Track.3-7「白い少女って――飯田橋の?」
『――こっちです』
波数を予め調整していた無線式インカムから、案内通信が入る。
間瀬の調査チームと同期しているのは今のところ俺だけだ。三人はまだ他の調査チームとの連携経験に乏しい。無闇な通信は却って行動に齟齬が出ると判断したためだ。
開けた場所のため、全員に隠密機動に入るよう促し、加えて外敵への露見を緩和する【隠者の籠】を行使しておく。これで俺を起点とした半径5メートルの空間は、霊視でもよほど注意深く観察しない限りは風景に同化するし、霊銀の揺らぎも安定した挙動を見せるはずだ。
時折遠くで、身体全身に眼球を持つ身の丈5メートル程の巨人の往来をやり過ごしたり、それより一回り身体の小さな五つ目の巨人が歩む地響きに警戒を強めながら、案内に従って俺たちは大きな洞窟の入口へと辿り着く。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
こうして間瀬の調査チームと合流した俺たちは互いに労い、詳細な情報の擦り合わせと今後の展開に関する打合せを行った。
熱気が蔓延する火山地帯の洞窟は、正しく活火山に直通しているだろう見通しだ。俺たちの着る外套型乙種兵装は、機能によってある程度の外気の干渉を防ぐことが出来るが、それでもこの熱気は異常だ。
間瀬の調査チームのメンバーは単独編成でも立ち回れるよう、バランスを重点的に固めた面子となっている。これは競合経験の浅い俺たちチームへの配慮だろう。
谺葛乃、ABEF。京都訛りのある流術士、昨晩の常盤総合医院襲撃事件にて池袋駅前事件の首謀者・夜車撥矢防衛に関わった。
霧崎鈴芽、AD。15歳と最年少だが、名家の生まれの斬術士。AR型の撃破役だ。
碧枝初、ABC。こちらは斬術・方術寄りの異術士。近接戦闘と、傷を塞ぐことの出来る生命線だ。
そして百戸間リリィ、BEF。飯田橋の件で俺と森瀬を出口まで同行して案内してくれた方術士だ。その件では世話になったと告げると、神妙な面持ちで個人通信をよこしてくる。
『四方月さん、飯田橋の件で少しお話しがあります。後でお時間もらえますか?』
個人通信で遣り取りするくらいだ、周りに聞かれたくは無いのだろう。彼女以外にも、谺と霧崎は飯田橋の異界調査に行っている。
俺は目線を逸らしながら脳内で『了解、道中でな』と送信した。
「恐らくここは“鎖された”異界でしょう」
間瀬側の四人のうち、最年長の碧枝が告げる。
「だろうな、だがこっちは、最深域の座標に繋がったことのある門さえ見つけられれば一先ずの目的はクリアだ」
間瀬の調査団員と依頼を受けた民間の調査団は総勢で50名を超える。しかし入手した異界の門の座標は5つ。その1つにつき8名の調査団が入界。この計算では10名以上の調査団員を持て余すことになるが、実際のところそうではない。
現に常盤総合医院では常盤美青率いる“憂歌の音”が夜車少年を保護しているし、あの羅針の魔女はそれに加え異界の門の座標の掌握・管理を行っている。
そしてそうじゃない暇なチームは、PSY-CROPSの上層部が潜む最深域の異界の座標が特定できた際に強制接続した門から侵入、俺たち先行組と合流して全体で総攻撃をしかける算段となっている。
勿論、調査の管理者として指揮を取る間瀬も、最深域の座標が特定できるまでは異界入りせず、通信で全体の動きを管理する立ち回りだ。
「調査中の指揮はどうする?この8人なら俺が最年長だが、経験はそっちのが豊富だろ?」
「いえ、四方月さんにお願いしたいと思います」
「いいのか?学会の誇りってやつに響いたりしないか?」
「そんなことありませんよ。どちらかと言えば僕たちは穏健派ですから。それに、間瀬さんから評価は聞いています。確かに僕たちの方が、個々の術や能力は高いでしょうが、それをまとめるとなると、四方月さんに一任した方が戦力が高い」
「成程ね」
やっぱり誇りには響いているみたいだ、とは言わないでおくことにした。
異術士とは言え療術の使い手は、機嫌を損ねると本当に団の生命線が崩壊するからな。
「じゃあ俺を中心に、まず前方前衛に安芸と鹿取、前方中衛に森瀬。右舷を谺ちゃん、左舷を碧枝さん、殿に霧崎ちゃんと百戸間ちゃんのツーバック。これでいいか?」
「いいと思います」
こうして隊列を決めた俺たちは、篭った熱気で内観の歪む洞窟内をひた歩く。
洞窟内は灯りなど無く、安芸と森瀬以外は【霊視】と【暗視】で、件の二人には外套の機能で暗視機能を賦与して進む。
馬鹿みたいに広い異界は、一度の魔術行使でその全域を網羅することは出来ない。歩きながら広域把握の魔術を何度も行使し、徐々にその全体像を把握、そして霊銀の挙動がおかしい場所を虱潰しに探査する、というのが今回の方針だ。
俺と百戸間ちゃんがそうしている間の警戒は主に谺ちゃん任せだ。流術と言うのは大層便利で、周囲に存在する活動体の数、距離、動きの方向を、まるで方術士のように把握する。
そうして蔓延る巨人たちへの露見と会戦を見事に避けながら調査する間、俺は百戸間ちゃんからまさかの言葉を聞くことになる。
『白い少女の、話です』
『白い少女って――飯田橋の?』
『はい。私、見たんです――白い少女が、一人で、私以外の七人と交戦したところを。でも誰一人としてその身体にダメージを与えることは出来ませんでした。それどころか――』
あくまで平静を装いながら調査を続ける彼女の通信の声は、しかし震えていた。それはまるで、圧倒的な捕食者を前にした被食者の、絶望にも似た恐怖の音色だ。
『それどころか?』
『――間瀬さんを含む七人全員、覚えていなかったんです。あの白い少女と交戦したことも、あの少女が放った短剣に、貫かれたことも』
もしも彼女の話が本当なら、あの時俺の目の前に現れたあの自称幻覚は、相当にヤバい奴だってことだ。
魔術学会の調査団ひとつを相手に、単身で無傷の完全試合なんて馬鹿げてる。
そんな奴に、「よろしくね」なんて言われる森瀬は――
俺は心の中で舌打ちながら、不鮮明で血の匂いのする予感と悪寒に僅かに身を震わせた。
第三部では登場人物がやたらと増える恐れがあります。
・・・これは設定資料集が急務で必要だ。
→次話、5/28 0:00
宜候。




