Track.3-16「3対3なら確実に負けるでしょうけど」
「――これが、全てのあらましです」
瞳美ちゃんは大粒の涙を流しながら、疲れたように彼女と彼女の世界の物語を綴じた。
隣では心ちゃんが何を言えばいいのか判らないと言った顔をしているし、安芸もまた木板の床に腰掛けたまま何かを考えあぐねている。
常磐さんもここに至って何も言わずあたしたちを見詰めていて、言術士は少し離れたところで壁に凭れて目を細めている。
そして、あたしは――――あたしは、瞳美ちゃんと自分を重ね合わせていた。
彼女は、あたしだ。世界を憎み、それよりも自分を憎んで、殺し続けてきたあたし自身だ。
でもあたしは変われた。出逢えたからだ。戦友と、後輩と、そして、あのコと――あのコ、って、誰だ?
一瞬、雑念が走ったけれど、それを気にすること無くあたしは歩み寄った。
泣いて赤くなった目を見る。こんな時、微笑むことが出来たらいいのに。でも出来ないから、出来る限り真剣な眼差しで、彼女を見詰める。
「常磐さん――もしこの世界から瞳美ちゃんを連れ出せたら、瞳美ちゃんは、どうなりますか?」
「……彼女、慢性的な霊銀中毒になってしまっているの。いつ異獣化してもおかしくないくらいの。五日前にこの付近で倒れ込んで、ここに運び込まれたんだそうよ。運が良かったとしか言えないわ」
ちょうどその直後、常磐さんがこの異界に乗り込み、偶然彼女を発見したんだと言った。
彼女の身体は、穢れた霊銀の作用によってかなり酷い状態にある。
「だから取り敢えずは常磐総合医院で面倒見て、治療が終わってから処遇が決まるでしょうね。言ったと思うけれど、彼女は年齢的に法律上の罰を受けることは無いから、断罪されるなんてことも無いでしょうね。矯正のために魔術学会管理のもとで預かりになるか、若しくは霊基配列の封印処置、ってところかしら」
瞳美ちゃんの口ぶりは、自分のやってきたことが間違っていることだと、悪いことだという認識はあったように思えた。その認識は後付けなのかもしれないけれど。
そして常磐さんはきっと、あたしがこれから何を言うかをきっとすでにシミュレーション済みだ。だからこそ、わざわざ”罰を受けることは無い”なんて強調した言い方をしていた。
「瞳美ちゃん――それじゃダメだよ。罪は、償わなきゃダメだ」
大きく円な瞳が揺れ、顔が歪む。震える両手を、あたしは強く握る。
「芽衣さん。ちなみに言っておくと、核の力で成長はしていますけど、幹部連中も僕を除いて全員14歳未満ですよ」
「じゃあ、みんなで罪を償わなきゃダメだ」
言術士の言葉に、あたしは即座にそう答えた。神妙そうに頭をポリポリと掻いていた安芸がいつもよりも低い声音であたしに訊ねる。
「償うって、どうやんだ?」
「それを考えるのはあたしじゃない」
「お前――」
「安芸さん、先輩は正しいと思いますよ」
「いや、そうだけどさ……ズバッと言うことじゃ無くない?」
安芸が言いたいことはよく解る。彼女にしてみれば、身を切られるように突き放す言葉に聞こえただろう。
でも。
「これは、瞳美ちゃん、君の罪だよ」
俯いていた歪んだ顔が、あたしを力なく見上げた。涙は頬を、唇を、顎を伝って、彼女の来ている白い衣服の首元や胸元に染みを作る。
苦しそうな表情だ。でもその目は、拒絶するような意思を秘めていない。
揺れているだけだ。怖いんだ。当たり前だ、誰だってそうだ。自分の中の”悪”と向き合うことは、とても怖い。
でも彼女はきっと、向き合おうとしている。そうじゃなければそもそも揺れたりなんかしないはずだ。
「――残念ですが、そろそろお時間のようです」
言術士が窓から空を見上げて呟く。さっきまで晴れていた空を、今は黒々とした積乱雲が覆い尽くしている。
やがてポツポツと雨が降り出し、瞳美ちゃんの涙くらいに大きな雨粒が頻りに窓ガラスを叩き始めた。俄か雨のように唐突で、土砂降りのように強烈だ。
「阿座月くん。戦況は?」
常磐さんが訊ね、言術士は耳に手を当てて目を閉じて告げる。
「移送はまだのようですが、もうじきでしょう。調査団の方は粗方合流し終えているようですよ」
「そう――」
「いや、今ですね」
すっかりと暗くなった空に、稲光が走った。少し遅れて、劈く雷鳴。それは連続して同じ方角に落ち、やがて表は騒がしくなる。
「何が、起きてるんですか?」
状況の変化に心ちゃんが訊ねる。
「戦争よ?表層からこの最深域に転移した調査団が合流して、それを察知したPSY-CROPSが迎撃戦を始めた。さっきの雷鳴は幹部ブロンテスの転移魔術よ。あと、この辺りの住民も強制的に駆り出されてるわ」
「え!?」
声を上げたのは瞳美ちゃんだ。上擦った声で、「どうして、住民が?」と常磐さんを見詰めている。
「彼女が自分の罪を認識した時――彼女がこの世界を、”過ち”だと認めた時。この世界の支配権、核を、彼女は失ったの。今はブロンテス、もしくはアマメあたりが持っているんじゃないかしら?」
瞳美ちゃんは自分の両の掌に視線を投じる。力なく開いた十指は、掌とともに小さく震えている。その手を、あたしはもう一度握った。
「瞳美ちゃん。違うよ、君はこの世界を裏切ったんじゃない」
「でも……私……」
「君がこの世界を出て行く時、この世界は必ず君を祝福してくれる。そうじゃないと嘘だ」
「……森瀬、さん」
力無い目はあたしを見ている。あたしに、向き合ってくれている。
間違うな。ちゃんと伝えなきゃダメだ。目を逸らすな。向かい合え。
「瞳美ちゃん――あたしも、君だった。世界を憎んだこともあった。でも何処にも行けなくて、全部どうでもよくなって、自分を殺そうとしたことさえあった」
「森瀬、」
「いい――いいから、言わせて」
「……わかった」
立ち上がった安芸は、少しだけ唇を噛むとそっぽを向いた。
あたしの傍で寄り添ってくれている心ちゃんも、辛そうに拳を握っている。
「でもね、あたしは出逢えたんだ」
そう、あたしは出逢えた。こんなに、あたしのために苦しんでくれる大切な人たちに。
「だから変われた、強くなれた。――瞳美ちゃんは今、出逢ったよ。あたしたちに」
チリ――また雑念が走る。誰かを、あたしは忘れている。
でもそれは今は関係ない。あたしが大切な人たちに出逢えたからここにいることは確かなんだ。
「いきなり現れてさ、こんな言い方でこんなこと言って、何だよって思うかも知れないけどさ、……あたし、バカだし、こんなんだからこういう言い方しか出来ないし……」
「……はい、」
「信頼しろなんて言わない。でも、君を許してくれる世界があるってこと、君を好きになる人がいる世界があるってこと、証明したい。証明させて。そして――それが出来たら、友達になろうよ。あたしと、君」
瞳美ちゃんは唇を噛んで俯いた。衣服の染みは広がっていく。窓の外の雨足みたいに。
「何だよ、抜け駆けかよ。オレもいるってーの」
そこに、大げさに溜息を吐いてくれるのが安芸だ。いつもの快活な笑顔で、ニカッと白い歯を見せてくれる。
「つーことで、瞳美ちゃんの友達第二号に立候補しまーす」
「安芸さん、残念ですけど第二号は私ですよ」
「はぁ?年長者に譲っとけよ」
「年功序列なんて古い考えだと思いませんか?ねえ、先輩」
心ちゃんはいつだって、あたしの味方をしてくれる。甘やかし気味なところと、距離感が近すぎるのがちょっと気になるけれど。
「……私を、」
「……私を?」
嗚咽に喘ぎながら、そして瞳美ちゃんは顔を上げた。
「私を、好きに、なる、……人が、いる世界……証明、……されちゃい、ましたっ」
ボロボロに歪んで、涙に塗れているけれど。それは笑顔だったと思う。
「――話、纏まったね?」
常磐さんが椅子から立ち上がる。名残惜しく握った手を離して、あたしたちは常磐さんに向き合った。
「阿座月くん。宮殿に今いるのは?」
「断崖の間に、ブロンテス、アマツマーラ、アメノマヒトツノカミ、の三人ですね」
「行けると思う?」
「さぁ――3対3なら確実に負けるでしょうけど」
「じゃあ阿座月くんも一緒に行って」
「そうなると思っていましたけど」
言術士も常磐さんの傍まで歩み寄り、狐のように細くした目であたしたちを見比べ、そして安芸に目線を固定した。
「正直、あなたという異物のおかげで、言霊が随分と穢れてしまっているんですよね」
「なんすか?喧嘩売ってんすか?買わないっすよ?」
「押し売りは嫌いですか?いいことだと思います」
しかし常磐さんが睨むと、安芸は違う方を見てわざとらしく口笛を吹く素振りをする。安芸のこういう性格は見習いたいな、と常々思う。
「王様のことは私が保護します。あなたたちは阿座月くんと一緒に宮殿で残る幹部連中を一掃すること」
「常磐さん、調査団の方々は?」
「あっちはあっちで何とかするでしょ。お釣りが出るくらいの猛者揃ってるし。――頃合を見て私たちも合流するわ。じゃあ、行ってらっしゃい」
「「「はいっ」」」
常磐さんはひとつ呼吸すると、胸元のポケットから懐中時計を取り出す。懐中時計は霊銀の虹色の輝きを放ち、そしてあたしたちにその輝きを移す。
「阿座月くん、よろしくね」
あたしたちを取り囲む光は徐々に強まり、目の前が眩くなって――
「ええ、雇い主からも、そう言われていますし」
――そして、あたしたちは転移した。
第三部も終わりが見えてきましたー。
第四部は・・・・・・
→次話、6/3 0:00公開です。
宜候。




