Track.2-17「場慣れしすぎじゃ無ぇの!?」
オフィス内にはデスクが並び、そのため十分な遮蔽がある。
パルクールに慣れている三人は、それらによって移動を阻害されることもなく、時にはデスクの上の書類やパソコンなどを蹴り飛ばして鬼《航》の視界を遮ったりなどしながら、縦横無尽に周囲を駆け回っての攻防を繰り広げている。
幸い天井も髙いため、デスクの上を走っても頭が天井にぶつかる、などということは無い。
「――ふんぬっ!」
再三放たれる飛燕の飛来する斬撃を、茜は壁を蹴り上がって身体を真横に倒した体勢で躱す。
金属板だけが淡い光を灯す暗いオフィスの中、芽衣と心は心の魔術により闇に同化しているが、航の目に施された【暗視】と【霊視】により全くと言っていいほど問題にならない。
激しい切断音が鳴り響き、壁際のデスクが真っ二つになる。
それを遮蔽としていた心は横転し、ポケットから取り出した黒曜石に意思を込める。
「“闇は剣と魔を排せよ”!“豹紋の軍神となれ”!」
魔術を解き放つと心の表皮に走っていた黒い痣は消え、代わりにジャガーの持つような梅花紋がその皮膚に現れる。そしてさらにその表面を淡い黒の輝きが覆い、これまでの隠密の機動とは打って変わった、デスクや壁そして天井をも蹴るまるで稲妻のような機動へと変わる。
「“黒曜石の剣”!」
さらに手に黒い細剣を構えた心は、後方支援から一変して茜とともに前衛へと踏み出す。
茜と心は位置を入れ替え、接近と離脱を交互に、時にランダムに繰り返しながら航の余裕を削りにかかる。
航の飛燕による斬撃を掻い潜って徒手空拳の打撃を繰り出す茜。
創り出した黒曜石の剣で一進一退の剣戟を交差させる心。
航はしかし、二人の猛攻があと一歩、というところで【座標転移】により乱戦を離脱し、仕切り直しを仕掛ける。
「だっしゃぁぁぁあああい!」
横薙ぎの一閃を地面に転がって避けながら前進した茜は、航の足に自身の両足を絡ませた。そしてそのまま上体を捻ると、航の体もその捻りに耐え切れず背中から地面に倒れる。
そのまま素早く倒れた身体に馬乗りになり、首元に目掛けて拳を突き出す茜。それもやはり【座標転移】により逃げられてしまう。
「いや、今のは危なかった、ぜっ!」
オフィスの中央に現れた航は、金属板付近でたじろいでいた二人にそれぞれ飛燕の斬撃を射出する。
彼我の距離は5メートル程度。歩数にして二歩――ここが機と見た二人は、覚悟を目に宿して無謀にも思える前進を見せた。
「――!?」
二人は、射出され飛来する斬撃に真っ向から直進してきたのだ。
言わずもがな、戦闘の基本は"防御"ではなく"回避"である。
いくら防御魔術の恩恵下にあるとは言え、その防御魔術にも耐久力の限界がある。それを上回る攻撃を受けてしまえば、防御魔術が消滅してしまうだけに留まらず、超過した分の負傷を受けかねない。
防御とは回避が間に合わない時の最終手段であり――それ故、二人の無謀な突出に驚愕を隠し切れない航は、しかしこれ幸いと、心と茜の二人がそれぞれ自身に行使・展開した魔術・異術の効果を確かめようと二人の姿を注視した。
そして二人が飛翔する斬撃に衝突した瞬間――それぞれの術は異なる形でその威力を消し飛ばす。
心が纏う黒い輝きは斬撃に触れた瞬間に接触部に集まり、斬撃が持つ霊銀の輝きとともに弾け飛んだ。しかし斬撃の全てを吸収しきれずに心は右肩に2センチほどの切り傷を負う。
そして茜に及ぶ斬撃は――その胸に到達した瞬間にその全てが消え失せた。"切断"という意味を持っていた霊銀はその瞬間にその意味を失い霧散したのだ。
(――斬撃が、消えた!?)
航はその結果に驚愕を隠せない――"視"るとその内に流れる霊銀の流れが変わっている。
なるほど、術式の詠唱をせずに切り替えたのかと航は口角を持ち上げる。
そしてデスクを駆け抜けた二人は、まず茜が肉薄し跳躍から空中での廻し蹴りを航の横っ面に目掛け繰り出すと、その斜め後ろから心が左手に持った黒曜石を短剣へと変化させ投擲した。
「"黒曜石の楔"!」
その投擲タイミングは、茜の蹴り足が航の側頭部を捉えたのとほぼ同時だった。しかしその蹴り足に蹴り応えを感じず、茜の右足は宙を切る。切先を向けて真っ直ぐに突き進む短剣も、また目標に手傷を与えることなくオフィスの壁に突き刺さる。
「場慣れしすぎじゃ無ぇの!?」
再三、5メートルほど離れた位置に転移した航は飛燕を振るう。
心を庇うように前に出た茜はその身で飛翔する斬撃を受け、またもその斬撃を無効化した。
その背に隠れた短剣の投擲を、航は返す刀で弾き落とす。
「埒が明かねぇなっ!」
「お互い様ですよっ!」
茜が突出し、遮蔽から遮蔽へと移りながら黒曜石の短剣を投擲する心。ここに来て、二人の体勢は前衛と中衛とに分かれた。
しかし航が飛燕による直接の斬撃を繰り出すと、黒曜石の細剣で心が横槍を入れる。
(――あくまで霊銀限定か?)
そして航は空いた左手に意思を込める。手首に装着された腕時計型の術具はその意思を汲み取り、白い輝きを掌の上に収束させた。
「"進撃する波動"!」
突き出した左拳から輝きで構成された波動弾が射出されたと同時に【座標転移】で茜の真横に転移した航は、着弾のタイミングに合わせて左下から右上への斬り上げを繰り出す。
茜は斬撃に対して左手を突き出し、航の斬撃はその掌に触れたと同時に、恐ろしく強固な見得ざる何かに弾かれてしまう。
しかし同時に、茜の胸部に波動弾が食い込み、衝撃を放って茜の身体が後方に弾け飛ぶ。
斬撃を止めたものの正体は解らないが、どうやら物理攻撃と霊銀による干渉は、その両方を同時には防げないようだ。
面白いと独り言ちて、航は再三飛来する短剣を弾き、軍刀を八相に構え直した。
茜きゅんの異術の解説はやはり後回しです。
→次話、5/17 0:00掲載です。ちょっと書き溜めます。
宜候。




