Track.2-24「寛大な処遇を祈るしかあるまい」
「――以上が、本日18時56分に池袋駅東口で発生した事件のあらましです」
両足を揃えて踵に重心を載せ、左手は背に、右手は腹に回し、拳を握って添える独特の立ち姿で、間瀬奏汰はその報告を終えた。
「そうか。ご苦労だったな」
魔術学会アジア支部――その書斎めいた一室で、大きな椅子に腰掛け大きな机に向かう大柄の魔術士、ルカ・エリコヴィチは奏汰の報告に俄かに難しい顔をした。
後ろに流した白金髪、ほぼ無いも同然の眉、深い彫りと、全てを見通すような鋭い眼光――その物憂げな雰囲気も作用して、ルカは系統としては光術士でありながら“影落とす者”という異称で恐れられている。
「事態は急を要したはずだ。今回の一件は審問会には上手く言っておく」
あくまで日本では、という前置きを必要とするが、魔術士が他者を対象に魔術を行使することは違法である。異術もその例に漏れず、取り分け悪影響を及ぼすものであれば尚更だ。
それを、いち魔術士の身分の者が――剰え監視対象の――魔術の行使を許可する、ということは状況が状況でなければ始末書もの、自身の師の顔に盛大に泥を塗る恥ずべき行為だと言える。
しかしルカは奏汰を咎めない。
それは先ず第一に、人的被害がほぼゼロであったこと。
そして第二に、事件発生から終結までが迅速であったこと。
これらは奏汰の評価すべき点であり、そして審問会へ胸を張って「我が弟子は大義を果たした」と言うための恰好の材料となる。
「審問会には、私も同席した方が宜しいでしょうか」
恐る恐る奏汰が尋ねる。奏汰も、その振る舞いは堂々としているがまだ22歳と魔術学会の中では若輩もいいところだ。上司の機嫌を伺いたくもなる。
「構わん。それよりも森瀬芽衣の動向を引き続き監視せよ」
「良いのですか?」
「寧ろお前がいた方が、審問会が何をしてくるか分からない」
「――っ!」
異端審問会――魔術士および異術士が、学会の掲げる理念に反し社会に悪影響を及ぼす異端者でないかを調査する学会内組織だ。
その内情は、異端者を探すために異端者のような行いを繰り返していると――それが根も葉もないのか、はたまた花すら咲いて実もつけているのか――黒い噂が絶えない。
常に各地に散らばり表立って姿を現すことが少ないため、誰がそうなのかすら定かではないような者たちだ。
しかし断罪機関としては優秀であり、非常に優秀・聡明で体力と忍耐力に富み精神の強靭な――壊れた、とも言える――魔術師とその推薦を受けた候補生とで構成される。
言ってしまえば人外の巣窟だ。
「時に間瀬よ。お前は“サイ・クロプス”は知っているか?」
「え?……ギリシャ神話に登場する単眼の巨人、でしたら」
「違う――“PSY-CROPS”だよ」
PSY-CROPS――“魂の収穫”と訳される名を持つ組織。
異端審問会がその目的に則り断罪すべき、社会を脅かす禁忌者の集まりだ。
その特徴はメンバー全員が瞳術――邪眼の使い手であり、目の意匠が施された眼帯型の術具を用いることから、奏汰の言った“単眼の巨人”にかけた名前であろうと推察される。
池袋駅前にて事件を起こした少年、夜車撥矢のポケットから押収した掌ほどの大きさも無い薬箱から一粒の錠剤が出てきており、そしてその錠剤と同じ成分が少年の胃の内容物から検出された。
錠剤は小指の爪ほどの大きさであり、その表面には目を思わせる意匠が刻まれていたことと、それを服用した少年に及んだ霊銀汚染が片方の目に集中したことから、学会はこの事件の背後に“PSY-CROPS”が絡んでいると睨んでいる。
これまでにも、人為的・強制的に霊銀汚染を引き起こし、人々を異獣化もしくは異術化させようとする異端の組織は少なからず存在した。
しかし今回の池袋駅前事件の驚愕すべき点は、それが術ではなく薬でなされたことと、霊銀汚染をある程度制御したことである。
「何にせよ、この件は審問会に預けざるを得ん」
「彼は、大丈夫なんですか?」
「知らんよ、寛大な処遇を祈るしかあるまい。間瀬、君も職務に戻りなさい」
「……了解しました」
部屋を出た奏汰は、ドアを閉めた後で強く歯噛みした。ぎりぎりと奥歯が軋み、握る拳は掌に爪が食い込み白んでいる。
「僕は――何のために学会の魔術士になったと思ってるんだ」
自問する。
瞑っていた目を開き、奏汰は颯爽と廊下を進む。進む中で、通信魔術を展開して部下の調査団員に一斉連絡を行う。
「僕だ。PSY-CROPSを追う。至急、夜車撥矢を保護しろ。異端審問会に引き渡すな」
師に相談しないのは、彼がもうすでに投げた案件だからだ。
調査し、追い詰め、壊滅させる――こと疾さにおいて、光に勝る速度など無いと。
何のために?――当たり前だ、魔術士の暴挙を、暴虐を、この手で断ずるためだと。
魔術学会所属の光術士・間瀬奏汰は、いつの日かの決意と覚悟とそして懺悔を思い返してそれらをまた胸の奥底に仕舞いこみ、監視と調査のため再び日本へと舞い戻る。
そして久遠会・常磐総合医院の東館の病床を、新たな一人の患者が埋めることとなった。
天候は残夏の茹だりから一転して寒波が雪崩込み、秋を通り越して今年はひと足もふた足も早く冬が訪れるでしょうと。
上体を起こしたベッドの上で頭をぼんやりとさせながら、夜車撥矢は病室のテレビでニュースキャスターが告げるその声を聞いていた。
次話にて第二部終了です。
第三部は大規模戦が予定されています。
コバルトさんも参戦する、かも?
→次話、5/20 12:00掲載です。
宜候。




