Track.3-14「何アレ、温すぎない?」
先輩があたしの代わりにその問い掛けを投げたところで、部屋の更に奥にあるドアが開き、一人の女性が出てきた。
驚いたのは、その女性がこの風景に似つかわしくない現代の治療器具を抱えて運んできたことでも無ければ、私たちと同じ二つ目の人間であるにも関わらず眼帯を着けていないことでも無い――その相貌を、私たちはよく知っていたからだ。
「あら、思ったよりも遅かったね。阿座月くん、時間大丈夫?」
白衣に身を包んだグラマラスな女医――“時空の魔術師”・常盤美青その人だ。
実年齢は定かではないが、その見た目はどう老けて見積もっても20代後半。信憑性の無い噂では江戸時代から生きているのだとか――馬鹿馬鹿しいけど、この人なら在り得そうで怖い。
常盤さんは壁際の広いテーブルに器具を並べると、採血用の注射器を取り、新しい針をセットしてベッドの方へと歩み寄る。
「調査団とPSY-CROPSの接触まではもう少し余裕はあると思いますよ」
狐目の言術士は王様と呼ばれた包帯の子の手を取ってにぎにぎとしている。傍から見れば兄弟の、仲睦まじい光景だ。
問い掛けをした先輩は、常盤さんが現れたことで舵を切った流れに、常盤さんと言術士・包帯の子を見比べて困った顔をしている。
「そう――ならいいや。で、救世主さんは自分たちに何が出来るか知りたいんだっけね?」
いつもの表情と口調とを変えない常盤さんは、ベッドに腰掛けると注射器を包帯の子の左腕に刺し、そして採血管を差し込む。管が奥まで到達すると、勢いよく赤黒い血が管を満たしていく。
「はい、終わり」
採血管と針とを抜いた常盤さんは、手慣れた手つきでガーゼを刺した痕に当て、マスキングテープを貼り付けて固定する。
心なしか泣きそうな表情だった包帯の子は、注射が終わったことで安心したのかほっと一息ついていた。
「……順を追って、説明してほしい。どうして常盤さんがここにいるのか、王様が何故ここにいるのか。この世界を救うとは、どういうことなのか」
口ごもっていた先輩が、意を決して意思を投げた。うんうんと頷きながら聞いていた常盤さんは、一度言術士に目配せをすると、器具に採血管をセットしながら問いに答える。
「じゃあ先ずは――どうしてあなたたちが選ばれたのか、から説明しないといけないわね。単純よ、私がそう仕組んだから」
「ん?」
「え?」
「は?」
異口異音の素っ頓狂な声が舞う。しかし常盤さんは私たちの動揺など知らないと言うようなあっけらかんとした口ぶりで次々と言葉を連ねる。
「まず私が率いる“憂歌の音”が間瀬くんの依頼に応じる条件としたのは二つ。一つは、メンバーには調査団に入らずに撥矢くんの護衛のみをさせること。そしてもう一つが、私の動向を監視・束縛しないこと」
まるで歌うように揚々と言葉が常盤さんの艶めいた唇の隙間から零れていき、私たちはただ聞いているだけでやっとだ。自身の時間を加速、もしくは私たちの体感速度を減速させているんじゃないだろうか、この魔女は、っていうくらい、言っていることがすんなりと頭の中に収まらない。
「話の流れであなたたちが調査団に指名されることは知っていたから、後はこうして異界入りして状況を整えていた、というわけ」
衣擦れの音に振り向くと、安芸さんが膝を折って頭を抱えている。先輩の表情も、理解に遠く及んでいない。
この三人の中で、頼れるのは自分以外にいないというのは別に心細くは無いんだけどもう少し頑張ってもらいたい気もする。二人とも、頭悪いってわけじゃ無いんだし。
「ではどうして、私たちを分断したんですか?」
「試練を与えるため。先月の魔術学会での訓練記録見たけど――何アレ、温すぎない?」
どうしてだろうか。表情も口調も動作すらも、何一つ変わっていないと言うのに、こんなにも背筋がぞわりと総毛だってしまうのは。
「だから、今回は私がしごいてあげようと思って、PSY-CROPSとか最近世間を賑わしちゃってるみたいだしさ、ちょうどいいな、って」
にっこりとした笑みで無理矢理締め括った常盤さんを、私は今どんな顔で見詰めているんだろう。顎の付け根あたりにぴくぴくと小刻みに痙攣するような感触があるのは知らなかったことにしておく。
先輩の顔も、安芸さんの顔も、見なかったことにしておく。
「じゃあここからは、真面目な話ね」
途端にその表情が険しくなり、私たちを見据える目に凄味としか形容できない視線の強さが宿った。
思わず私たちは姿勢を正す。呼吸を整え、その強い意思を秘めた視線に自らの視線を交差させた。
「もう聞いていると思うけど、ここにいる彼女は“単眼の王”と言って、この異界を創り上げPSY-CROPSの基盤を築き上げた張本人よ」
俯く包帯の“単眼の王”は、苦しそうな顔を俯かせている。その矮さな身体は小さく震えている。
「名前は百目鬼 瞳美――12歳」
「12歳!?」
思うよりも前に言葉が飛び出してしまった。慌てて狼狽を片付け、私は努めて冷静を装う。それでも喉を押し広げて出てくる言葉はどうしても上擦ってしまっていた。
「12歳、ってことは――」
「そう。この子が異界創造をした罪に対して、有責性が認められないの」
「有責性って?」
「責任能力が認められず、法の上では裁けないってことです」
「ああ、成程ね」
安芸さんは頷き、そして押し黙っていた先輩は眉根を寄せて唇を開く。
「……悪いことだって認識は、あったの?」
またひと段落したら新作書き下ろしますね。
→次話、6/2 2:00公開です。定時更新を逃しました。
宜候。




