もまた、腕や脚が折れていたり、胸部から折れた肋骨が突き出して見えているが、周囲と比べると比較的状態のいい部類に属する。というか、ある程度状態がよくないと異骸にならない、という話も聞いたりするが。
「イギ――ギ――ダィ――イイ――」
あー、――こればっかりはもう、慣れない。
異骸は元の生命と全く異なる存在だ。こいつらは、ただ大元となる個体の感情や習性を利用して同種に近付き、合理的に生命を取り込もうとする。
その“生命を取り込もうとする”行為すら、本来であれば無駄なのだ。異骸に変貌してしまった時点ですでに殺さなければ死なない不死性を得ているのに、ただ命が憎い・欲しいだけで。
「悪ぃな――“刺羽、実装”」
八相の構えから前進、切先で無防備な首を左に薙ぐ。
肉を切り裂く感触も、骨を割り断つ感触も感じないほどただただ迅く。
驚愕し見開く目と視線を交わすことも無く。言い訳や懺悔を口にすることもなく。
切り返す太刀筋で、跳ねた頭を逆袈裟に切って落とす。
バターにナイフが入るようにするりと刃が頭蓋を通過し、色褪せて黒ずんだ血の飛沫が上がり、フレームの歪んだ乗降ドアに肉と骨が衝突する音が響いた。
「“刺羽、終結”」
今しがた斬り捨てた異骸には目もくれず、出来るだけ乗客たちの遺体を踏んだりしないよう避けながら、俺は先頭車両へと向かって歩みを進める。
しかし結局、五両目まで来たところでそこから先には進めなかった。
おそらく先頭車両から二両目くらいまでは、門に衝突した際に潰されぺしゃんこだろう、そして三両目と四両目は潰れてはいないが、衝撃の余波のせいで車体が捻じれ拉げており、ヒトほどの大きさを持つ存在が進退できるような空間の余白は無かった。
「……無駄足かよ」
小さく呟いて。
都合、四体の異骸を斬り捨てたのと引き換えに徒労をしか得られなかった、ただ一人の生存者すら探せなかった俺は、進んだ時と同じ様に遺体を避けながら来た道を戻っていく。
最後尾の運転室の中央に自分で切り開いた穴の淵に手と足とを掛け、身軽な跳躍で歪んだ線路の上に着地し。
「……おかえり」
俺に居残りを言い渡されてすっかり不貞腐れた異術士の少女に、嫌味のような言葉を向けられた。
最近、ラジオを聴くという文化が私の中に根付いてきました。
今もラジオを聴きながら筆を進めています。
→次話 5/3 21:00掲載です。ラジオほっこりしました。
宜候。