Track.2-16「いらっしゃいませえええぇぇぇぇえええええ!!」
学会では系統とは別に、魔術士をいくつかの役割に分類している。
予め個々の魔術士が何を出来るか・何を得意としているかを管理しておくことで、異界調査などで調査団を編成する際に有用な指標となる。
経験と育成のため常に同じ人員で調査団を編成することが少なかったり、民間であれば他社と競合したり、昨日の飯田橋の件のように異界の門に巻き込まれてしまうことがあるため、特に異獣や異骸・幻獣そして魔女との交戦を主眼としてこの役割は主に「A~F」の六つが定められている。
Aとは、撃破役を意味する。敵対象の撃破・殲滅を主目的とする攻撃手段を有している魔術士にこの役割は与えられる。近接戦闘を得意とする“AZ”と遠隔攻撃を得意とする“AM”、そしてその両方を可能とする“AR”とに細分化されることもある。
Bとは、防衛役を意味する。敵からの攻撃を一手に引き受け味方を庇い、団の継戦能力を保持する役割である。撃破役同様に、前線で味方を庇う“BV”と後方で拠点防衛を展開する“BC”に細分化されることもある。
Cとは、治療役を意味する。傷ついた仲間を癒したり、汚染された霊銀の循環を補助したりといった団の生命線となる役割だ。他の役割と異なり、少なくとも“治療”と“浄化”のそれぞれを可能としなければこの役割は与えられない。
Dとは、囮役を意味する。敵の攻撃を引き付けることで味方の行動を支援する役割だ。特に有用な魔術を修得していない者であっても囮役になれることから最も与えられることの多い役割であり、また負傷頻度も髙い。そのことから魔術士の間では不人気な役割であり、「囮役のDは“死亡”のD」とまで言われる。
Eとは、支援役を意味する。自身は勿論のこと、他者の身体能力を上昇させたり、防御効果を付与したり、といった魔術による支援行動を可能とする魔術士に与えられる役割である。特に団内に魔術士ではない者がいる際は非常に重要となる役割であり、この役割をこなすには相当の経験が必要と言われている。
Fとは、妨害役を意味する。魔術によって敵を欺き、その戦闘能力を減少させるに留まらず、敵陣に対して有用な作戦の立案・実行を求められる役割でもあり、参謀役とも呼ばれる。支援役同様にこの役割をこなすには相当の経験が必要と言われている。
役割は一人の魔術士に対して一つではなく、複数が与えられる。
例えば森瀬芽衣であれば、敵の攻撃を引き付ける有用な異術を持つことから囮役が与えられ、かつその異術で敵対象の知能・理性を弱体化させるため妨害役でもある、ということになる。
『――オレが前衛でABD、鹿取は後方でAEF、ってとこか?』
スタート地点で安芸少年が発したその言葉を、ゴール地点で罠を仕掛けながら俺は吟味する。
囮役を誰でも可能として除外すれば、安芸少年は撃破役と防衛役を行えるおそらく前衛の戦士であり、そして鹿取ちゃんは撃破役と支援役そして妨害役を担当可能ということになる。
「A2、B1、C0、D1、E1、F2か――治療役がいないがバランスいいな」
A~Fの数値は均等になればなるほど継戦能力が高まる。短期決戦にはAを集めた方が効率がいいが、しかし馬鹿みたいに集めたところで連携が取りづらくなるし、状況によっては無用の長物になることもある。
「あの三人と調査団組むのは楽しそうだな――」
言って、自分が思わず笑ってしまっていることに気付く。
そうだ。人生は、楽しいに越したことは無い。
実際24時間も会っちゃいないが、そんな付き合いの浅い俺でも森瀬が生きづらそうな奴だ、ってことは火を見るより明らかに解る。
何だってまた魔術士の社会に足を踏み入れたのかは知らない。今の俺には知る権利も無いだろうし、それが別に欲しいわけじゃない。
ただ――死に直面してあんなに泣いていた奴が、それでも強くなろうって俺の目の前に現れやがったんだ。その目的がどうあれ、俺はその勇気を、覚悟を、無謀を、無知を、ないがしろにはしたくない。
そして俺は、罠の仕掛けを考えながら、切り分けた思考で異界内の至るところに設置してあった監視カメラの映像を流し見して、分断された三人の動きが変わったことに気付いた。
まず鹿取ちゃんは、それまで森瀬と安芸少年を追いかけるようにしていたのが、途中から真っ直ぐこちらを目指した軌道に変わっている。おそらくその地点が彼女の【霊視】の範囲なのだろう。ゴールが見えたからそっちに切り替えた、といったところか。
【霊視】越しに見なければその姿を鮮明に捉えられない、というのは中々厄介だ。
続いて森瀬も、安芸少年と分断した辺りで闇に溶ける。――これは鹿取ちゃんの魔術をもらったな。森瀬にそんな切り札は無かったし、そうなる前にポケットから何か取り出していたな。おそらく鹿取ちゃんが術の媒介にしていた宝石だろう。鹿取ちゃん同様に、【霊視】を維持しなければ見えづらい、しかも鹿取ちゃんに比べるとやや術の効きが弱く、森瀬と鹿取ちゃんとの間に明度の開きがあるのが却って厄介だ。
そして俺に擬態したうちのエンジニアを置いてけぼりにした安芸少年。おそらくこいつが一番厄介だ。
正直、橋の屋根の上での戦闘が始まった際に行使した異術の、その詳細が全く見えない。【霊視】で注視しても、周囲はおろか安芸少年の体内の霊銀の流れですら何も変わらず穏やかなままだった。
その後に行使した二つ目の異術は、おそらく踏んだ足裏の大気中の霊銀を固定するものだろう。俺の使う【空間固定・妖精の踊り場】のような作用だと思われる。
ただ、明らかにそこから真っ直ぐにここを目指して空を走っているのは、いずれかの術に“霊視”の付与効果でもあるからだろうか。全貌が全く見えないため結論は覚束無い。
「さて、と――」
立体投影を解いて流し見をやめた俺は、腰に差した軍刀型甲種兵装・飛燕の柄に右手を添えた。
睨んだ先の窓ガラスが盛大に砕け散り、オフィスの床を転がって立ち上がる安芸少年の姿。
「お?一番乗り?」
安芸少年はぺろりと唇を舐めたと思うと、軽快にリズムを取り始める。
「その後ろのが出口でしょ?」
俺の背にある金属板を指して安芸少年は笑む。
――いい。実にいい。こいつは、実に好戦的に笑う。この状況を楽しんでいる。気が合いそうだ。
「ああ――だが、俺が持ってる鍵が無いと起動しない」
言って、左手で首元からネックレスに通ったドッグタグのような金属片をちらつかせる。
そしてほぼ同時に素早く右手で抜刀し、そのまま右前方に鋭い斬り上げの斬撃を放つ。
「隠れているつもりか!“飛燕、飛翔せよ”!!」
斬撃はその起動式で加速し、切断面ははるか前方に高速でスライドする。
そこにあったデスクとパソコンが斜めに切断され、壁に亀裂を作って斬撃は霧散した。
「――そりゃあ見えてますよね」
闇に溶ける黒い痣を纏った鹿取ちゃんが、斬撃を躱すためにしゃがんだ体勢でそこにいた。それはまるで獲物に忍び寄る黒豹を想起させる。
そして戦闘音に慌てて、このオフィスのドアをバンッと力強く開けた森瀬が、ドアを潜って入ってきた。
ちゃっかり、後ろには静かに間瀬の姿もある。
「全員到着か。これで1対3ね」
飛燕を八相に構える。対する三人も、すでに各々の臨戦態勢は整っているようだ。
「じゃあ――いらっしゃいませえええぇぇぇぇえええええ!!」
試験の最終決戦の火蓋を、俺は斬って落とした。
はー、TRPGやりたいやりたい。
→次話、5/16 18:00掲載です。
宜候。




