Track.3-12「君は――真界が好きそうだ」
ざらざらと重みのある砂地の上に敷かれた石畳を、ガツガツと音を立てて歩く四人がいた。
先頭を歩くのは痩身長躯の、まるで執事か貴族のような格好をした金髪の男だ。狐のように鋭い眼で時折振り返って“追従スル”三人の様子を確かめている。
その後ろを、少し離れて同じ意匠を持った外套に身を包む三人の女子が続く。中でも背の高い、まるで少年のような風貌の安芸茜は、照りつける太陽の日差しに顔を顰めながら、振り向いた端整な顔つきの言術士・阿座月真言の投げ出された視線に目を合わせるとすぐに眉根を寄せて睨み付けた。
茜の後ろでは、呆けたように“追従スル”、黒髪を胸元まで垂らした異術士・森瀬芽衣と、同じく長いやや茶けた黒髪を二つ結びにした宝術士・鹿取心が意思なくして動く身体で着いて来ている。
「別に強制しなくても着いていくけどな」
茜はぶっきらぼうな物言いで前を歩く真言を責め立てた。
航たちと異なる座標に移送された直後、「“追従セヨ”」と言霊の力で以て芽衣と心とを縛り付けたことに、勿論いい気などしない。それどころか憤慨したくらいだ。
「そう、怒らないで欲しいですね――僕としても、君のような異分子がいるなんて思ってもいなかったんですよ。全く、情報の伝達は正しく行われるべきだ、そう思いませんか?」
「何のことだよ」
石畳はかなり幅広く、時折三つ目や五つ目などの多眼の巨人とすれ違う。
火山地帯の巨人たちは皆一様に腰に厚手の布を巻いただけの姿だったが、この荒野の街の巨人たちは簡素なもののそれなりの衣服に袖を通している。
心なしか、眼の少なく小さな巨人ほど身分が高いように茜には思えた。
「その眼帯は外さないで欲しい――襲われちゃうと、困りますから」
真言は火山洞の奥で着けていた黒い布の眼帯を再び着けていた。そして同様に、茜や芽衣、心もまた、この異界に転移した際に真言から受け取り着用している。無論、強制されて、だ。
(オレに効いたのは――たぶん、こういうことだろう)
脳内で疑問を膨らませる茜は、再三に渡って二人を縛る真言の言術に予測を立てる。
通信機を遮断し、眼帯を着けさせ、そして追従させる言霊。まずはその順番が肝要であり、そして通信機と眼帯は、それそのもの自体を対象とした言霊の筈だと。そうでなければ【空の王】の影響下にある自分にもそれが通用した理由にならないと。
重複しない筈の言霊が複数効力を発しているのは、まず通信機は遮断した時点で効力が切れた後もその状態は続くからだ。眼帯も同様。だから現在、効力を発し続けているのは「“追従セヨ”」の言霊ひとつのみ。
「――正解ですよ」
「あ?オレ、喋ってた?」
「そうですね、声に出ていました」
バツ悪く押し黙る茜を他所に、真言は街並みを見渡しながら解説を始める。
「PSY-CROPSの異界が表層域と最深域とに別れているのは、勿論座標の特定を難しくさせる狙いもありますが、実際には巨人たちの居住区を分けている、という側面の方が強い」
「居住区?」
真言は頷く。そして「見てごらん」と周囲の風景を指差した。
石畳の両側には一際大きな石造りの建物が並び、軒先で立ち話に興じる巨人もいれば、丸太を積んだ籠を背負ってすれ違う巨人もいた。
話している言葉は全く解らないが、その姿はまるでこの場所で生活を営んでいるように見える。
「こいつらは、ここに住んでいるのか?」
「そうですね。あの丸太の伐採は、表層域の森で行われています。割って薪にするんですよ」
真言は解説を続ける。やれあの巨人が運んでいる籠の中には山で採掘した石炭燃料が入っているだとか、やれあそこの金物屋で売られているのは自分たちがいた火山地帯の鍛冶場で造られた商品だ、などと。
茜は不思議な気持ちで、時折質問を投げかけながらそれをただただ聞いていた。
やがて四人はさらに開けた通りへと出る。通りの両端には果物や魚を並べた市場が拡がり、中には肉を焼いて提供する屋台、宝飾を取り扱う露天商などが大勢の巨客を相手に賑わいを見せている。
「人の想像力は無限に届くかもしれません。そしてそんな想像力で創られた異界では、時折思いも寄らない技術や文明、魔術と出会うこともあります」
「それが、魔術士が異界を調査する理由、だろ?」
「そうだと思います。勿論、異界の創造主は大抵、真界のことを憎んでいるでしょうから、――若しくは、自ら創り上げた異界の維持や拡張のために真界を侵略しないといけない筈です。そうした異界の侵攻を防ぐためにも、既存の異界の調査と言うのは大変重要な事柄だと言われていますね。異界は、ある程度その創りが似るらしいですから」
「……面倒臭そう」
茜の返答に真言は思わず吹き出してしまう。その背中を茜は思い切り睨み付けるも、振り向いた狐のような顔は笑みに溢れていた。
「君は――真界が好きそうだ」
「は?好きとか嫌いとか無くね?だって、真界で生きてんだぜ?あんただってそうだろ?」
目を細める真言。茜にその真意は勿論伝わらない。
そして真言はその問いに答えぬまま前に向き直った。そして遠くを指差す。
指差された方向を茜は見る。遠く、石畳の果てにその絶壁はそそり立っていた。
「あの壁には岩を刳り貫いて造られた“単眼の王”の宮殿があります。そこが今回の調査の目的地であり、そしてこの異界の核が存在する場所です」
「おう、オレたちはそこに向かう、ってんだろ?」
その言葉に足を止め、真言は再び振り向いた。
「――そんなこと、一言も言ってませんよ?」
告げ、三度前を向いて歩き出す真言の背中を、茜はただ呆然として見詰め。
「……じゃあ何だってんだよ」
そう嘆息しては追い掛ける。
その後ろでは、未だ“追従スル”芽衣と心とが、それぞれの胸の内で歯噛みをして耐えていた。
荒野の街並みは西日に晒されじりじりと陽炎を灯している。しかしその空を今にも覆いそうに、黒く分厚い積乱雲が東から拡がりつつあった。
主人公芽衣と“白い少女”の過去を紡ぐ
異なる世界線での17篇の物語。
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」
こちらもお読みいただけると嬉しいです。
宜候。




