Track.2-11「“鬼”に攻撃は?してもいいの?」
「今日はよろしく頼む」
俺が右手を差し出すと、背の低い光術士は手袋型の術具を嵌めたままの手で俺の手を握る。
「あの異術士を、雇うつもりなんですか?」
そして握力を込めながら睨み上げるような目で真っ直ぐ俺を見据える。
「いい人材は早めに確保しておかなきゃなんで」
負けじと俺も五指に力を込めて対抗する。間瀬は少しだけ笑みを浮かべ、俺もまた奥歯を噛みながら口の端を持ち上げる。
すると突如手を握る力が弱ま、拍子抜けした俺は手を離す。間瀬は右手をぷらぷらと振りながら一度目を瞑ると、敵意の無い瞳で再び俺と対峙した。
「採用された暁には、学会への登録をお忘れなく。それで、門はどちらでしょうか?準備は出来てるんですよね?」
「ああ、こっちだ」
俺は間瀬を案内する。部屋に入るなり間瀬は、内部の状況にあからさまな嫌な顔をする。
「……とっ散らかり過ぎじゃないですか?」
「んなこと無ぇよ、大体こんなもんだろ――そういや間瀬、」
「学会の魔術士相手には年下でも敬称付けた方がいいですよ」
「へーへー。間瀬君さ、昨日あの後、“白い少女”に出会わなかったか?」
「白い少女ですか?いえ、遭遇してませんね。何ですか、そういうのはその場で言ってくださいよ。調査し直しじゃないですか」
「いや、それは悪い。失念していたんだ。――でもまぁ、多分“幽鬼”の一種だろう、ってことにしておいてくれ」
「・・・試験が終わったら詳しく聞きますからね」
そして眞境名を紹介した後で、一通り門の設定や向かう異界の詳細、試験の内容や受験する三人について――とは言っても、森瀬以外はよく知らないのだが――を説明しているうちに、着替えと準備を終えた三人が戻ってくる。
クローマーク社のトレードマークである、“爪痕”を意味する四本ラインの訓練着。軽量ながらも切断や引っ張り・刺突耐性に優れ、また霊銀の安定化を促進する魔術が賦与された逸品だ。
さすがに訓練着の形状での販売はしていないが、これもうちが目玉とする商品のうち、乙種兵装にもその技術が使われている。
「それでは、今回の採用試験の監督員を務めます、魔術学会の間瀬奏汰です。これから、試験の注意事項を話しますので、注意して聞いていてください。まず――」
ひとつ。監督員は異界入り後も受験者の近くにいるが手助けはしない。
ひとつ。監督員に援助を要求した場合、試験の合否に悪影響を及ぼす場合がある。
ひとつ。体調不良を感じた場合は速やかに監督員に申し出ること。
ひとつ。状況を見て、監督員は試験の中断を決定することがある。
ひとつ。監督員はあくまで異界の正常な使用についてを監視するだけの存在であるため、試験の合否についてを決定したり、それに繋がるような進言をすることは無い。
鹿取は真剣な目をして聞いているが、学会にあまりいい印象を抱いていないのか、真剣の種類がどこか違う雰囲気を漂わせている。
安芸は試験に対する熱意をその表情に灯しているが、やってやるぜ的な不敵な笑みがなんだか気色悪い。
森瀬は相変わらずの仏頂面なので、聞いているのか聞いていないのかよく分からない。
――何だろうな、こいつら大丈夫か?
「準備は出来てるか?それじゃ行くぞ」
そして俺が眞境名に合図を送ると、眞境名はパソコンのキーボードを叩き、三番門の白い光が輝きを増していく。
「座標特定完了、空間接続完了、――開きます!」
眞境名がそう告げるのに合わせて、金属板の表面――正しくは、その座標上の空間――に罅が入り、広がっていく。やがてそれは中心から砕け散り、極彩色の渦を巻く次元の通り道へと変貌する。
「では、僕に続いて来て下さい」
間瀬が先頭に立って転移門へと足を踏み入れていく。その背中を追って、安芸が、森瀬が、そして鹿取がそれに続く。
そして四人の姿が門の奥に消えると、門の表面はとぷんと石を飲み込んだ水面のように波紋を広げ、やがて安定していく。
それを見届けながら、俺は予め用意してあった外套型乙種兵装・鴉をシャツの上から羽織り、前裾のファスナーを締めていく。
無光沢な質感を持つ黒い外套にはフードが付いており、それをすっぽりと被って靴紐を固く結び直すと、俺は眞境名に新たに指示する。
「眞境名、座標変更」
「はい――大丈夫です」
安定していた門の表面が乱れ、接続先の座標が組み替えられていくのに合わせて空間が波打つ。
「座標特定完了、空間接続完了、――再度開きます!」
「よっしゃ――じゃあ、行ってくる」
「ご武運を!」
そして俺は、四人が消えたのと同じ三番門に開いた、同じ異界の別座標へと侵入する。
今回の試験である“変則鬼ごっこ”の、鬼を演じるために。
◆
転移した先の光景は、半ば水没した夜の街並み、と表現するのが一番早いだろう。
ヨーロッパ風の古い街並みがそこには広がっており、しかし道は無く、静かな水面が飲み込んでいる。あちこちに街灯が点っているのが幸いか。
「無事、異界入りできたようですね」
周囲の風景を確認して異常がないことを確認した奏汰は淡々とそう告げた。
芽衣は自分たちが今いるここが、何かの建物の屋上であることを確認すると、周囲の建物の屋根の様子や間隔を目で確認していく。
茜や心もまた同様にそれぞれで周囲の状況を確認していく中、奏汰は芽衣に対して追加ルールを告げた。
「森瀬さん、あなたは本来この試験を受けなくていい身分です。ですがあなたの意思で特別に異界入りと採用試験の受験を許可しました。森瀬さん、この試験中あなたは、異術を使ってはいけません」
「えっ?」
「この異界で行われる試験は、安芸さんと鹿取さんの能力――運動技術と魔術・異術を見るためのものです。それをあなたが異術を使ってしまえば、結果としてお二人の試験を邪魔する結果になるのです」
それを聞いて項垂れる芽衣の頭にぽんと手を置き、茜は背の低い奏汰を見下ろしながら白い歯を見せる。
「大丈夫だって。寧ろ楽勝かもよ?」
そして右腕に抱きついた心は、満面の笑みで芽衣を見つめながら、僅かに上喜した息遣いで宣言する。
「先輩にそうやって気遣ってもらって、私とっても嬉しいです。だから先輩が一切心配しないように、精一杯頑張りますね」
芽衣はそんな二人に申し訳ない気持ちになりながら、奏汰はその三人の様子をやや引き気味に見つめながら、そして試験の内容の説明を始める。
「今回の試験は簡単に言うと“変則鬼ごっこ”。離れた所から追いかけてくる“鬼”に捕まらないよう逃げながら、この異界からの出口を探し脱出する、というものです。“鬼”が両手で同時に体の一部に接触することで、“鬼”に捕まったとして扱い、以後は試験が終了するまで大人しくしてもらいます」
「はいはーい。“鬼”に攻撃は?してもいいの?」
「ええ、構いません。ですが“鬼”を倒しても試験の合否には全く関係ありません。また、この試験は誰かが出口を見つけ脱出するか、受験者全員が“捕まる”まで続きます。他に質問はありますか?」
三人は顔を見合わせ、首を振って否定を意思表示する。
「分かりました。それでは――」
そして、奏汰は真っ直ぐ地面に垂直に右手を上げたと思うと、その指先に迸る光が収束していく。
直後行使された【閃光】の魔術により、周囲に一陣の光が拡散していき、それを合図に奏汰は高らかに宣言した。
「試験開始!」
まだ茜と心の力を披露できませんでした・・・
次回こそは。
→次話、5/14 17:00掲載です。ついに心ちゃんバトル開始です。
宜候。




